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上海スライド

上海の発表でのスライド(共同発表の水野担当部分).最初は原稿を読み上げるだけにしようと思ったのだけれど,時間オーバーだったのと,少しでも理解の助けになるようにとスライドを作成した.そうしたら,講義のようになってしまった. スライドを作っていて思ったのは,Lionの「ミッション・コントロール」という機能では,カーソルが本当に自由に様々な世界を行き来できるということでした. Nature|cursor|destruction View more presentations from Masanori MIzuno 上海発表関連の他の記事 自然|カーソル|破壊:上海での発表のための日本語でのメモ 中国・上海での発表 (英語テキスト) 中国・上海での発表 上海での発表を終えて,帰る飛行機の中で書いたメモ

スライド|映像文化 第14回|映像で理解する

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愛知淑徳大学 映像文化 第14回|映像で理解する:佐藤雅彦とユーフラテスの「畏い」映像→ スライド 参考資料 佐藤雅彦・ユーフラテス関連 ピタゴラスイッチ 0655 | 2355 EUPHRATES BOOK A-POC INSIDE 日常にひそむ数理曲線 DVD-Book YCAMでのワークショップ ーー トミー ビックローダー ビル工事 袋入りさくらんぼ餅の自動包装 ーー その他 メディア論―人間の拡張の諸相 小説の誕生 あたらしい美学をつくる エドワード・マイブリッジ ,1878 エティエンヌ=ジュール・マレー,1870 終えて 今の大学生は「ピタゴラスイッチ」を子どものときに見ているんですよね.でも,「佐藤雅彦」さんのことを知っているかと尋ねても,ほとんどの人が知らないみたいで,手を上げてくれたのはひとりでした.最初は「映像で理解する」ということで,「分かりやすさ」ということをメインにすえてスライドを作っていたのですが,「日常にひそむ数理曲線」でトンカチを投げる映像をみていて,その軌跡が放物線とサイクロイドで描かれた線の上をそっくりそのままなぞっていく様を見た時に,この映像はとても「こわい」と感じたのです.映像を見ていると,映像に言葉が奪われるように感じたのです.佐藤さんも「畏怖」という言葉を使っていますが,まさに「畏い」と感じたのです.そして,「畏い」という漢字を今まで「こわい」と読むと思っていのですが,「かしこい」と読むことも知りました(恥ずかしくもありますが……). 学生に「0655|2355」を紹介したところ,数名ですがハマってくれたみたいで,それがこの講義の大きな収穫.

スライド|情報美学概論A 最終回|終端→

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東京藝術大学 芸術情報センター :情報美学概論A 最終回|「終端→」→ スライド 参考資料 エキソニモ 可能世界空間論:空間の表象の探索,のいくつか ICCのエキソニモとメディアアートへの私見 ssuge さんのツイート 包まれるヒト―“環境”の存在論 (シリーズ ヒトの科学 4) iPhoneアプリ〈arrow to ggg〉 クワクボリョウタ《10番目の感傷(点・線・面)》 クワクボリョウタ インタヴュー by 原田優輝 国立国際美術館年間スケジュール「世界制作の方法」 コメントのコメント エキソニモの《↑》は「〈視覚化を拒む理解〉を視覚を通して行っている」と言えるのではないか,今日,歯医者の治療を受けながら考えた.〈視覚化を拒む理解〉というのは講義でも取り上げた保坂和志さんの言葉であるけれども,それは言葉は言葉の流れでしか理解できるものではないというもので,それを「アート」に当てはめることがいいのかどうかはわからないが,なぜかそう思った.コンピュータという「allo」を経由することによって,〈視覚化を拒む理解〉を視覚化することができているのではないだろうか.ヒトではない「視覚」を示すコンピュータ.体験者が見ているものはヒト単体では〈視覚化を拒む理解〉を示すものであるものが,コンピュータとヒトとが複合体となることで,それが「視覚化」された状況として体験することができるようになる.ここには異なる視覚と異なる身体性があるような気がしてならないけれど,それをはっきりと講義では示すことができなかったし,これからもできないかもしれない. 作品は「文脈」から逃れることができないのかもしれない.メディアアートは今まで「メディアアート」であることで「現代美術」の文脈から逃れることができていたのかもしれないが,また,逆に言えば,現代美術が文脈を逃れるために「メディアアート」に近づくこと.この方法も双方の領域が混じり合うことで出来なくなってきている.現代美術という文脈によって作品の価値が決まってしまうゲームの中にメディアアートが混じり合っていくなかで,すべてが文脈によって理解されようとしているのかもしれない.でも,ヒトの理解は文脈だけで決まるものでもないし,コンピュータとい...

