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リレートーク「注ぐ/注がれる」で話しました

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名古屋で開催されている「 streaming heritage 2021 autumn ストリーミング・ヘリテージ|台地と海のあいだ 」で行われた「リレートーク「注ぐ/注がれる」」に参加しました. 私は大学院に進学した2002年から2013年の11年間,名古屋で過ごしていて,このときに色々とあったなと思いながら話しました.メインは「MEDIASELECT2003」という研究会と展覧会から構成されるプロジェクトです. また,自己紹介として,名古屋で行った研究の変遷ということで,卒論,修論,博論の話も少ししました.それらをまとめた資料です➡️  https://paper.dropbox.com/doc/--BWk0vwgemLBs5oeLnrHYHnsRAQ-GlUOzCq4OmXPQmuzBbre5 久しぶりの人に多く会えて,とても楽しい時間でした☺️

ÉKRITS連載_ディスプレイ上のポインタがオブジェクトに「触れる」 — iPadOSの「適応精度」から考える - インターフェイスを読む #6

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  久しぶりにエクリでの連載「インターフェイスを読む」を更新しました.第6回目のタイトルは「 ディスプレイ上のポインタがオブジェクトに「触れる」 — iPadOSの「適応精度」から考える 」となります.  このテキストの元になったのは,日本映像学会での発表でした. 日本映像学会第47回大会で発表しました🧐(追記:2021/10/01)  その後,共同研究者となっている科研「生命の物質化・物質の生命化に関する理論調査と制作実践」の研究会で発表しました.ここでは「物質としてのインターフェイスの生命化」ということを考えています. これらの発表でもらったコメントをもとにテキストにしたいなと思っていたときに,エクリでの「インターフェイスを読む」として書くのが,最もしっくりくるのではないかと思って,エクリの大林さんに掲載をお願いしたら,快諾してもらいました. 発表では,iPadOSの「適応精度」とともに「磁性」という要素も扱っていますが,今回のテキストでは一緒に扱えなかったので,次回「磁性」を考えつつ,ヒトとコンピュータとのあいだで起こる「予測」の曖昧さについて考察してみたいです.

【記録】画廊放浪記 #15|エキソニモ『CONNECT THE RANDOM DOTS』|エキソニモ×水野勝仁×高尾俊介

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  「【Live配信】画廊放浪記 #15|エキソニモ『CONNECT THE RANDOM DOTS』|エキソニモ×水野勝仁×高尾俊介」でトークをしました. トークでエキソニモの千房さんが言っていた「情報=生,ランダム=死」という言葉が興味深かった.千房さんが今考えていることらしい.時間の関係で説明はなかったけど,私は私はランダムがオンオフ=あるなしの羅列で,ランダム自体が「生と死」と考えていたので,「情報=生,ランダム=死」は興味深いと思いつつトークを聞きながら,「情報=生,ランダム=死」は「秩序のあるなしかもしれない」と思った. エキソニモの作品についての話,高尾さんのGenerativemasksとNFTについての話を興味深く聞いて,勉強になったし,刺激になった.議論はほぼNFTについてだったけど,インターネットヤミ市とNFTとの関係をエキソニモに聞けてよかった. 自分のトークの資料です. https://paper.dropbox.com/doc/CONNECT-THE-RANDOM-DOTS--BUxCfzO6U3Sc22_jTzgSelKaAQ-GabvGe0xZNAept1TeRXRP トークに向けて色々と考えたメモと当日のメモ [[October 23rd, 2021]] インターネットヤミ市とNFT インターネット的な価値を売買するという点は同じかもしれない ポストインターネットと呼ばれた状況も,インターネット的な価値をいかにアートマーケット=リアルなシステムに位置付けるかの問題 足りなかったのはビットコインのようなデジタルな貨幣だった? インターネット価値を交換するのにリアルな法定通貨を使うしかなかった インターネット的な価値を価値づけを永続させるデジタル貨幣が存在していなかった インターネット自体の不安定さがランダム ブロックチェーンの安定? コメント 情報=生,ランダム=死 ランダムを引き受ける覚悟 👉運命論 ランダムを引き受ける=死を引き受ける 千房さんが最近考えていること 私はランダムのオンオフ,あるなしが生死かと思っていた 秩序のあるなしかもしれない やえさんの線を引いた感想 コンピュータ怖い,ランダム怖い コンピュータにダイレクトにインタラクションした感じがある エキソニモはNFTで何が起こるかを知りたい インターネットヤミ市のよう

