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MASSAGE連載12_サーフェイスから透かし見る👓👀🤳/バルクを体験する──主観と客観とを接合していくあたらしい体験

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MASSAGEの連載「サーフェイスから透かし見る👓👀🤳」,最終回「 バルクを体験する──主観と客観とを接合していくあたらしい体験👋 」を書きました✍️✍️✍️ 情報を起点にモノを考えるようになったために、モノのサーフェイスからはみ出してきたバルクがつくる「モノもどき」による体験のあたらしさのではないだろうか,ということを, 小鷹研究室の《質量ゼロのガムテープを転がす》や 脳神経科学からできてきた「予測誤差最小化」という概念を使って考えています 🧐 カワイさんのタイトル画像でグレーのサーフェイスに緑の棒が映り込んでいるかのように描かれているのですが,よく見ると映り込んでいるのではなくて,グレーのサーフェイスの先に空間があって,そこに存在しているように描かれています.グレーのサーフェイスはそこだけ別の世界として体験できるようになっているのではないでしょうか. カワイさん,2年間以上ものあいだ,カバー画像を描いていただき,ありがとうございました☺️ カワイさんのイラストを見て,自分の考えが明確になることが多くありました💡 MASSAGEの庄野さん,「モノとディスプレイとの重なり」から引き続き,締め切りなしの連載を気長に書かせてもらい,ありがとうございました☺️ 庄野さんからもらったコメントと対話するようにテキストを修正をしていくなかで,毎回の主題に対する自分の考えの輪郭=サーフェイスが掴むことができました.そして,長い連載の最後には,これから考えていきたいことのあたらしいコア=バルクも見えてきました.また一緒にこの先を考えていけたらいいなと考えています🙇‍♂️

MASSAGE連載11_サーフェイスから透かし見る👓👀🤳/バルクはサーフェイスからはみ出して「モノもどき」になった🧊

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MASSAGEの連載「サーフェイスから透かし見る👓👀🤳」,第11回「 バルクはサーフェイスからはみ出して「モノもどき」になった🧊 」を書きました✍️✍️✍️ 連載でこれまで書いてきた「バルク」ということをまとめています.モノのサーフェイスにあるのだけれど,見ることも触れることもできない部分を「バルク」と名付けて,2年以上ずっと考えてきたけれど,わからなくなってきたので,連載の最後の2回で改めて考えていこうと考えています🧐 カワイさんのタイトル画像でサーフェイスを貫通した棒であったり,サーフェイスへの写り込みであったり,モノの特性がさまざまなかたちで表れていて,ここから「モノもどき」が現れそうです🧊

MASSAGE連載10_サーフェイスから透かし見る👓👀🤳/現れたり、消えたりする確率的なバルクとサーフェイス🎲

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MASSAGEの連載「サーフェイスから透かし見る👓👀🤳」,第10回「 現れたり、消えたりする確率的なバルクとサーフェイス🎲 」を書きました✍️✍️✍️ 2019年にトーキョーアーツアンドスペース本郷で展示された YOF の《2D Painting [7 Objects, 3 Picture Planes]》を考察しました.この作品を見たときに感じた不思議な感じを言語化するためにずっと考えていたら,すごく時間が経ってしまいました.YOFの「ピクセル」を基点とした「ヴァルール」という色彩のあり方から「情報」と色彩ということ考えるなかで,モノのバルクとサーフェイスが「モノ」的なものから「情報」的で確率的なあり方に変化していくということを書きました. 画像を提供してくれたYOFの古澤さん,大原さん,柳川さん,ありがとうございました🙇‍♂️ カワイさんのタイトル画像の真ん中に位置する白い面のようで,その奥にさらに空間が広がっているような面がとても気になっています. YOFの《2D Painting [7 Objects, 3 Picture Planes]》を見たときに感じた不思議さを描いてもらっているような感じがしています.