スライド:映像文化 第13回|メディアアートと映像

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愛知淑徳大学 映像文化 第13回|メディアアートと映像→ スライド 参考作品 ジェフリー・ショー《レジブル・シティ》1989 八谷和彦《視聴覚交換マシン》1993 藤幡正樹《Beyond Pages》1995 エキソニモ《FragMental Storm》2000 藤幡正樹《モレルのパノラマ》2003 エキソニモ《断末魔ウス》2007 クワクボリョウタ《10番目の感傷(点・線・面)》2010 Cyclo.《id》2011 真鍋大度+石橋素《Particles》2011 メディアアートに興味を持った人に メディアアートの教科書 終えて 芸術系ではない大学でメディアアートについて話すとどのような反応があるのかと思って,やってみた.ほとんどの学生が「メディアアート」という言葉自体知らないことが判明した.今はそうなのかな.はるか10年くらい前,自分が大学生だったときに,せっせとICCに通って,「メディアアート」っていいなと思っていた頃とは時代は異なると思いつつ,講義を進めていた.講義のコメントには,「アート」と「デザイン」の区別がない,アーティストは特別な才能を持っているなどがあった.

スライド|情報美学概論A 第13回|もうひとつの世界

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東京藝術大学 芸術情報センター :情報美学概論A 第13回|もうひとつの世界→ スライド メモ:仮想世界空間とみえないちから 関連するかもしれないテキスト: 「↑」がヒトを試す 参考資料 可能世界空間論:空間の表象の探索,のいくつか ICCメタバースプロジェクト:市川創太×松川昌平[メール対談]「建築とメタバース」 ICCメタバースプロジェクト:池上高志「可能世界としてのメタバース」 みえないちから フォルマント兄弟のお化け屋敷:機械厄除御守 動きが生命をつくる―生命と意識への構成論的アプローチ 藤崎圭一郎さんのツイート1 藤崎圭一郎さんのツイート2 量子の社会哲学 革命は過去を救うと猫が言う 量子力学の反常識と素粒子の自由意志 (岩波科学ライブラリー) 包まれるヒト―“環境”の存在論 (シリーズ ヒトの科学 4) ひとさじの記号論,ジュディ・アニア ICCのエキソニモとメディアアートへの私見 ssuge さんのツイート ssuge さんの tumblr→ sugelog iPhoneアプリ〈arrow to ggg〉 コメントのコメント テクスチャーは身体的で,その働きかけに呼応する言葉は「わかる」.物語は感情的,もしくは論理的で,その働きかけに呼応することは「理解する」.この違いは確かに面白いです.ここには言葉の「決まらなさ」と「精密さ」が出ているような気がします.言葉を書くことは,言葉をつなげていくこと.そのつながりは何も意識していなくても,精密になされているけれど,そこを意識する.つまり,言葉のつながりを意識して書いたときに,それを書く自分の思考も言葉のつながりの精密さに引き寄せられると同時に,それを読む人の思考も言葉によって整序される.(ここで私は「整序」という言葉を使ったが,普段使うことがない,おそらく今まで一度も使ったことがないこの言葉をなぜ,今,ここで使ったのかということはわからない)←このカッコのなかが言葉の「決まらなさ」でもあると思う.他者の書いた言語には,そこに確実に「決まらなさ」があるけれど,自分の書いた言葉にもそこには確実には,自分がすべて決めたとは言い切ればい「決まらなさ」がある.それは言語が「精...

