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ÉKRITS_「中途半端な分かり方⇄Any-ness」が行き来するスカスカな管

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ÉKRITS に「 中途半端な分かり方⇄Any-ness」が行き来するスカスカな管 」を寄稿しました。 佐藤雅彦 さんと 入不二基義 さんという独自の表現・哲学をする二人を組み合わせて、意識に現れては消える表象を考えてみました🥸 2025年6月に佐藤雅彦さんにインタビューするための準備で感じた佐藤作品のこわさが、最も表れているのが「中途半端な分かり方」という表現でした。この表現の謎を突き止めたくなり、入不二基義さんの哲学を応用するといいのではないかと考えていました。そこに、入不二さんが「Any-ness・偶然性・現実性」という論文の先行読者を募集していたので、申し込んで、読みました。そうすると、みるみる謎が解けていきました。 あくまでもわたしの中で謎が解けたということですが、一つの表現の謎が解けて、そのとき、わたしに何が起こっていたのかを記述したテキストです。 ぜひ読んでみてください🙏

ÉKRITS連載_カーソル・ラバーハンド錯覚・スワイプ ── 「画面帰属感」がつくる自己を画面に帰属させたミニマルセルフ - インターフェイスを読む #8

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エクリでの連載「インターフェイスを読む」を更新しました.第8回目のタイトルは「 カーソル・ラバーハンド錯覚・スワイプ ── 「画面帰属感」がつくる自己を画面に帰属させたミニマルセルフ 」となります. 先日参加した, 表象文化論学会オンライン研究フォーラム2023のシンポジウム「皮膚感覚と情動:メディア研究の最前線」 の発表原稿に加筆修正して,エクリに掲載してもらいました.そのため,連載で使ってきた「合生的」という言葉が使われていません.しかし,最後で現れる「画面帰属感」という言葉は,これまで連載で書いてきた「合生的行為」や「合生的出来事」の源にあるit-from-bit,情報主導の世界を紐解く端緒になるかなと思っています. 「合生的行為」や「合生的出来事」は, ヒトが画面に帰属した先に情報への帰属を感じながら,意思と予測情報とが入り混じった感じを抱きながら行う行為であり,その感じとともに現われる出来事なのではないかということです. 科研「 生命と物質に関わる理論的調査と制作実践 」で 「物質としてのインターフェイスの生命化」ということを考えて来たら,物質と生命を統合する情報に帰属するヒトという考えができ来た感じです.

2022年の振り返り

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2022年にはこの投稿を含めて9本の記事を書いています.2021年が13本だったから,4本減りました👻 ちなみに note には21本の記事を書いているので,合計して30本の記事を書いたことになります.2021年は53本の記事を書いていたので,だいぶ減りましたね😢 2022年は久しぶりに査読論文が出ました.『映像学』には3本目の論文掲載です.査読論文の掲載はやはりうれしいですね! 日本映像学会の『映像学』の107号に論文「「認知者」としての作品──エキソニモのUN-DEAD-LINK展を事例に」が掲載されました🎉 ÉKRITSで断続的に掲載してもらっている「インターフェイスを読む」の7回目のテキストを書きました.8回目で書きたい題材はあるもですが書けないまま2023年になっていきます. ÉKRITS連載_最小化された行為の先にある合生的認知 - インターフェイスを読む #7 いつもとはちがうこともしました.私が勤めている甲南女子大学文学部メディア表現学科の卒業生・尾松琴音さんの映画『コットンダイアリー』の公式HPをNotionで作成しました.最初は検索にかからないなどの苦労がありましたが,少しはお役に立てたかなと思います.この作品を元町映画館に観にいったときは補助席が出るほどの満員でした👏  映画『コットンダイアリー』の公式HPの作成 原久子 さんのお誘いで ENCOUNTERS × Vislab Osakaトークセッション①でお話ししました. ENCOUNTERS × Vislab Osakaトークセッション① 映像学会で発表しました.毎年発表したいなと思っているので,今年も発表できてよかったです.大学院生の発表が多くて,教員の発表が少ないなと感じているのですが,教員なっても毎年発表していた 小出正志 先生が今年で退職になるのも知りました.小出先生のように毎年発表できるように頑張りたいなと持っています 日本映像学会第48回大会で「インターフェイスにおけるデジタルオブジェクトの実在性」という発表をします🧐(追記:2022/06/06 発表資料の追加) 日本映像学会第48 回大会報告が発行されました🧐 かつて,「インターネット・リアリティ・マッピング」という連載をしていたのですが,ページがなくなってしまったので,noteに転載しました🗺 「インターネット...