MASSAGE連載07_サーフェイスから透かし見る👓👀🤳/「モノ」らしさを持つデータとサーフェイスを包含して剥き出しになったバルク」

MASSAGEの連載「サーフェイスから透かし見る👓👀🤳」,第7回「 「モノ」らしさを持つデータとサーフェイスを包含して剥き出しになったバルク 」を書きました✍️✍️✍️ 前回の続きで,ucnvさんの作品を分析しています. 「超臨界流体」という奇妙な言葉も出てきますが,とても興味深い物質の状態のことです.ucnvさんの作品タイトルからこのような物質の状態があることを知りました. カワイさんのカバーイラストでは透明なサーフェイスと白いサーフェイスとが混じりあっていますが,この辺りもテキストを読んでもらえると納得できる感じです.サーフェイスの奥にある厚み=バルクを考えてきましたが,奥にあるバルクがサーフェイスを包んで,表も裏もないような状態になってきているのではないでしょうか,ということを書いています🧐

MASSAGE連載05_サーフェイスから透かし見る👓👀🤳/バルクと空白とがつくる練り物がサーフェイスからはみ出していく

MASSAGEの連載「サーフェイスから透かし見る👓👀🤳」,第5回「 バルクと空白とがつくる練り物がサーフェイスからはみ出していく 」を書きました✍️✍️✍️ 今回は作品やインターフェイスのデザインではなく,哲学者の入不二基義さんの『 あるようにあり、なるようになる 』のなかに出てきた「無の厚み」という言葉を手がかりにして考察を進めています.考察を進めるなかで出てきた「練り物」という言葉は,どこか不定形で,不純な感じして気に入っています.ディスプレイに映る画像や映像は,いまやサーフェイスではなくて,どこか厚み=バルクを持つようになってきたと感じて,これまで連載を書いてきたわけですが,インターフェイスを経由した画像や映像がなぜバルクを持つようになったのかということを,入不二さんのテキストを参照して書いています. カワイさんのカバーイラストにもドーナツ🍩のような「空白」を持ったモノが描かれています.「空白」に棒が差し込まれていますが,「空白」はいかなるモノを受け入れていきます.カバーイラストには「空白」だけはなく,これまで論じてきた「重なり」「影」も描かれています.カワイさんのカバーイラストを眺めながら,これまでのことと次のことを考えます🧐

MASSAGE連載04_サーフェイスから透かし見る👓👀🤳/影のマスキングがバクルとサーフェイスとを引き剥がす

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MASSAGEの連載「サーフェイスから透かし見る👓👀🤳」,第4回「 影のマスキングがバクルとサーフェイスとを引き剥がす 」を書きました✍️✍️✍️ 今回は名古屋市立大学芸術工学部で身体の錯覚についての研究を進めている 小鷹研理 さんの作品《公認候補》を軸にして,下からの光が物理世界を切り取ることによって,バルクの位置付けが曖昧な空間が生まれ,そこにバルクから剥がれた「理念的サーフェイス」が生まれるということについて書いています. また,小鷹さんの「研究」では無く 「作品」にフォーカスして考えみたかったということもあります.小鷹研の研究は「からだは戦場だよ」や学会発表を通して多くの人に知られるようになりました.そして,小鷹さん個人は研究と同時に,エキソニモや永田康祐さんの作品に言及したり,小林椋さんの 個展のレビュー を書いたりしています.私は小鷹さんのテキストに強い影響を受けていました.そのような中で,小鷹さんが研究ではなく,作品を作成したというので,名古屋まで展示を見に行きました.そこで出会ったのが今回取り上げた《公認候補》と 《ボディジェクト指向 #1》でした. 《ボディジェクト指向 #1》は小鷹さんの研究とも直接的につながっている作品で,こちらは画家・評論家の古谷利裕さんが 偽日記 に書いています.《公認候補》は研究とは少し離れていて,ポストインターネット的な問題設定,私的には「モノとディスプレイとの重なり」の問題圏にあると考え,今回のテキストとなりました. カワイさんのカバー画像では一枚の布がふわりと宙に浮いていて,「影」がしっかりとサーフェイスに記されています.「影」があるからこそ,それが宙に浮いていて,下のサーフェイスと関係を持っていることがわかります.そして,「影」と白い布のあいだの空間自体が「影」と白い布というふたつのサーフェイスに切り取られたバルクのようにも感じられてきます.また,下のサーフェイスもいくつか重なっていますが,そこには影はありません.それらは重なっていないのかもしれません.重なっていないとすると,そこにはバルクもないのかもしれません.

