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MASSAGE連載10_サーフェイスから透かし見る👓👀🤳/現れたり、消えたりする確率的なバルクとサーフェイス🎲

MASSAGEの連載「サーフェイスから透かし見る👓👀🤳」,第10回「現れたり、消えたりする確率的なバルクとサーフェイス🎲」を書きました✍️✍️✍️
2019年にトーキョーアーツアンドスペース本郷で展示されたYOFの《2D Painting [7 Objects, 3 Picture Planes]》を考察しました.この作品を見たときに感じた不思議な感じを言語化するためにずっと考えていたら,すごく時間が経ってしまいました.YOFの「ピクセル」を基点とした「ヴァルール」という色彩のあり方から「情報」と色彩ということ考えるなかで,モノのバルクとサーフェイスが「モノ」的なものから「情報」的で確率的なあり方に変化していくということを書きました.
画像を提供してくれたYOFの古澤さん,大原さん,柳川さん,ありがとうございました🙇‍♂️
カワイさんのタイトル画像の真ん中に位置する白い面のようで,その奥にさらに空間が広がっているような面がとても気になっています.YOFの《2D Painting [7 Objects, 3 Picture Planes]》を見たときに感じた不思議さを描いてもらっているような感じがしています.

FOUR-D notes で連載「フラットネスをかき混ぜる🌪」を始めました😊

写真評論を毎月発信していく「FOUR-D notes」で,「フラットネスをかき混ぜる🌪」という連載を始めました.1回目のタイトルは「二次元平面でも三次元空間でもないフラットネス🚥」で,「ピクセル」についてのお話です.途中まで無料で,その先は有料となっています.


フラットネスをかき混ぜる🌪(1)二次元平面でも三次元空間でもないフラットネス🚥 文:水野勝仁FOUR-D notes について / 総目次

ここ2,3年,「写真」について考えることが多くなってきたところで,FOUR-Dの主宰者の猿渡洋平さんから「FOUR-D notes」に参加しませんかと声をかけられました.これまでの写真評論と私がやっているインターフェイス・情報という視点からの写真への考察を「正しく出会わせたい」という猿渡さんの言葉が印象的でいいなと思って,「FOUR-D notes」に参加させてもらいました.

隔月で書きたいと思っていますので,これからどうかよろしくお願いします🙇‍♂️

MASSAGE連載09_サーフェイスから透かし見る👓👀🤳/バルクとサーフェイスとがかき混ぜられたあらたな認識

MASSAGEの連載「サーフェイスから透かし見る👓👀🤳」,第9回「バルクとサーフェイスとがかき混ぜられたあらたな認識」を書きました✍️✍️✍️
「非常にはっきりとわからない」展が注目を集めて,多くのレビューも書かれている目の作品《景体》について書きました.目の前にある「黒いモノ」が,どうして「海」として認識してしまうのか.切り取られた海は「海」なのだろうか,ということを考えていくと,《景体》は,私たちの認識に圧力をかけているのではないかということを書いています.

カワイさんのカバーイラストで,2本の黄色棒が主役のように立っていますが,それぞれの影を少しずれているように見えます.また,その奥にある白い面から2本の黄色棒が抜け出たようにも感じられます.いや,2本の黄色棒のあいだに白い面があったかもしれないとも思えます.カバーイラストを見ていると,切り離された黄色い棒と白い面とのあいだになぜか連続性を見てしまう.ここに認識への圧力が感じられるのではないでしょうか😊

Poi vol.3 featuring Kazuhiro Jo_PDF とPDF版のPoiの置き場のご案内

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先日,「Poi vol.3 featuring Kazuhiro Jo」の紙版の完成をお知らせしましたが,PDF版もすぐにできました.これを機にPDF版のPoiの置き場📚をつくりました.どんどんダウンロードしてください🙇‍♂️

PDF版のPoiの置き場📚https://shwca.se/poi


紀要論文「「シミュレートされた重なり」という奇妙な像客体」(追記_2020/05/29)

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紀要論文「「シミュレートされた重なり」という奇妙な像客体」が掲載された「甲南女子大学研究紀要Ⅰ 第56号」が刊行されました.