日本映像学会第47回大会で発表しました🧐(追記:2021/10/01)

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6月5, 6日に愛知県立大学@Zoomで行われた 日本映像学会第47回大会 で「🧲 iPadOSのポインタのあたらしさ──ヒトの行為とディスプレイ上の映像との連動の歴史からの考察 」という発表をしました🧐 発表概要📝と発表ノート📖と発表練習動画📹です. 発表概要 画面上のアイコンや文字列を選択する役目を担うポインタは,アイヴァン・サザランドの「スケッチパッド」で画面に向けられたライトペンのペン先を示す「十字」から始まった.ダグラス・エンゲルバートのチームが発明したマウスと連動する画面上に表示されたポインタは,単なる「点」から始まり「真っ直ぐ上向きの矢印」へと形を変えていった.アラン・ケイらのグループはAltoを開発し,ポイティングデバイスとしてマウスを採用した.このとき,ポインタは「斜めに傾く矢印」となるとともに,画面上で遂行される行為に応じて形を変えるものになった.その後,AppleがMacintoshを発売し,マウスと「斜めに傾く矢印」のポインタとの組み合わせが一般化していった. 2007年にiPhoneを発表する際に,スティーブ・ジョブズは「指」を「最高のポインティングデバイス」として紹介し,インターフェイスに導入した.指でディスプレイに触れるなかで,インターフェイスデザインのトレンドは,他の物質に似せるスキュモーフィズムからディスプレイ特有の質感を追求したフラットデザインへと変化していった.その流れにおいて,Googleは物理世界のモノの挙動を取り入れたマテリアルデザインを提案し,Appleもアニメーションを効果的に使い,ヒトの行為と映像とをなめらかにつなぐ「動的ビヘイビア」をつくるFluidInterfaceを提示する.指をポインタとするタッチ型インターフェイスでは,ポインタがディスプレイから消えた.その代わりに,画面上のアイコンが単に選択される対象ではなくなり,指の動きと連動するアニメーションによって,ヒトの行為との一体感を強調する存在になった. 2020年にAppleは「Design for the iPadOS pointer」で,マウスやトラックパッドに連動した「矢印」のポインタとタッチ型インターフェイスの指とを融合させたあたらしいポインタをインターフェイスに導入した.その結果,iPadOSでは,ポインタが自在に形を変え,アイコンに吸着す

MASSAGE連載12_サーフェイスから透かし見る👓👀🤳/バルクを体験する──主観と客観とを接合していくあたらしい体験

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MASSAGEの連載「サーフェイスから透かし見る👓👀🤳」,最終回「 バルクを体験する──主観と客観とを接合していくあたらしい体験👋 」を書きました✍️✍️✍️ 情報を起点にモノを考えるようになったために、モノのサーフェイスからはみ出してきたバルクがつくる「モノもどき」による体験のあたらしさのではないだろうか,ということを, 小鷹研究室の《質量ゼロのガムテープを転がす》や 脳神経科学からできてきた「予測誤差最小化」という概念を使って考えています 🧐 カワイさんのタイトル画像でグレーのサーフェイスに緑の棒が映り込んでいるかのように描かれているのですが,よく見ると映り込んでいるのではなくて,グレーのサーフェイスの先に空間があって,そこに存在しているように描かれています.グレーのサーフェイスはそこだけ別の世界として体験できるようになっているのではないでしょうか. カワイさん,2年間以上ものあいだ,カバー画像を描いていただき,ありがとうございました☺️ カワイさんのイラストを見て,自分の考えが明確になることが多くありました💡 MASSAGEの庄野さん,「モノとディスプレイとの重なり」から引き続き,締め切りなしの連載を気長に書かせてもらい,ありがとうございました☺️ 庄野さんからもらったコメントと対話するようにテキストを修正をしていくなかで,毎回の主題に対する自分の考えの輪郭=サーフェイスが掴むことができました.そして,長い連載の最後には,これから考えていきたいことのあたらしいコア=バルクも見えてきました.また一緒にこの先を考えていけたらいいなと考えています🙇‍♂️

