MASSAGE連載05_サーフェイスから透かし見る👓👀🤳/バルクと空白とがつくる練り物がサーフェイスからはみ出していく

MASSAGEの連載「サーフェイスから透かし見る👓👀🤳」,第5回「バルクと空白とがつくる練り物がサーフェイスからはみ出していく」を書きました✍️✍️✍️

今回は作品やインターフェイスのデザインではなく,哲学者の入不二基義さんの『あるようにあり、なるようになる』のなかに出てきた「無の厚み」という言葉を手がかりにして考察を進めています.考察を進めるなかで出てきた「練り物」という言葉は,どこか不定形で,不純な感じして気に入っています.ディスプレイに映る画像や映像は,いまやサーフェイスではなくて,どこか厚み=バルクを持つようになってきたと感じて,これまで連載を書いてきたわけですが,インターフェイスを経由した画像や映像がなぜバルクを持つようになったのかということを,入不二さんのテキストを参照して書いています.

カワイさんのカバーイラストにもドーナツ🍩のような「空白」を持ったモノが描かれています.「空白」に棒が差し込まれていますが,「空白」はいかなるモノを受け入れていきます.カバーイラストには「空白」だけはなく,これまで論じてきた「重なり」「影」も描かれています.カワイさんのカバーイラストを眺めながら,これまでのことと次のことを考えます🧐

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