下條 「環境知能」と言うとき,比較的欠けているなと思った視点は,身体や皮膚の感覚,あるいはシンボリックにいく前のサブシンボリックな知能なんです.どういう意味かというと,子供がおもちゃに対してインタラクトしているとき,そのおもちゃにどういう機能があるかなんていう表象を頭のなかにつくらなくても反射的に手を出しているわけです.あるいはそこに本があれば何となくページをめくっているとかね.そうした,ピアジェが言うところの,表象より前の段階の感覚運動知能みたいなものは,安全な言い方をすればそういう研究は将来必要となるでしょう,という言い方になるのですが,そんなことをいっているあいだに,近未来において粗暴なかたちで吹き出てくるんじゃないかなという気がしているんです.(pp.150-151) 環境知能と環境管理をめぐって,東浩紀+下條信輔 司会=NTTコミュニケーション科学基礎研究所 in 環境知能のすすめ:情報化社会の新しいパラダイム ここで言われている「サブシンボリックな知能」という言葉で,昔の発表をまとめ直してみたいと思っている.プレシンボリックな知能/行為|Doing with Images makes Symbols|アレゴリー的思考 −− インターフェイス再考:アラン・ケイ「イメージを操作してシンボルを作る」は何を意味するのか. Re-thinking the interface: What is the meaning of Alan Kay's"Doing with Images makes Symbols" 水野勝仁 Masanori MIZUNO 名古屋大学大学院情報科学研究科博士後期課程 Nagoya University, School of Information Science Abstract Alan Kay created a slogan for development of user interfaces: Doing with Images makes Symbols. This reveals the essence of the Graphical User Interface (GUI) which millions...
スウェーデンの Johan Berggren Gallery で2011年7月23日−8月20日かけて行われた「 new jpegs 」展.参加作家は Chris Coy , Parker Ito , Jon Rafman , Ben Schumacher , Artie Vierkant .上の映像は,Artie Vierkantが作成した展覧会のトレーラ映像である.ホワイトキューブの空間がまずあり,しばらく見ていると,そこに新たな「白い壁」や,筆で描かれたような「白い線」が現れる.それらの「壁」や「線」は,映像に加えられたイメージである.現実の空間と映像に描かれたイメージが同居するようなトレーラになっている. 展覧会のプレスリリースには,若いアーティストにとってオブジェクトや行為,そしてそれらを記録したドキュメントの境界はなくなっていって,まさにポスト・メディウムになっていると書かれている.そして,次の説明がなされる. 「new jpeg」展の作品は,この状況(ポスト・メディウム)を参照しながら,ギャラリー空間のオブジェクトと循環するイメージとを同等に存在するものとして扱い,作りあげられた. 実際に展示した作品を撮影して,ネットにあげる.この一連の操作は多くの作家.ギャラリーが行なっていることである.「new jpegs」展では,この先に,ドキュメントの画像を自由に改変してさらにそれをまた ネット上で展示する ということを行なっている.ギャラリーにあるオブジェクトは,あたらしいイメージを作るための出発点として使われる.あとから作られるネット上のイメージと,もともとあるオブジェクトのあいだに見え方の違いはあっても,どちらが優れているという意味での価値の差はない.まずオブジェクトがあり,そのドキュメントとしてイメージがあり,それがネットにあげられ,新たに手が加えられていく.このプロセスのなかで,「展示はインスタレーションとコラージュ,実現されたものと計画,物質と非物質とのあいだのどこかに存在する」としている. −− この展覧会では「オブジェクト|イメージ」,「リアル|ネット」とのあいだでくるくると作品が循環することで,あたらしい表現を作り出そうとしている.リアルとネットとのあいだを接続したところで,現在ではそこになんらあ...