ÉKRITS連載_最小化された行為の先にある合生的認知 - インターフェイスを読む #7

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エクリでの連載「インターフェイスを読む」を更新しました.第7回目のタイトルは「 最小化された行為の先にある合生的認知 」となります. 科研「 生命と物質に関わる理論的調査と制作実践 」で 「物質としてのインターフェイスの生命化」ということを考えつつ,ヒトとコンピュータとのあいだで起こる「予測」の曖昧さについて考察しようと,iPadOSの「磁性」について書こうとしていました. ですが,その前にiPhone 13 Pro に実装された指の動きに連動する ProMotionを考えてみたくなり,今回はこちらを考察しています.これまでの連載で考えたこと,エキソニモ論文での「認知者」という概念などをリンクさせるテキストになりましたので,読んでもらえると嬉しいです🙏

2021年の振り返り

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2021年にはこの投稿を含めて13本の記事を書いています.2020年が13本だったから,同じですね👻 ちなみに note には40本の記事を書いているので,合計して53本の記事を書いたことになります.2020年は51本の記事を書いていたので,ほんの少しだけ増えました☺️ https://note.com/wrap_up/annual_2021/7e947113-c180-49b8-b565-3abdfb3ec4aa 2021年は MASSAGE で「 サーフェイスから透かし見る👓👀🤳 」の連載が終わりました. ひとつの物体に現れる,同じでありながら外界とのインタラクションのあるなしで異なる名称を与えられる バルクとサーフェイスを考えてきて,この連載を通しての「バルクとは何か」ということを最後に2回書きました.アート作品を媒介にした世界認識の方法として面白いので,本にまとめたいな📘 MASSAGE連載11_サーフェイスから透かし見る👓👀🤳/バルクはサーフェイスからはみ出して「モノもどき」になった🧊  MASSAGE連載12_サーフェイスから透かし見る👓👀🤳/バルクを体験する──主観と客観とを接合していくあたらしい体験  連載つながりで, ÉKRITS での連載「インターフェイスを読む」を久しぶりに更新しました.iPadOSのポインタについてです. ÉKRITS連載_ディスプレイ上のポインタがオブジェクトに「触れる」 — iPadOSの「適応精度」から考える - インターフェイスを読む #6 このテキストの元になったのが日本映像学会での口頭発表です. 日本映像学会第47回大会で発表しました🧐(追記:2021/10/01) カーソル/ポインタをインターフェイスのミニマルセルフと考えて,もう1,2本テキストを書けたらと考えています.「インターフェイスを読む」も,インターフェイスの歴史と現象学的な考察とが入り混じったテキストで他にないと思うので,こちらも本にまとめたいです📗 写真評論を毎月発信していく「FOUR-D notes」で,「フラットネスをかき混ぜる🌪」という連載を書いていて,その3回目を書きました.3回目から無料で読めるようになりましたが,4回目が掲載できるかどうかはわかりません😵‍💫 「フラットネスをかき混ぜる?...

ÉKRITS連載_ディスプレイ上のポインタがオブジェクトに「触れる」 — iPadOSの「適応精度」から考える - インターフェイスを読む #6

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  久しぶりにエクリでの連載「インターフェイスを読む」を更新しました.第6回目のタイトルは「 ディスプレイ上のポインタがオブジェクトに「触れる」 — iPadOSの「適応精度」から考える 」となります.  このテキストの元になったのは,日本映像学会での発表でした. 日本映像学会第47回大会で発表しました🧐(追記:2021/10/01)  その後,共同研究者となっている科研「生命の物質化・物質の生命化に関する理論調査と制作実践」の研究会で発表しました.ここでは「物質としてのインターフェイスの生命化」ということを考えています. これらの発表でもらったコメントをもとにテキストにしたいなと思っていたときに,エクリでの「インターフェイスを読む」として書くのが,最もしっくりくるのではないかと思って,エクリの大林さんに掲載をお願いしたら,快諾してもらいました. 発表では,iPadOSの「適応精度」とともに「磁性」という要素も扱っていますが,今回のテキストでは一緒に扱えなかったので,次回「磁性」を考えつつ,ヒトとコンピュータとのあいだで起こる「予測」の曖昧さについて考察してみたいです.

