投稿

ラベル(2d3d)が付いた投稿を表示しています

Postdigital Artisans のリンク集

イメージ
タイトルどおり,デジタル以降の「クラフト」「アルチザン」を取り上げた Postdigital Artisans: Craftsmanship with a New Aesthetic in Fashion, Art, Design and Architecture  のリンク集です.本全体のトーンは,デジタルっていうけど,手も使うよね.それがポストデジタルだよねという感じです.私は去年からずっと考えている3Dモデルとテクスチャの関係で「Surfaces(表面)」のセクションで取り上げられている作家たちと,その言葉にとても興味をもちました. 作家紹介だけではなくて,各セクションごとにエッセイが載っていて,それもまたいいです.「デジタル」って言っているけど,「デジタル=指」という意味もあるよね,というエッセイもあります.さらに,冒頭には有名キュレイター Hans Ulrich Obristのインタビューや,建築家のLiam Youngのエッセイもあります.Liam Young のエッセイは Google Map を辿りながら見ていくもので,授業で使えるなと思いました. リンク集+引用集です.お使いください. → https://docs.google.com/document/d/1KfJlrgzR1NtFhgMcE9ZyFRp2UD2uqGv1n9rE6cNjEnQ/edit?usp=sharing

ヌケメさんとのトークメモ

イメージ
《Old School》について 家にある《Old School》を90度回転して置いてみたら,とてもびっくりしました.Windowsのアイコンが突如,モノ化した感じがしたのです. 木にプリントされた時点で,ディスプレイの光の集まりであるアイコンはモノ化しているわけですが,この段階ではまだ木の表面にプリントされたイメージという感じがあります.ヌケメさんはそれを彫ります.そうすると表面に凸凹が生じます.そこで更にモノ感が増すわけですが,一番上の画像のように置かれるとどこかまだイメージな感じがします.それはプリントがパソコンのディスプレイと同じように垂直に提示されているからかもしれません.垂直だった彫られたプリントを水平に置いてみると,木片の凸凹が影で強調され,モノらしさが前面にでてきたのです.これを新鮮な驚きでした.これはアメリカの美術史家レオ・スタインバーグが提起した概念「フラットベット絵画」とも通じるところがあるかもしれないと考えています(→参照: アザー・クライテリア ).ヌケメさんの《Old School》は水平と垂直がこじれている感じがします. また,《Old School》を考えるためにもうひとつ参照したいのが,マイクロソフト社の「Windows 8.1 ユーザー エクスペリエンス ガイドライン」で示した「"真のデジタル化" とは、アプリが画面上のピクセルにすぎないという事 実を踏まえる」ということです.影がない光のみのピクセルを物理世界に引っ張りだすと,そこには影が必ず生じます.ヌケメさんの木を彫るという行為は影がない世界から持ちだした画像に「影のパラメータ」を付与して,操作することなのかもしれません. 影の視点から今回のあたらしいバージョンの《Old School》の木の厚みを見てみるとおもしろいです.新作は薄くなっていて,木片というよりは板になっています.木片の正面にプリントされて彫られたアイコンよりも,板にアイコンの方が角度をつけて展示されることで,影がよりはっきり見えてきます.板という薄いものを掘って,切り口に影が生まれて,それがモノの感じを醸し出す.なので,あたらしいバージョンの《Old School》のほうが,立体感が強かった気がします.それは周りをグルっと回って作品...