「フラットネスをかき混ぜる🌪(3)次元が膨張収縮する現象的フラットネスをつくるAR体験📖🔁📱」が公開されました

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写真評論を毎月発信していく「FOUR-D notes」で,「フラットネスをかき混ぜる🌪」という連載をやっています.3回目のタイトルは「 次元が膨張収縮する現象的フラットネスをつくるAR体験📖🔁📱 」で,ルーカス・ブレイロックのARを用いた写真集を《 MAKING MEMERIES 》を中心に写真でつねに生じてきた二次元と三次元とが立ち上がる現象的フラットネスについて考えています.今回の公開分から無料で全て読めるようになりました. 「フラットネスをかき混ぜる🌪(3)次元が膨張収縮する現象的フラットネスをつくるAR体験📖🔁📱 文:水野勝仁 FOUR-D notes について / 総目次 前回までの概要としては,こちらを見てみてください👀 ヒトの眼・機械の「眼」に対して「情報源」として機能するフラットネス

日本映像学会関西支部第90回研究会での発表

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日本映像学会関西支部第90回研究会 で発表をしました.その際の発表概要と発表資料です. 📜発表概要 ヒトの眼・機械の「眼」に対して「情報源」として機能するフラットネス Photoshopで加工した痕跡を大胆に残す作品を制作するルーカス・ブレイロックは、写真について以下のように書いている。 写真は、すべてそれらのフラットネスのために、純粋に混成の空間を示唆する:それは二次元と三次元、表面平面とそのなかの空間、それだけでなく、抑制、魔術、死、歴史、目撃とほんのいくつかあげてみただけだが、多くのメタファーとなっている。(*1) ブレイロックは印画紙にプリントされた写真であれ、ディスプレイに表示された画像であれ、それらがすべて二次元平面でイメージを提示し、そのイメージから三次元空間が立ち上がるという写真の前提を端的に指摘している。しかし、私は二次元平面でもなく三次元空間でもない「フラットネス(=平坦さ・単調さ)」という言葉に奇妙な感じを持ち、この言葉を用いた「すべてそれらのフラットネスのために〔for all their flatness〕」という一句に惹かれ、ブレイロックの作品の考察を行ってきた。そこから、写真というものが提示される紙やディスプレイといった二次元平面、そして、写真が見る者の意識に否応なく立ち上げる三次元空間、このいずれもが含まれる写真・画像のフラットネスとは次元を持たない「情報源」であると考えるに至った。カメラがコンピュータと結びつき、写真が画像として幾何学的な要素は一切持たない色情報であるピクセルの制御によって、ディスプレイに提示されたときに、写真・画像のフラットネスとは、ヒトの眼・機械の「眼」に対して「情報源」であることを明確に示したのである。 ブレイロックの作品は写真・画像のフラットネスを情報源と見なすがゆえに、「二次元と三次元、表面平面とそのなかの空間」からはみ出していくような奇妙さを示しているのではないだろうか。その奇妙さは、ブレイロックが写真の問題としてきた二次元平面と三次元空間との幾何学的関係を意識しつつ、コンピュータの「接続の論理」を具現化するものとして、PhotoshopやARを使い、ピクセルとその先にある情報源そのものの情報を選択・操作して、平面と空間とが適切に立ち上がることないように色情報の集合をつくっているからだと考えられる、とい