ÉKRITS で「ヒトを呼び寄せ、死を呼び寄せる《Realm》」が公開されました

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ÉKRITS で「 ヒトを呼び寄せ、死を呼び寄せる《Realm》 」が公開されました☺️ エキソニモの久しぶりのネットアートの作品《Realm》についてです.よろしくお願いします🙇‍♂️ エキソニモにとっても「中間地点」になる作品だと思うし,自分にとってもインターフェイスを考える上で,ちょうど折り返し地点になりそうな感じです.もうそんな歳になってきました. 編集の大林さんからのメールで,インターフェイスについての連載「インターフェイスを読む」から3年経っていることを知り,時間の流れが早いな,この先,どこまでインターフェイスの変化について考え,言語化できるのか,できるところまで考えていきたいです. このテキストはJSPS科研費 20H01203「ライフ/デス・アートの美学」の助成を受けたものです.

ポップアップストア「ÉKRITS ROPPONGI」📚

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六本木の「 文喫 」 ポップアップストア「 ÉKRITS ROPPONGI 」で開催される「エクリの執筆者が「わたしをデザインした書物」をピックアップした選書フェア「エクリをデザインした書物たち」」に参加しました. 私はマーシャル・マクルーハン『 メディア論 』,藤幡正樹『 不完全な現実 』,渡邊恵太『 融けるデザイン 』の3冊を選びました 📚 よろしくお願いします🙏

2018年の振り返り

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2018年にはこの投稿を含めて43本の記事を書いています.2017 年が28本だったから,結構増えた感じです.本当はもっと増やしたかったのだけど,途中から note にもテキストを書くようになったので,結果として,こちらのブログは告知やまとめを書く場所になっていきました👻 ちなみにnoteには51本の記事を書いているので,合計して94本の記事を書いたことになります. 2018年は二つの連載をしていました.一つは MASSAGE で「 サーフェイスから透かし見る👓👀🤳 」で,もう一つは ÉKRITS で「インターフェイスを読む」です. MASSAGEの連載「 サーフェイスから透かし見る👓👀🤳」は2016-2017年に連載していた 「モノとディスプレイとの重なり」の問題意識を「ディスプレイ」以外にも拡張して考えてみようというものです.現在,0回を含めて3回目まで書きました✍️ MASSAGE連載00_サーフェイスから透かし見る👓👀🤳/インターフェイスはいつからサーフェイスになるのか?  MASSAGE連載01_サーフェイスから透かし見る👓👀🤳/サーフェイスからバルクとしての空間を透かし見る  MASSAGE連載02_サーフェイスから透かし見る👓👀🤳/3DCGを切り取る「型」としてのバルクとサーフェイス  MASSAGE連載03_サーフェイスから透かし見る👓👀🤳/浮遊するバラバラのサーフェイスがつくるバルクがマテリアルを拡張する  ÉKRITSの連載「インターフェイスを読む」は今年4, 5回目を書いて,終了しました.自分なりに「インターフェイスの歴史」をまとめられられたかなと思います. ÉKRITS連載_インターフェイスからサーフェイスへ — スキューモーフィズム再考 - インターフェイスを読む #4  ÉKRITS連載_場に顕れるソフトウェア、隠れるオブジェクト - インターフェイスを読む #5  ÉKRITSの連載の問題意識の延長として,『 【新版】UI GRAPHICS 成功事例と思想から学ぶ、これからのインターフェイスデザインとUX 』に「思考とジェスチャーとのあいだの微細なインタラクションがマインドをつくる」を書きました. 【新...