メモ:2Dでも3Dでもある/ないような「Vacant Room」

イメージ
「 Vacant Room 」は展示の記録写真であって,Virtual Reality=VRとはあまり関係がないような気がしてきた.インタラクティブなVRだと思うのは,360度写真とスマートフォンが連動しているからだから,確かにVR的要素はあるのだけれど,それは大したことではない.というか,VRだと見る人に思わせておいて,でも「Vacant Room」は単なる「写真」であって,だから,ピンチアウトで拡大できたりする.これは「写真」というよりも「カメラアプリ」でリアルタイムにリアル空間を見ているときの感覚に近い.でも,拡大はできたと思って,スワイプして画像を動かそうとするとできない.ここでの画像は「写真」ではなくて,リアカメラからのリアルタイム画像のようになっている. 2Dでありながら3Dという感覚を醸し出しつつ,見る人の意識が3Dに行こうとするとそれを妨げる仕掛けがいくつもしてある.仕掛けは「カメラアプリ」のようなリアルタイム映像と「写真」として表示される画像とのあいだの行き来であったり,ホワイトキューブを再現したVRと思わせつつも360度写真であって,作品に寄ることができないというか,スマートフォンを固定しながら前後に歩いても,上下に屈伸運動してもディスプレイ内の映像は変化しない=写真のようだったりするものである.これらの体験をしていると,展示を見ていてそれが3Dだと認識しそうになると同時に2Dに引き戻されるという感覚になって,2Dでも3Dでもある/ないような「Vacant Room」に連れて行かれる. この感覚は Joe Hamilton の作品《 Indirect Flights 》にちかいものがある.この作品は航空写真のコラージュの上にもうひとつ金網やサッシ,絵具,筆跡といった平面的質感を強調するモノのコラージュが重ねられている.Googleマップのようにドラッグしてふたつのレイヤーを動かすことができるけれど,ふたつのレイヤーの動きはそれぞれ異なる.この作品を見ていると,航空写真を見た際生じる立体的な感覚が常に阻害される感じがする.ディスプレイに映っている映像が3D的なものであろうと,そこに見ているものは物質的に2Dのディスプレイでしかないのだから,3Dなんてそこにはない.あるのは徹底的に2Dの重なりでしかな...

告知:SOBOでucnvさんとトークします

イメージ
7月25日(土)16:30から神保町にある SOBO で開催中の展覧会「Vacant Room」で,企画・展示設計を行った ucnv さんとトークをします.トークでは,今のところ先日の映像学会で発表した「 テクスチャを透してモデルを見てみると:ポストインターネットにおける2D−3D 」から考えた「テクスチャ」と「画像/写真」との関係や展示のドキュメントのことなどを話そうと考えています. テクスチャとなったリアルの重ねるかたちで3Dモデルを置いてみる.リアル3Dモデルからその表面=テクスチャだけを抜き取るのが写真=画像. — mizuno masanori (@mmmmm_mmmmm) 2015, 7月 5 ( リアルの →リアルに) 反射光で見ていることにはなるが,どっか世界を透過している感じを与えているという感覚が興味深いのかもしれない.枠を透して世界を見る.カメラで世界を枠付けるのではなく,枠そのもので世界を切り取ること.薄い板というかたちから考える. — mizuno masanori (@mmmmm_mmmmm) 2015, 7月 5