スライド|情報美学概論A 第5回 ユーザ・インターフェイス|メディアアート|インターネットの歴史 1998-2010

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東京藝術大学 芸術情報センター :情報美学概論A 第5回 ユーザ・インターフェイス|メディアアート|インターネットの歴史 1998-2010→ スライド ユーザ・インターフェイス|メディアアート|インターネットの歴史 1998−2010 (『 メディアアートの教科書 』の年表をもとに作成) メモ:1998年から2010年のあいだとこれから (講義スライドを作り終えて,まとめ代わりにtwitterでつぶやいて,それをまとめたものです.書いているうちに,311以後を生きる33歳の私にとってのメディアアートについても考えました) 「薄さ」を与えられた平面:藤幡正樹の作品における平面の諸相 (私が書いた藤幡さんに関する論文です.興味があったらお読みください:論文の「はじめに」と,最後の方に論文ドラフトへのPDFへのリンクが貼ってあります) 参考資料 書籍 アーキテクチャの生態系――情報環境はいかに設計されてきたか ルソーの時―インタラクティヴィティの美学 Web Designing (ウェブデザイニング) 2010年 07月号 [雑誌] フェイスブック 若き天才の野望 (5億人をつなぐソーシャルネットワークはこう生まれた) ICC DOCUMENTS 1997‐2000―NTTインターコミュニケーション・センター活動の軌跡 映像・作品 ベンジャミン・フライ《Valance》 エキソニモ《FragMental Storm》 ラファエル・ロサノ=ヘメル《Body Movies》 01001011101101.org《Life Sharing》 藤幡正樹《Simultaneous Echos》 藤幡正樹《モレルのパノラマ》 ラファエル・ロサノ=ヘメル《アモーダル・サスペンション》 三上晴子&市川創太《Gravicells》 ディヴィデュアル《TypeTrace》 クワクボリョウタ《10番目の感傷(点・線・面)》 コメントのコメント 建築でも「見えない空間」≒気配を可視化させることが注目されていることはとても気になります.講義の最後のほうはアルゴリズム建築を実践している柄沢祐輔さんや,今日もとりあげたダブルネガティブ・アーキテクチャの市川創太さんの考えから,新しい空間が「アルゴリズム」や「ログ」から組み立てられていく...

スライド:映像文化 第12回 音楽|映像|ライブ

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愛知淑徳大学 映像文化 第12回 音楽|映像|ライブ→ スライド 参考資料 ミュージック・ビデオ_Wikipedia SOUR 「日々の音色 」 2009年メディア芸術祭エンターテイメント部門大賞:日々の音色/SOUR SOUR 「映し鏡 」 既存の思考をぶち破るインタラクティブPV SOUR「映し鏡」クリエイターの川村真司に訊く 『WIRED』元編集長が語る「ネットの新動向6つのキーワード」 サカナクション「アルクアラウンド」 2010年メディア芸術祭エンターテイメント部門優秀賞:アルクアラウンド/サカナクション □□□(クチロロ)「あたらしいたましい」 feat. 金田朋子 □□□(クチロロ)MV「あたらしいたましい feat. 金田朋子」。伊藤ガビン率いる制作陣に聞く舞台裏 結成10周年、 メジャーデビュー5周年記念! Perfume LIVE @東京ドーム 「1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11」【通常盤】 [DVD] 映像作家100人 2011  JAPANESE MOTION GRAPHIC CREATORS 2011 Web Designing (ウェブデザイニング) 2011年 05月号 [雑誌] 終えて 紹介するだけいっぱいいっぱいだった.ミュージック・ビデオに関する研究論文とか読みたくもあるけれど,「論文」では捉えることができないのではないかとも感じつつ.