ÉKRITS連載_場に顕れるソフトウェア、隠れるオブジェクト - インターフェイスを読む #5

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エクリでの連載「インターフェイスを読む」の最終回「 場に顕れるソフトウェア、隠れるオブジェクト 」が公開されました.今回「読む」のはフラットデザインとマテリアルデザインです. 連載1, 2回目が「 ✋ 🤚 」,3回目は「 👀 」ときて,4回目は「 🏁 」における反射✨となって,最後は絵文字し難いハードウェを包み込む「ソフトウェア」,あえて絵文字にすると🍩という感じでしょうか.穴のあるドーナッツを積み込むチョコレートな感じでしょうか. ここまでが最終回のテキストです.一度,テキストを読んでみてください📖📖📖 よろしくお願いします🏁✨🤳 ⌚️📱📲💻⌨️🖥🖱 最終回になりましたが,どうしても流れのなかで書けなかったことを,次のステップの少し書き残しておきます💡💡💡 エクリ編集部のおかげで連載を最後まで書ききることができました.書きたいことは連載のテキストにすべて書いたので,ここには最初から意識していたけれど,どうしても書けなかったことを書いてみたいです.それは,落合陽一さんの「 コロイドディスプレイ 」についてです. 落合さんは「コンピューテーショナル・フィールド」という言葉で,場を統一的に操作することを提案・実装しています.私がそこで一番興味を持ったものが「コロイドディスプレイ」でした.シャボン膜を超音波で微細に制御して,光の反射や屈折を変えて,そこに映像を投影できるようにしてしまう.まさに「魔法」のような作品です. ここではモノとイメージとが同じように存在しているように感じられます.シャボン膜に触れると壊れてしまうという儚さ,持続のなさがイメージのように感じられるのです.しかし,それはモノであることは確実です.でも,映画のスクリーンやコンピュータのディスプレイとは異なり,イメージ表示面がなくなってしまうことが起こる.イメージとともにスクリーン・ディスプレイが消えてしまうことが,モノとイメージとが重なり合った存在であることを示すのです.コンピュータを基点として,ソフトウェアでモノを微細にコントロールして,モノのサーフェイスを変えてしまうのは,今回触れたフラットデザインとマテリアルデザインにも通じるところがあります.ソフトウェアとハードウェアとは単に機械的に,情報的につなが...

ÉKRITS連載_インターフェイスからサーフェイスへ — スキューモーフィズム再考 - インターフェイスを読む #4

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エクリでの連載「インターフェイスを読む」の第4回目「 インターフェイスからサーフェイスへ — スキューモーフィズム再考 」が公開されました.今回「読む」のは,副題にもあるように「スキューモーフィズム」です. スキューモーフィズムをデスクトップメタファーからフラットデザイン・マテリアルデザインへのつなぎと考えるのではなく,「物理世界の表皮」として考えみたらどうなるだろうかと書いています.そして,スキューモーフィズムとともにスマートフォン📱という薄い板が物理世界とヒトとのあいだに入ってきており🤳,ヒトとコンピュータとのあいだにあるものが「インターフェイス🖥🖱⌨️」ではなく,単に「サーフェイス🏁」となって,ヒトとコンピュータと物理世界とが重なり合って,その重なりにおいて行為🙌が反射(リフレクション)✨するようになっているのではないか,ということを書いています. 連載1, 2回目が「 ✋ 🤚 」,3回目は「 👀 」ときて,今回は「 🏁 」における反射✨からヒトとコンピュータとのあいだの行為を考えるテキストになっています. よろしくお願いします🏁✨🤳

2017年の振り返り

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ところどころズレたりアドレスバーが出たりしますが,アドレスバーをもっと見てもいいかもしれない🤥 2017年にはこの投稿を含めて28本の記事を書いています.2016年が35本だったから,結構減ってしまっています.こうやってブログを書く回数が減ってくると「来年こそは増やすぞ💪」と書くところですが,このくらいのペースを守るような感じで無理せずに続けていこうと思っています👻 2017年は二つの連載をしていました.一つは MASSAGE で「モノとディスプレイとの重なり」で,もう一つは ÉKRITS で「インターフェイスを読む」です. MASSAGEの連載「モノとディスプレイとの重なり」を12回目まで書いて,ひとまず第一部終了としました.編集の庄野さん,読んでくれた皆さま,ありがとうございました😚 現在,次の連載をどうするか考え中です.おそらく,タイトルが変わります. MASSAGE連載08_ディスプレイ周囲で癒着する光とモノとがつくる曖昧な風景───永田康祐《Inbetween》について MASSAGE連載09_小林椋《盛るとのるソー》 ディスプレイを基点に映像とモノのあらたな「画面」状態をつくる MASSAGE連載10_谷口暁彦《夜だけど日食》と《透明感》@「超・いま・ここ」/ ディスプレイを軸に畳み込まれ、重なり合う複数の空間 MASSAGE連載11_光/絵具で塗りつぶされたディスプレイ エキソニモ 《201704EOF》、《A Sunday afternoon》 MASSAGE連載12_ディスプレイなきディスプレイ場/ラファエル・ローゼンダール《Shadow Objects》 ÉKRITSの連載「インターフェイスを読む」は第3回目まで終えています.こちらは,博論のときから継続的に考察しているインターフェイス論をアップデートしています.1月はじめに第4回目が公開される予定です.こちらも,編集部の浅野さん,大林さん,読んでくれた皆さま,ありがとうございました😚 ÉKRITS連載_最小化するヒトの行為とあらたな手 - インターフェイスを読む #1  ÉKRITS連載_スケッチパッドで「合生」される世界 - インターフェイスを読む #2 ÉKRITS連載_GUIが折り重ねる「イメージの操作/シンボル...