追記_2020/05/29 甲南女子大学学術情報レポジトリに論文のPDFが公開されました👀
紀要論文の要旨です.
本論考は,ヒトとコンピュータとが操作を展開する平面であるディスプレイにおいて,「シミュレートされた重なり」という奇妙な像客体が生まれているということを示すものである.そのために,先ずはデジタル写真が一つの平面と複数の平面の重なりが同時に成立する奇妙な表現になっていることを考察していく.次に,哲学者の田口茂の論考を経由して,デジタル写真の奇妙な表現がディスプレイで生じている視覚と触覚の「拮抗・抗争」から生み出されていることを明らかにする.さらに,理学者の郡司ペギオ幸夫の論考を参照しながら,ディスプレイで「奥行き」と「向こう側」という二つの異なるリアリティが同一平面で隣り合って「拮抗・抗争」を起こしていることを示す.私たちはディスプレイでの「拮抗・抗争」に否応なく巻き込まれて,そこに「シミュレートされた重なり」という奇妙な像客体を見るようになっているのである. この紀要論文は日本映像学会写真研究会の第4回研究発表会で発表した「写真の「向こう側」を考える」がもとになっています.発表原稿はnoteにあげました→154:写真の「向こう側」を考える

いずれ甲南女子大学の学術情報リポジトリにPDFが掲載されると思います.紙で読みたいという方がいましたら,以下のフォームから申込ください.抜き刷りを発送します🌫🌫🌫
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Poi vol.3 featuring Kazuhiro Jo

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Nukemeさん, 渡邉朋也さんと特集してきた「Poi」の第3号「Poi vol.3 featuring Kazuhiro Jo」が完成しました.科学研究費の研究グループ「ポストインターネットにおける視聴覚表現の作者性にかんする批判的考察」は,3年目にアーティスト・研究者の城一裕さんの活動を追ってきたのですが,「Poi」としてはまとめることができずに研究期間が終わってしまいました.

しかし,科研の研究リーダーだった松谷容作さんが令和元年度國學院大學特別推進研究助成「今日的なメディア・アート状況下における理論と制作の対話に向けた新たな概念の構築」を獲得してくれたので,城さんの活動を「Poi」にまとめることができました.

目次は以下の通りです.



今回は,城さんの活動をまとめるだけではなく,「Poi」の活動そのものへの批判的考察として,「Poi」の活動に常に力を貸してくれてた田川莉那さんに「ポストインターネットにおけるアートを批判的に判断するための前提の考察」を寄稿してもらいました.また,デザインはいつもの増田展大さんから,同志社女子大学の大島千佳さん,加藤綾羽さんに変わっています.


私の手元に23部配布できるものがありますので,希望者の方は以下のフォームに記入をお願いします😊 また,後ほど,PDF版も配布予定です🙇‍♂️→PDF版のPoiの置き場🗃https://shwca.se/poi

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『メディア芸術・研究マッピング メディアアート研究の手引き』への寄稿

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「文化庁メディア芸術連携促進事業」の一環として2017年刊行されている「研究マッピング」シリーズの『メディア芸術・研究マッピング メディアアート研究の手引き(PDF)』に「「1990年代のネットアート」の当時と今」というテキストを書きました.
このテキストのリサーチで以下の文献を見つけました. 大榎淳「インターネットとアート/表現の可能性と限界」,『季刊 インターコミュニケーション 13号 特集:インターネットの政治経済学』,NTT出版,1995,92-95頁.1995年に書かれた大榎のテキストが,あいちトリエンナーレ2019をめぐる状況と重なっていたことから,「「1990年代のネットアート」の当時と今」というタイトルにしようと考えました.2020年となった「今」,早めに読んでもらえるとうれしいです.そして,20年後に,私のテキストも参照されて「「1990年代のネットアート」の当時と今」が書かれるといいなと思っています.
また,馬定延さんが編集した「初学者のための重要文献」に,私の博士論文「GUIの確立にみる「ディスプレイ行為」の形成過程」が挙げられています.うれしい😊