MASSAGE連載03_サーフェイスから透かし見る👓👀🤳/浮遊するバラバラのサーフェイスがつくるバルクがマテリアルを拡張する

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MASSAGEの連載「サーフェイスから透かし見る👓👀🤳」,第3回「 浮遊するバラバラのサーフェイスがつくるバルクがマテリアルを拡張する 」を書きました✍️✍️✍️ 今回はGoogleの マテリアルデザイン の「サーフェイス」を追いながら,複数のサーフェイスの集合体が統合されるかたちでバルクが生じるということはあるのかということを考えています. カワイさんのカバーイラストは今回は,様々な高さのサーフェイスが連なっています.サーフェイスを貫きながら支える棒とサーフェイスの関係を考えると,不思議な感じになってきます.そして,高さだけではなく,手前と奥とのちがいが示すバラバラのサーフェイスがひとつの統合されたバルクの一部になっているようです🤔🤔🤔

MASSAGE連載02_サーフェイスから透かし見る👓👀🤳/3DCGを切り取る「型」としてのバルクとサーフェイス

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MASSAGEの連載「サーフェイスから透かし見る👓👀🤳」,第2回「 3DCGを切り取る「型」としてのバルクとサーフェイス 」を書きました✍️✍️✍️ 山形一生 さんのディスプレイを用いた作品《Untitled(bird)》 ,《Untitled(stingray)》 と,アクリル板を用いた作品《ミュータント・スライム》を分析しながら,ディスプレイやアクリル板が「型」として,3DCGを切り抜いているのではないかということを書きました. カワイさんのカバーイラストは今回は,サーフェイスが丸められて筒状になって,その中にも筒状のサーフェイスがあってと,どこかサーフェイスが丸められると同時に,サーフェイスがバルクを切り抜いているように感じられます.今回のテキストでは四角いフレームとして「型」を考えていますが,丸い「型」のあり方もまた考える必要があると思います🤔🤔🤔

MASSAGE連載01_サーフェイスから透かし見る👓👀🤳/サーフェイスからバルクとしての空間を透かし見る

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MASSAGEであたらしい連載「サーフェイスから透かし見る👓👀🤳」を始めました.今回は,第1回としてサーフィスと対になる言葉として「バルク」を提示する「 サーフェイスからバルクとしての空間を透かし見る 」というテキストを書きました✍️✍️✍️ モノのサーフェイスの続きに「バルク」という内部があるのですが,それがモノの内部だけではなく,空間も「バルク」として認識してみたらどうなるのだろうか,という話になっています. カワイさんのカバーイラストもサーフェイスがうねって,どこかモノっぽくなると同時に,サーフェイスの表面と裏面とがつくる空間があって,それが「バルク」と言えるのか言えないのか.カワイさんのカバーイラストからも考えされられます🤔🤔🤔

MASSAGE連載00_サーフェイスから透かし見る👓👀🤳/インターフェイスはいつからサーフェイスになるのか?

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MASSAGEであたらしい連載「サーフェイスから透かし見る👓👀🤳」を始めました.今回は,第0回として全体の導入になるようなテキストを「 インターフェイスはいつからサーフェイスになるのか? 」というタイトルで書きました✍️✍️✍️ テキストで取り上げていますが,水戸芸術館で行われた「 ハロー・ワールド ポスト・ヒューマン時代に向けて 」でのトークで エキソニモ の赤岩やえさんが「Screenshot」というスライドを見せてくれました.そこで撮影されたスクリーンショット,もしくは,赤岩さんが「スクリーンショット」と感じるものにおいて,徐々にディスプレイと私たちとのあいだに「距離」が生まれて,ディスプレイ手前に空間が生まれていることがとても興味深いと思ったのでした.そのことを手掛かりに 「 インターフェイスはいつからサーフェイスになるのか? 」という問いを書いています 🖥🏁🖥🏁🏁 これからは「モノとディスプレイとの重なり」とは異なり,アート作品だけでなくて,iPadとApple pencilといったインターフェイスのことや「インターフェイス/サーフェイス」に関連する本の紹介などをしていけたらと思っています📱📔📱📔📱 並行して,このブログでも連載を進めるための考察を書き進めて行きたいと思っています💬💬💬💬💬 そして,カバーイラストを描いてもらう カワイ ハルナ さんのイラストがどのように変化していくのかが楽しみです😊😊😊 よろしくお願いします 👓👀🤳