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告知:三輪健太朗著『マンガと映画 コマと時間の理論』刊行記念トークショー 「メディアの狭間から考える」

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三輪健太朗著『マンガと映画 コマと時間の理論』刊行記念トークショー 「メディアの狭間から考える」  日時:2014/5/17 (sat) 18:00 open 会場:京都三条 Media Shop 主催:視聴覚文化研究会  マンガと映画は,私たちにもっともなじみ深い表現媒体かもしれません.両者の比較分析を通して,「コマ」という時間表現にマンガの近代的な特性を抉り出す著作『マンガと映画』,その著者である三輪健太朗氏をお招きします.「時間」,「コマ」,「近代」といったキーワードから,異分野に属する登壇者たちが『マンガと映画』に切り込むと同時に,さらには両者に限らない様々なメディアや視覚文化一般へと開いた議論を目指します.  登壇者: ・三輪健太朗(マンガ研究、学習院大学) ・松谷容作(映画論、神戸大学) ・岩下朋世(マンガ研究、相模女子大学) ・水野勝仁(インターフェイス論、甲南女子大学) ・増田展大(映像文化論、早稲田大学) −− 「マンガ」と「映画」という畑違いの分野の書評会に出ます. 当日は以下の作品やテキストを取り上げながら,三輪さんが『マンガと映画』のなかで取り上げていた「フレームの可変性」や「意味の一義性」 のことなどを話そうと思っています.これらのことを考察しながら, 「 近代を共有するマンガ・映画」という枠組みから外れている( あるいはそれを共有し続けている?)ウェブやコンピュータという話ができればと思います. Olia Lialina,《My boyfriend came back for war》 1998 Lev Manovich and Andreas Kratky,《SOFT CINEMA》2002−2005 クワクボリョウタ《10番目の感傷(点・線・面)》2010 ラファエル・ローゼンダール《into time .us》2012 ラファエル・ローゼンダールの「ブラウザ」に関するテキスト composition & the browser Formal characteristics of the browser お時間のある方は,是非お越しください! -- 追加[2014.5.16] 発表スライド(...

お仕事:メディア芸術カレントコンテンツへの記事_14

(少し前になりますが)記事を書きました→ オリア・リアリナ氏が新作GIFアニメ《Summer》を公開 「GIF」を使ったあたらしい表現の紹介です.詳しくはカレントニュースで! あと,《Summer》と一緒に紹介したかった作品→ The Pirate Cinema by Nicolas Maigret  はP2P通信からデータをとってきたその映像を見せるという作品. 《Summer》もそうですが「一対一対応」から逸脱して映像を見せるということが面白いです.データ伝送が今よりも速くなって,ネットとの接続に「ズレ」がなくなっていくと,そこではひとつの地点からデータを受け取るのではなくて,複数から受け取りつつも,それに気づかないということが起こるのではないのか.それが何を意味するのかはわからないのですが,ズレがなくなり,複数のデータがスムーズにつながっていくことから,あたらしい映像表現がでてくるのではないかということを,上の2つの作品から考えました. 追記 文字数の関係から記事から外したテキスト.GIFアニメをVineで撮影して説明するということについて. −− また興味深いことに,コナー氏はリアリナ氏の《Summer》を「Vine」という映像制作共有アプリで撮影した動画を 紹介記事 に添えている.Vineは最長で6秒という制限を撮影時間に設けることで映像を手軽に作成できるアプリであり,GIFアニメの代わりとなるかもしれない映像表現のひとつである.GIFアニメをVineを用いて紹介するということにも,技術的環境の移行を示す徴候があらわれている. こんな感じ インターネットという技術的環境は接続速度やHTMLの仕様などが常に変化しているため,ウェブ上の作品は当時の環境そのものを保存することが不可能に近い.それゆえに,ウェブ上の作品は美術館などに収蔵されている絵画や彫刻などに較べて,多くの人にいつでもどこからでも見る機会を与えるものだが,それが作品本来の見え方なのかはわからないし,突然見れなくなることも少なくない.

《One Terabyte of Kilobyte Age Photo Op》が示しているかもしれない「デジタル」や「ネット」にある質感に対する普遍的な感覚

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デジタルフォークロア で有名なオリア・リアリナ(Olia Lialina)とドラガン・エスペンシード(Dragan Espenschied)による《 One Terabyte of Kilobyte Age Photo Op 》. 《One Terabyte of Kilobyte Age Photo Op》は,2009年に閉鎖されたアメリカの ジオシティーズ のまるごとを保存した Archive Team のデータを使って(このあたりの経緯はHGWのBLANKの「 インターネット時代の民藝品 3—メディア芸術プラザの閉鎖を、米ジオシティーズの閉鎖から考える 」に書かれている),ジオシティーズにあったホームページのスクリーンショットを延々とTumblrにあげ続けるプロジェクト. netartnet.net によると,《One Terabyte of Kilobyte Age Photo Op》は2013年2月7日に始まり,2027年年2月7日に終わる.14年間のあいだ20分に1枚のスクリーンショットがTumblrに上げられる.そして,ただ画像が上げられるだけでなく,ホームページを分類するためタグが詳しくつけられている.膨大な量のスクリーンショットが詳しいタグとともに延々と上げられていくことに驚くとともに,14年後に「Tumblr」があるのかどうかも気になる.Tumblrがジオシティーズと同じ運命を辿らないとは限らない. デジタルでもアナログでも記録は残そうとしなければ,残らない.そんなことを考えさせられる.10年後,20年後の人たちが《One Terabyte of Kilobyte Age Photo Op》を見たら,何を思うのだろうか.どこか「懐かしさ」を基本にしたことしか考えることができないでいるが,オリア・リアリナとドラガン・エスペンシードがやっていることは単に「懐かしさ」だけで片付けることはできないもので,未来の人のための確固たる「資料」をつくっているのである.しかし,その「未来の資料」に対して,私が抱くのは「懐かしさ」だけでしかないというのも事実である.ここには消された「過去」とそこから生じる「未来」のあいだのなんとも落ち着かない感覚がある. 「落ち着かない感覚」はある一定の世代しか感じないのかもしれないと思って書いていたけれど,も...