ÉKRITS連載_GUIが折り重ねる「イメージの操作/シンボルの生成」 - インターフェイスを読む #3

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エクリでの連載「インターフェイスを読む」の第3回目「 GUIが折り重ねる「イメージの操作/シンボルの生成 」が公開されました.今回「読む」のは,GUIのスローガンともいえるアラン・ケイの「Doing with Images makes Symbols(イメージを操作してシンボルをつくる)」です. テキストは「Doing」につながるデバイスとして,ダグラス・エンゲルバートのチームが開発した「マウス」から始まっています.マウスが物理世界をXYグリッドに区切り,ヒトの行為をコンピュータのn次元の世界にマッピングしていきます.その後,アラン・ケイの「Doing with Images makes Symbols」を体現する「重なるウィンドウ」の考察を行っています.GUIを考察するときには「ウィンドウが重なる」ことが重要だと,もともと考えていたのですが,その重要性をうまく書くことができませんでした.そんなときに,思想家の東浩紀の ゲンロンβ での連載「観光客の哲学の余白に」で取り上げられていたマーク・チャンギージーの「透視仮説」を知りました.ウィンドウの「重なり」を説明するのに,チャンギージーの「透視仮説」はフィットするのではないかと思い,書いています.その結果として,前回までは「🖐」についての考察でしたが,今回は「👀」からヒトとコンピュータとのあいだの行為を考えるテキストになっています. よろしくお願いします👁👀👓

ÉKRITS連載_スケッチパッドで「合生」される世界 - インターフェイスを読む #2

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エクリでの連載「インターフェイスを読む」の第2回目「 スケッチパッドで「合生」される世界 」が公開されました.今回「読む」のは,GUIの源(ソース)といえるアイヴァン・サザランドの「スケッチパッド」です.1回目のテキストで論じた「最小化した行為」と「手」の問題をスケッチパッドの記録映像から考察しています. はじめは,スケッチパッドでは「行為する手 ✍️ |最小化する手 👍 |制約する手 🖖 」という3つの手が絡み合っていると考えて,テキストのタイトルは「スケッチパッドで絡み合う三つの手」でした.けれど,平倉圭さんの「合生的形象 — ピカソ他《ラ・ガループの海水浴場》における物体的思考プロセス」の「合生的形象」という言葉に惹かれて,今のタイトルとなりました. よろしくお願いします ✍️ 👍 🖖

ÉKRITS連載_最小化するヒトの行為とあらたな手 - インターフェイスを読む #1

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インターフェイスを読んでいく連載を「 ÉKRITS / エクリ」ではじめました😊 エクリにはこれまでに,エキソニモと谷口暁彦さんの作品をインターフェイス的視点から読み解く「 メディウムとして自律したインターフェイスが顕わにする回路 」,絵文字を書く・読むときの感情の流れを考察した「 絵文字😂😊😱は空白をつくり、スリル💦を生む 」「 絵文字😹😸🙀は空白をつくり、感情🔥を区切る 」と書いてきました. インターフェイス的視点で様々なテキストをエクリに書いていくなかで,エクリで「インターフェイスの歴史」を扱ったテキストを書きたいと思い,編集部の浅野さんと大林さんに相談してみたところ,ふたりから刺激的なコメントが返ってきました.そこで,連載というかたちで「インターフェイス」について書いてみたいと以下のように構想を書きました. マクルーハンによる「身体の拡張」から,コンピュータによる「知能の拡張」に至り,渡邊恵太さんの『融けるデザイン』にいたる「物理世界」と「非物理世界」との関係の変化を辿っていきたいと考えていますが,どうでしょうか. でも,初回から,この構想はいい意味でなくりました.それは,久保田晃弘さんの『遙かなる他者のためのデザイン』がでたからです.なので,初回のテキスト「 最小化するヒトの行為とあらたな手 」は,マクルーハンと久保田さんを扱ったものになっています. 1ヶ月半か隔月の間隔でテキストを書いていきたいと思っています😭😭😭 よろしくお願いします😋😋😋

