ÉKRITS連載_スケッチパッドで「合生」される世界 - インターフェイスを読む #2


エクリでの連載「インターフェイスを読む」の第2回目「スケッチパッドで「合生」される世界」が公開されました.今回「読む」のは,GUIの源(ソース)といえるアイヴァン・サザランドの「スケッチパッド」です.1回目のテキストで論じた「最小化した行為」と「手」の問題をスケッチパッドの記録映像から考察しています.

はじめは,スケッチパッドでは「行為する手✍️|最小化する手👍|制約する手🖖」という3つの手が絡み合っていると考えて,テキストのタイトルは「スケッチパッドで絡み合う三つの手」でした.けれど,平倉圭さんの「合生的形象 — ピカソ他《ラ・ガループの海水浴場》における物体的思考プロセス」の「合生的形象」という言葉に惹かれて,今のタイトルとなりました.

よろしくお願いします✍️👍🖖

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