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iPhoneのアニメーションを意識して電車の中で、iPhoneを使ってメモを書く

エキソニモのカーソルを用いた作品を考察した際に,カーソルは「あいだを移行する存在」だと指摘した.そうだとするならば,アニメーションもまた「あいだを移行する存在」だと言えるのか? 私たちのの注意を移行させているカーソルとアニメーション. 次に移行させる!カーソルの矢印の先に意識を移行させる.アニメーションはどう意識を移行させるのか? 行為の「次」を示すようなアニメーション.次から次へと現れては消えて行くことで,次々に意識を移行させていくアニメーション.仮想と現実とのあいだではなく,ただ単に「次から次へと」移行を発生させる.ひとつの世界の中で,「次から次へと」ということ.カーソルでの移行は空間が問題であったが,アニメーションでは空間ではなく,時間が問題になっている. カーソルは「↑」という基本形態をもつが,iPhoneのアニメーションはそれをもたない.ヒトに次の行為を促すためだけに,様々な形態を示す.画面上に常にあるわけでもない.ヒトに次の行為を促すときにだけ,パッと現れては,シュッと消える. iPhoneのアニメーションは,押した時に現れて,離す時に消える.アニメーションは,押した指をいつ離すかを示している.押した後に必ず起こる「離す」という行為のタイミングを示すアニメーション.

アニメーションとカーソルを考えるためのメモ

「押す」行為に対して変化しないカーソルについて書いて(→ カーソルが示すひとつの切断 ),そのあとこう考えた. カーソルが画面上の「ボタン」を押したときに、何も変化するを示さないように、タッチパネルで「ボタン」を「押した」ときの指も変化をしめさない(実際には、押していないから、触れているだけだから).画面上でアニメーションがあるところと、ないところと、ヒトの身体との関係.アニメーションのある/なしと「コンピュータの身体性」との関係. http://mmmemo.posterous.com/32483046 これを書いたのは,Twitterで次のようなツイートが流れてきたことが影響している.最初のは,デザイナーの原研哉さん,ふたつ目は,坂本大介さんと渡邊恵太さんが行っている「インタラクションデザイン研究会」の第三回目で,渡邊さんが言ったことを LunarModule7 さんが書き取ってくれたもの. タッチパネルの感触はガラスの感触ではない.インタラクションの様相がそこに全く新しい「触覚」を育むだろう.ボタンに触って「にゃ〜」とゆっくり反応するのと、「ピッ」と電子音で鋭く反応するのでは、脳が感じる触覚が異なる. http://twitter.com/haraken_tokyo/status/29654770743 渡辺:iPhoneと身体性の例.iPhoneのアニメーションは身体性と大きく関連している.滑らかに動くことがカーソルの役割をしている.こうした滑らかなアニメーションがどうして重要なのか? そうした製品が見られるようになってきたが,エフェクトでは駄目. #sigixd https://twitter.com/lunarmodule7/status/29546365253 「滑らかに動くことがカーソルの役割をしている」という渡邊さんの言葉は,今後カーソルを考えていく上で,とても重要なヒントだと思う.まだ,うまく言葉にすることはできないけれど……. カーソルがヒトの行為を示すものではなく,ただ単に注意を引きつけるものだと考えるとすれば,滑らかなアニメーションがカーソルになると考えることができるのではないか.しかし,カーソルの示す先というある一点に注意を集中することと,滑らかなアニメーションが示すような注意の先が一点に収斂するのではなく,漠然とひろがっているよ...