発表「テクスチャを透かしてモデルを見てみると:ポストインターネットにおける2D-3D」の振り返り

イメージ
スライドのPDF→ https://drive.google.com/file/d/0B3RHXdLnqTi-Y1Jna2Q1RnhKeVE/view?usp=sharing 発表内容は「 テクスチャを透してモデルを見てみると:ポストインターネットにおける2D−3D_発表メモ ver.3.35 」です. 5月31日(日)に日本映像学会第41回大会で発表した「テクスチャを透かしてモデルを見てみると:ポストインターネットにおける2D-3D」のスライドです. 発表はリアルな僕が京都でやると同時にTwitterでも連続ツイートを設定しておきました. 「テクスチャを透してモデルを見てみると:ポストインターネットにおける2D−3D」というタイトルで発表します.「モデル=テクスチャ」をつくるアルゴリズムによって,現象が3DCGでコンピュータのなかに再構成された.同時に,世界のモデルをある程度つくって,その表面だけを覆う→ — mizuno masanori (@mmmmm_mmmmm) 2015, 5月 31 テクスチャ・マッピングという手法もあった.けれど,マッピングは現象の表面だけを強調してリアリティを得るものであり,本質的ではないとされた.マッピングは世界を解釈することなく,その表面だけを借りてきて,「世界っぽい」「現象っぽい」リアリティを生み出す.→ — mizuno masanori (@mmmmm_mmmmm) 2015, 5月 31 テクスチャとなる画像はモデルの表面を包むために3D→2Dの座標変換が行われて歪むことになる.この歪んだ画像のパッチワークでGoogle Earthが生まれた.Google Earthは「現実がテクスチャ=イメージ」で覆われているのではないかというリアリティをつくった.→ — mizuno masanori (@mmmmm_mmmmm) 2015, 5月 31 藤幡正樹やレフ・マノヴィッチはGoogle Earthのテクスチャはモデルと密着しているがゆえにあたらしいイメージだと考えた.しかし,ポストインターネット世代の作家たちは,Google EarthやGoogleストリートビューの影響から,インターネットに"物質”のリアリティ...

テクスチャを透してモデルを見てみると:ポストインターネットにおける2D−3D_発表メモ ver.3.35

テクスチャを透してモデルを見てみると:ポストインターネットにおける2D−3D 1.偽造の惑星からGoogle Earthへ 「モデル=テクスチャ→世界」をつくるアルゴリズム 現象をコンピュータの中で構築可能な形に解釈し直す必要があるのです. 解釈の正しさはでき上がった画像の質に表れます.解釈が間違っている画像に,われわれはリアリティを感じられません. このことを裏返しに考えてみると,コンピュータの中に現象を再構築する作業とは,じつは世界をとらえるための新しい方法を研究するのと同じ作業なのではないでしょうか?(p.2)  ハイパーテクスチャー ケン・パーリン この3次元テクスチャアの考え方では,テクスチャアはただ表面のみにあるのではなく,空間全体に潜在的に拡がっているのです.表面に見える色は,じつは中身のつまった素材(たとえば木や大理石)から,たまたま切り取った面によって見えているといったほうが近いのです.(p.47)  そういう意味で,すべてのコンピュータ・グラフィックスは,なんら本質をつかんだことにはならないのかもしれませんが,まったく新しい方法を私たちが用いたことによって,対象に対する新しいアプローチが生まれ,結果的に対象そのものに対する私たち自身の認識が変わってしまうことも起こりうるでしょう.この偽造の惑星を見るにつけ,現実の惑星の見え方が,この惑星の1パラメーターの状態に見えるようになってしまうかもしれないと思うのです.(p.175)  藤幡正樹『コンピュータ・グラフィックスの軌跡』1998  [「モデル=テクスチャ」をつくるアルゴリズムをつくり,現象をコンピュータのなかに再構成する.そこにできるのはもうひとつの惑星であり,パラメーターの変化させればその惑星は地球になりうる.アルゴリズムによってモデルとテクスチャを不分離に含んだ世界そのものをつくりだす.] モデル>テクスチャ コンピューター・グラフィックスの世界には,マッピングという技法があります.これは,物質の表面の色彩をそのまま画像ファイルとして保持しておき,これを3次元の物体を構成しているポリゴンに張りつけようというアイデアです.物体の色彩を,そのままその表面からいただいてきて,つくられ...

