投稿

5月, 2019の投稿を表示しています

MASSAGE連載06_サーフェイスから透かし見る👓👀🤳/バルクとサーフェイスとを含む「波のようなマテリアル」

MASSAGEの連載「サーフェイスから透かし見る👓👀🤳」,第6回「バルクとサーフェイスとを含む「波のようなマテリアル」」を書きました✍️✍️✍️
「モノとディスプレイとの重なり」を書いているときから,ずっと取り上げたかったucnvさんの作品をやっと取り上げることができました.グリッチは,🌊のように表面=サーフェイスでありつつ,ある実体=バルクを持つような表現なのではないか,ということを書いています.まだ前編という感じで,次回もucnvさんの作品を考察していきます.
カワイさんのカバーイラストも白い布のようなものが波打ってくれています🌊 その下にふたつのサーフェイスがあり,上のサーフェイスは透けていて,下のサーフェイスには影が落ちています.これまで書いてきたことが図示されているみたいです.そうなると,🌊となっている白い布の「バルク=中空」の部分,二つのサーフェイスを貫通する3本の黄色い棒のようなものが気になります🧐  バルクやサーフェイスを貫通する何かを考えてみたいです🌞


🏄‍♂️🏄‍♀️🏄‍♂️🏄‍♀️🏄‍♂️🏄‍♀️ また,第6回のテキストでこれまでの議論と重複するためカットした部分をnoteにアップしましたので,連載テキストと合わせてお読みください🙇‍♂️

086:モノとデータとの複合体としてのあらたなバルク

展覧会「ゴットを、信じる方法」のカタログへの寄稿

イメージ
今はなきARTZONEで2018年5月に開催された展覧会「ゴットを、信じる方法」のカタログができました.私は「ゴットを、信じる方法」トークイベントと参加しつつ,「📲How to believe in Got. ゴットに巻き込まれた告白💬の行方」というテキストを寄稿しています.



「ゴットを、信じる方法」トークイベント
「ゴットを、信じる方法。」世代観と「ゴット」の行方《ゴットは、存在する。》と《告白》 それぞれの「ゴット」時代とインターフェイス「ゴット」の居場所Q&A📲How to believe in Got. ゴットに巻き込まれた告白💬の行方 🖱「ゴットを、信じる方法」のためのメモ✍️  🖱ゴットはどこにいるのか?📲解釈によって幽閉されたゴット💬とともにインターフェイスに現れるゴット告白💬の行方
この展覧会を企画した中川恵理子さんとは20歳近くの差があるので,インターフェイスの体験が全く異なっていました.そのような状況で「ゴット」はどこにいるのか,そして,エキソニモという存在に巻き込まれてしまった中川さんと水野はこれからどうなるのか,というようなことを書きました.
カタログ冒頭のページのQRコードからアーカイブサイトに飛べるようになっていて,そこに「📝」の項目があるので,後ほど,テキストがウェブで公開されると思います.

🏄‍♂️🏄‍♀️🏄‍♂️🏄‍♀️🏄‍♂️🏄‍♀️🏄‍♂️🏄‍♀️ 🖱「ゴットを、信じる方法」のためのメモ✍️ ゴットを信じる会《告白》について考えたことと,これからエキソニモとゴットのどちらを探るのだろうか? 

エキソニモ・千房さんとの共著論文「アート表現にはランダムを“積極的に”使え」

イメージ
日本バーチャルリアリティ学会誌 Vol.24 No.1 2019に,エキソニモの千房けん輔さんとの共著論文「アート表現にはランダムを“積極的に”使え」を書きました.

大阪電気通信大学の教授で,メディアアートの展覧会の企画を多く手がけてきた原久子さんからのお誘いで,千房さんと論文を書くことになりました.特集は「VRとメディアアート───芸術表現と科学技術の往来」となっているのですが,私たちの論文は「VR」には一切触れていません.千房さんと私の論文は副題の「芸術表現と科学技術の往来」を,エキソニモの作品における「ランダム」を中心に論じています.エキソニモ研究者として,エキソニモ作品の初期からNY以後を,エキソニモ本人と考えるという機会はとても貴重で,不思議な体験でした.
論文は「ランダムから考える表現」「初期エキソニモ作品の中に横たわる「ランダム信仰」」「ランダムから「人間」を考える」「責任を持ってランダムを引き受ける」という4つの節で構成されています.「ランダムから「人間」を考える」は,今のエキソニモを表しているいい言葉だと思っています.そして,「責任を持ってランダムを引き受ける」という言葉は,メディアアートにおけるエキソニモ作品が持つ特異さを説明できるような気がしていています.
日本バーチャルリアリティ学会誌がどこで手に入るのかイマイチわからないので,最終節の「責任を持ってランダムを引き受ける」だけですが,とても気に入っている文章なので,みなさんに読んでもらいたいです.
責任を持ってランダムを引き受ける
エキソニモ作品では,高名なアルゴリズムをあえて使用しない,もしくは使用していてもそれを表明しないと言ったが,それはアート表現において,科学的な根拠を持った後ろ盾があっては,その価値がサイエンスの側にあるのか,アートの側にあるのかが曖昧になるからである.テクノロジーがアートの存在を手助けするのであれば,テクノロジーの価値をアート作品の価値から遠ざけることが,重要であると考える.因果の連鎖のもとにあり,人間から離れていくサイエンスとテクノロジーを使いながら,人間の存在そのものの起源に辿り着くような作品を作らなくてはならない.このような理由から「アート表現にはランダムを“積極的に”使え」と,ここでは言っておきたい.“積極的に”という形容句がついているのは,それを無自覚に使っても意…