スライド:情報美学概論A 第12回 主観的|間主観的|客観的:人称のゆらぎ

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東京藝術大学  芸術情報センター :情報美学概論A 第12回 主観的|間主観的|客観的:人称のゆらぎ→ スライド 参考資料 クラウド化する世界 アルゴリズミック・アーキテクチュア FORM+CODE -デザイン/アート/建築における、かたちとコード ダブルネガティヴスアーキテクチャー|塵の眼 塵の建築 (現代建築家コンセプト・シリーズ) 市川創太×松川昌平[メール対談] フィロソフィア・ロボティカ ~人間に近づくロボットに近づく人間~ アーキテクチャの生態系――情報環境はいかに設計されてきたか -- 主観的、間主観的、客観的 (現代哲学への招待Great Works) 合理性の諸問題 (現代哲学への招待 Great Works) デイヴィドソン ~「言語」なんて存在するのだろうか シリーズ・哲学のエッセンス -- コメントのコメント 「わからない」ことを講義すること.「わからない」ことを「わかりたい」と思うこと.今回の講義は前でしゃべりながら,いろいろと気づくことが多かった.本当はそれを予め理解して,咀嚼して,もっと分かりやすいかたちで提示すべきなのだが,これが今のところ自分の限界である.そして,未だに講義で気づいたことをまとめきれていない. テルジディスが『アルゴリズミック・アーキテクチャ』の中で書いているコンピュータの「他者性」と,それに伴う「思考のサイボーグ化」.そして,サイボーグ化した思考がつくりだすあらたなノーテーションとしての「Super Eye」.ヒトが考えが終わったところからはじまる世界の把握.ヒト中心主義から脱却.これは頭,テキストとしては理解できても,まだ実感として理解出来ない.ここで「身体」をもちだすことが,よくないのかもしれないが,それでも「身体」という言葉をだしてしまうこと. 私はテルジディスとは異なる形で,コンピュータは「全くの他者」だと考えていた.ヒトはコンピュータという「全くの他者」とコミュニケーションをするために,両者が触れ合う部分のインターフェイスの改良を行った.マウスというモノや,メタファーという概念を使って,ヒトの身体をコンピュータの論理に組み込んでいくこと.それは「全くの他者」に「身体」を与えることであったと言える.しかし,である.今,コンピュータに組み込まれた「身体」が...

スライド:映像文化 第11回|見えなくなる映像

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愛知淑徳大学 映像文化 第11回|見えなくなる映像:ニコニコ動画→ スライド 参考資料 ニコニコ動画 関連 ニコニコ動画ランキング:合計 カテゴリ合算 再生ランキング “メディア”ではなく“メディアっぽいもの”に進化した「ニコ動」の現状 組曲『ニコニコ動画』 ニコニコ大百科:組曲『ニコニコ動画』 組曲『ニコニコ動画』 全自動マリオVer ニコニコ動画が未来をつくる ドワンゴ物語 (アスキー新書) 濱野智史さん関連 アーキテクチャの生態系――情報環境はいかに設計されてきたか 第1回:作品それ自体がデータベースであり,ネットワークであり,コミュニケーションでもあるような:〈歴史〉の未来 第6回 情報環境研究のキーワード その他 複製技術時代の芸術 (晶文社クラシックス) Inter Communication (インターコミュニケーション) 2008年 07月号 [雑誌] 社会的な身体~振る舞い・運動・お笑い・ゲーム (講談社現代新書) ピースボート 日本テレビ : 視聴者の“実況”コメントを画面に反映 テレビドラマ初の試み 終えて YouTubeに比べて,学生からのコメントの「あつさ」が違った.全く見たことがない人もいれば,もうとてもよく見ていて,いろいろと「あつく」書いてくれるコメントもある.学生のコメントからニコニコ動画は単なる動画共有サイトではないということが実感できた.濱野さんがいっているように動画を見ているという経験を共有している.そしてその共有経験でコミュニケーションをしている.私自身がそれほどニコニコ動画を利用しないので,学生のコメントの多様さがとても興味深かった.

スライド:情報美学概論A 第11回|ひとつの世界のようなもの

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東京藝術大学 芸術情報センター :情報美学概論A 第11回|ひとつの世界のようなもの→スライド メモ:ネットアート,動物化するポストモダン,グーグルの奇妙さ (このとき考えていたことと今回の講義はだいぶ異なるものになりました) 参考資料 作家 wwwwwwwww.jodi.org http://exonemo.com/ 柄沢祐輔建築設計事務所 書籍 新ネットワーク思考―世界のしくみを読み解く 動物化するポストモダン オタクから見た日本社会 (講談社現代新書) Internet Art (World of Art) Web Designing (ウェブデザイニング) 2010年 07月号 [雑誌] 現代思想2011年1月号 特集=Googleの思想 ウェブ×ソーシャル×アメリカ <全球時代>の構想力 (講談社現代新書) 10+1 No.48 特集=アルゴリズム的思考と建築 これはプレミア価格になっているので,こちらでもだいたい読めます. → http://db.10plus1.jp/publish/keyword/v/%E3%82%A2%E3%83%AB%E3%82%B4%E3%83%AA%E3%82%BA%E3%83%A0 その他 http://backofawebpage.com/ コメントのコメント 確かに,今,現在進行形で作られつつある情報世界について語ることは時期尚早かもしれない.でも,それは常に変わっていくことであり,今までのように明確なモノとして残しておけないことであるからこそ,それが完結していなくても,考えていかなくてはならない.講義のあとにやっている研究会でも,メディアアートを残すことは難しいということが問題になりました.再生するハードウェアがなくなれば作品を体験することはできないし,グーグルのAPIが変わったりしても,それを利用している作品は機能しなくなってしまう.だから,「残せないことを前提としたアーカイブ」も考えなければならないという言葉に,私はとてもハッとしました.この講義で扱っているのは,今までとは異なる種類の「存在」,ハードとソフトというか,身体と精神といった二項対立からはみ出るもので,私たちが,まだ「保存」する方法すらももっていない対象なんだということです.バラバシの指摘にありましたが,...