2016年の振り返り

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2016年にはこの投稿を含めて35本の記事を書いています.2015年が63本だったから,ほぼ半減です.来年はもう少し書けたらと思っています. 今年はMASSAGEではじめた連載「モノとディスプレイとの重なり」でほぼ毎月,モノとディスプレイとイメージとの関係を考えていました.連載の現在の流れは,「ポストインターネット」の状況を改めて考えるという趣旨からは少しズレてしまっているかもしれません.しかし,タイトルの「モノとディスプレイとの重なり」は今のアートの状況を的確に示しているような気がしています. (といっても,ディスプレイを用いた作品しか見ていない私の観測範囲内ですが…)  それでもこれまで連載が止まることなく書けるほど,ディスプレイを用いた興味深い作品がでているのは,「ディスプレイ」というメディウムを考える必要を示しているとも思っています.来年も「モノとディスプレイとの重なり」を追っていきたいと考えています🚀🚀🚀  MASSAGE連載00_「ポストインターネット」が設定したクリティカルな状況 MASSAGE連載01_ポストインターネットにおけるディスプレイ MASSAGE連載02_「光の明滅」というディスプレイの原型的性質 MASSAGE連載03_光を透過させ、データとは連動しないディスプレイのガラス MASSAGE連載04_モノと光とが融け合う魔術的平面 MASSAGE連載05_ iPadがつくる板状の薄っぺらい空間の幅 ─── 谷口暁彦「思い過ごすものたち《A.》」と「滲み出る板《D》」について MASSAGE連載06_《Empty Horizon》という「ディスプレイ」を抽出するモノ MASSAGE連載07_水平に置かれたディスプレイが物理世界のルールを上書きする───永田康祐《Translation #1》について  もうひとつ大きなテキストとしては,ÉKRITSに寄稿した絵文字😭😭😭についてのテキストです.このテキストを書くことによって,「文字を書く」という流れのなかで絵文字によって意味の流れがどのように形成されていくのかをじっくりと考察できました.これもまたインターフェイス論のひとつかなと自分では考えています. ÉKRITSへの寄稿:絵文字😂😊😱は空白をつ...

ÉKRITSへの寄稿:絵文字😹😸🙀は空白をつくり、感情🔥を区切る

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ÉKRITS に「 絵文字😹😸🙀は空白をつくり、感情🔥を区切る 」を寄稿しました. 絵文字🙉について絵文字💩を使いながら書いてテキストの後編🎱です. 前編は「 絵文字😂😊😱は空白をつくり、スリル💦を生む 」です.前後編合わせてよんでいただけたらうれしいです😺😺😺 絵文字って,何かのメタファーなのだろうかと思いつつ. メタファー云々というよりも感情を区切るものなんだろうなと思いつつ. 前回のÉKRITS ÉKRITS への寄稿:メディウムとして自律したインターフェイスが顕わにする回路  ÉKRITSへの寄稿:絵文字😂😊😱は空白をつくり、スリル💦を生む 

ÉKRITSへの寄稿:絵文字😂😊😱は空白をつくり、スリル💦を生む

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ÉKRITS に「 絵文字😂😊😱は空白をつくり、スリル💦を生む 」を寄稿しました. 博士論文「 GUI の確立にみる「ディスプレイ行為」の形成過程 」でデスクトップ上のアイコンを考察しました.そして,今回,コンピュータにおけるあたらしい「絵」として絵文字😋を考えてみました.指差されて機能するアイコンとは異なり,テキストフィールドの流れのなかで意味をドライブさせる絵文字とは何なのか,ということを書いています🌞 来週,後編がアップされる予定です🚅 絵文字🚀についてなので,テキストの流れの絵文字🌈を使っています.絵文字🍺の流れを感じながら,読んでいただけたらうれしいです🙇 前回のÉKRITS ÉKRITS への寄稿:メディウムとして自律したインターフェイスが顕わにする回路 

ÉKRITS への寄稿:メディウムとして自律したインターフェイスが顕わにする回路

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「思想としてのデザインを、デザインされたテキストへ」を掲げる ÉKRITS に「メディウムとして自律したインターフェイスが顕わにする回路」を寄稿しました. 発行人の大林寛さんにネットで声をかけてもらって,打ち合わせのときに「アートとしてのインターフェイス」というお題を頂きました.そこから,これまでずっと一緒に考えてみたかったエキソニモと谷口暁彦さんの作品を考察してみました.その結果,自分的には「アート インターフェイス これから」を示すようなテキストになったと考えています.ここで得られたことから,メディアアートのもうひとつの世界を明確に示していければと考えています. お時間があるときにご一読していただれば,とてもうれしいです. そして,私のテキストをまさに「デザインされたテキスト」にしていただいた ÉKRITS の浅野さん,大林さん,本当にありがとうございました.