テクスチャを透してモデルを見てみると:ポストインターネットにおける2Dと3D_発表メモ ver.2.37

テクスチャを透してモデルを見てみると:ポストインターネットにおける2Dと3D 1.偽造の惑星からGoogle Earthへ フラクタルによって生成された「偽装の惑星」ではモデルとテクステャは分離不可である.そして,初期3DCGではテクスチャは3DCGの本質ではないと考えられていた.Google Earthは現実がイメージであることを示した.ここでは3Dモデルとテクスチャとは分離した別ものだと考えられているが,それらは「密着」している.そして,その「密着」ゆえにあたらしい表象となっている. 2.ポストインターネットにおけるテクスチャと3Dモデルの分離 インターネット上のイメージやそれが作り出す空間は,もはやハッキングやコーディングによって開拓しなければならない新大陸ではない.それは単に現実を構成する一つの素材であり,素朴だがフィジカルでリアルな“物質”のような,あるリアリティをもちはじめたように思われる.(p.119)  ググっても出てこない,ぼくが知りうるネットアートについての歴史の断片,そして最近のこと 谷口暁彦 in IDEA No.366 インターネット上のイメージやそれが作り出す空間を構成する素材の解体がはじまる.その手始めとして,これまで密着していてあたかもひとつの「イメージ」として機能していた3Dモデルとテクスチャとが分離させられる. 3.テクスチャを透してモデルを見てみるいくつかの方法 立体・平面が絶対的なものでなくなり,立体は平面に包まれ,平面は立体に従って歪み・伸ばされるものになる.立体を包むために3D→2Dの座標変換が行われ,歪み・伸びた画像がテクスチャである. テクスチャの貼り方 2次元の画像を3次元のオブジェクトに貼り付けるには,その座標変換を設定しなければなりません.ここでは,この変換の方式をテクスチャの貼り方として,いくつか紹介していきます.ソフトウェアによって多少呼び名や扱いが異なりますが,基本的な考え方は同じです.いつくか用意されている投影方式からそれらの特性を十分吟味して,オブジェクト形状にマッチするものを選び,投影する軸(XYZ),大きさ,タイリングなどを決め,できるだけテクスチャの伸びや歪みなどの不具合がない,あるいは,できるだけ目立たないように調整するというのが一連...

画像とテクスチャー:ポストインターネットにおける2Dと3D_発表メモ ver. 1.03

5月30, 31日に京都造形芸術大学で開催される日本映像学会第41回大会で発表をすることになっています.スケジュールはまだ来ません.学会委員が3人だけだったのでとても大変なことになっているのではなかと勝手に想像しています.そして,自分の発表も大変なことになっています.こちらは勝手な想像ではなく,とてもつよいリアリティとともに言い切ることができます! (;´д`)トホホ… −− 画像とテクスチャー:ポストインターネットにおける2Dと3D 1 藤幡正樹───世界をとらえるためのあたらしい方法 現象をコンピュータの中で構築可能な形に解釈し直す必要があるのです. 解釈の正しさはでき上がった画像の質に表れます.解釈が間違っている画像に,われわれはリアリティを感じられません. このことを裏返しに考えてみると,コンピュータの中に現象を再構築する作業とは,じつは世界をとらえるための新しい方法を研究するのと同じ作業なのではないでしょうか?(p.2) 藤幡正樹『コンピュータ・グラフィックスの軌跡,藤幡正樹』 レフ・マノヴィッチ───4種類のデータが「くっついている」あたらしい表象 メインのグーグル・マップウィンドウに現われる地球表面の表示は「3Dビューワー」と呼ばれ,衛星写真,3Dの高度データ,建物の3Dモデルと紙の地図で馴染み深いグラフィック要素(ベクターグラフィック,道路,国境などを示すテキスト)で構成される.重要なことは,その4種類のデータが「くっついている」(例えば,それぞれが直接的に重ねっている)ことである.それゆえに,4種類のデータはひとつの視覚的資料としてあらわれる.これはハイブリッドについての完璧な例である.異なった種類のメディアが集まって,ひとつのあたらしい表象をつくるのである. (p.193) レフ・マノヴィッチ『Software takes command』 2 ポストインターネット リアルとネットとを区別することなく扱う. リアルな世界とをコンピュータのなかに構築された世界とを特に区別することなく扱う. すべてがインターネットの影響を受けている. ハイブリッドな画像を日常的に接している. リアルとネットを相互に透かし見る状態 3 Clement Valla, The Universal Texture ヒトの解釈に基いてつくられたプログラムの処...