スライド:映像文化 第10回|膨大な量の映像

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愛知淑徳大学 映像文化 第10回|膨大な量の映像:YouTube→ スライド 参考資料 YouTube Me at the zoo YouTube Turns Five! 25 Videos That Made YouTube History YouTube チャート 100 GREATEST HITS OF YOUTUBE IN 4 MINUTES fujitv さんのチャンネル MontyPython さんのチャンネル blogtvMX さんのチャンネル http://www.youtube.com/leanback LIFE IN A DAY Black Beetle 自主制作アニメ「フミコの告白」 YouTube ビジネス支援チャンネル JNN福島第一原発情報カメラ YouTube 消息情報チャンネル 書籍 CONTENT'S FUTURE ポストYouTube時代のクリエイティビティ (NT2X) フィロソフィア・ロボティカ ~人間に近づくロボットに近づく人間~ 市川創太×松川昌平[メール対談] クリエイティブ・コモンズ 終えて YouTube には本当に膨大な量の映像があるのだと感じた.これらの映像に対して分析するには,レフ・マノヴィッチらが行っているようなコンピュータによる分析しかないのかもしれない.ヒトがすべてを見ることができなった映像.増え続ける映像.誰にも見られることがないかもしれないし,ふっとしたことがきっかけになって多くのヒトが見るかもしれない映像.そういった「場」が生じたこと.そこに「You(あなた)」と二人称が使われていること.ここでの「I(私)」は「YouTube(システム)」で,そこから「あなた」と呼ばれる「ヒト(私)」.ここでのヒトとシステムとの関係を表す人称の問題が面白いと思う.

スライド:情報美学概論A 第10回|情報としての自然

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東京藝術大学 芸術情報センター :情報美学概論A 第10回:情報としての自然→スライド 参考資料 展覧会 オープン・ネイチャー:情報としての自然が開くもの ミッションG:地球を知覚せよ! → 映像 書籍 Virtual Art: From Illusion to Immersion (Leonardo Book Series) 電子美術論 コンピュータ・グラフィックスの軌跡 FORBIDDEN FRUITS―藤幡正樹作品集 Critical Terms for Media Studies オープン・ネイチャー―情報としての自然が開くもの JunCture〈01〉―超域的日本文化研究 あたらしい美学をつくる コメントのコメント 今回の講義で扱ったことは,私自身がこれから向い合っていかないとならないとために,だいぶ詰め込みすぎてしまいました.申し訳ないです.また,みなさんからのコメントからのフィードバック,大変ありがたいです. アルゴリズムを記述する作家は「神」であったのかもしれません.しかし,徐々にその座が降りているようにも見えます.それは講義でも示した,世界との関係の中でのヒトの立ち位置の変化の中に作家もいるということではないでしょうか.アルゴリズムを記述していても,それがすべてを決定しないような作品が増えてきている.それは,明確な入出力を必要とするインタラクションではない,曖昧な,とても間接的なインタラクションの作品なのではないでしょうか. 建築でも,音楽でも何が自然かは問題になって,その自然が徐々にアルゴリズムで捉えられるようになっている.しかし,「自然+アルゴリズム」を「自然」と捉えるかどうか.「アルゴリズム」という言葉の中に,身体=感性が含まれているのか否か. 秋庭さんは「感性」などの主観から離れたところにも「美」があるということを「ナチュラル・コンピューティング」という自然科学に寄り添うことで示しています.そこでは「フォルム」ではなく「アルゴリズム」が,世界を認識するための大きな役割を担うことになっています. まだ自分の中でもうまく考えられていないのですが,四方さんや秋庭さんが示している世界認識の方法では,エキソニモの《断末魔ウス》のときに示したような「痛み=傷み」を捉えることができないのではないかと思っ...