「インターフェイス」に意識を向ける(3)

界面との一体化
DCミニによって立体化された界面で,パプリカは現実と同じうように自由に動きますが,異なる点は面から面への移動です.そして,夢と現実とのあいだの界面も自由に行き来します.しかし,この行き来に失敗した人が出てきます.それが,小室です.小室は悪夢に似た狂乱した夢を見続けていますが,その夢は小室本人のものではないことが判明します.小室は夢から出れなくなってしまっていたのです.小室は夢から脱しようとします.しかし,その移動は失敗に終わります.その失敗は次のように描かれてます.遊園地で空から落ちてきた小室はガラスの天井をぶち破り,地面に激突します.その際,DCミニは暴走しており,小室の顔の皮膚のなかへに入り込んでいます.ここでのDCミニは蟲のように蠢いています.

小室は夢から現実へと戻るさいに,ひとつの界面(ガラス)を破壊して,その先にあるひとつの面(地面)に激突します.そのとき,DCミニという有機的なかたちにデザインされたインターフェイスが暴走している.そして,ヒトの内側に比喩的な意味ではなく,文字どおりに入り込んでいる.小室はインターフェイスと一体化してしまっていたのです.ここでは,夢そのものではなく,その夢との界面であるインターフェイスと一体化することの意味を考えていきたいと思います.

敦子はパプリカとガラス/鏡ごしに会話していることがあります.DCミニを使っていなくても,鏡を介せば会話できます.あるいは,会話していると思っています.ここでは,古来から私たちの姿を映してきた鏡というテクノロジーがインターフェイスとして大きな役割を担っています.おそらくDCミニに侵食された小室は,鏡に映る自分の姿を認識することができなかったのでしょう.あたらしいテクノロジーは,ヒトの奥へ奥へと作用します.それはヒトの表面をただただ写し出していた鏡とは大きく異なります.しかし,鏡は表面にとどまるからこそ,見ているヒトの内面をそのヒト自身の力で探しだすことができるように作用してきたとも言えます.あたらしいテクノロジーは,私たちの表面ではなく奥の方に直接作用していきます.それゆえに今,インターフェイスが問題になっているのかもしれないのです.なぜなら,あたらしいテクノロジーがもつ奥へ奥へと作用する力を隠すかのように,インターフェイスが私たちの意識に対して最も手前に位置する最前面に出てきているからです.ここで注意すべてきことは,もっとも奥にある最背面にあるものともっとも手前にある最前面にあるものとは,ボタンひとつで入れ替えることができるように(Illustratorというソフトでの機能)表裏一体になっていることです.表面とその奥は, すぐに入れ替わってしまうのです.小室を例として考えるならば,それはDCミニが立体化した自分の夢と,その奥に蠢く誰のもかわからない得体のしれない夢といえるかもしれません.

ここで「最前面」とその奥である「最背面」の関係を考えるために,フランソワ・タゴニェの『面・表面・界面』という著書から引用してみたいと思います.「われわれは単に,内容とその形式,「深さ」と表面との間の実に率直な共生関係の存在を認知するに留めたい.<表面>は<深さ>の増幅器であり,内密の構成を顕わにするのだ(39頁)」.私たちはこれまで「面」と「界面」について考えてきました.ここでもうひとつ「表面」というあらたな面がでてきます.「表面」,私たちの言葉では「最前面」こそ,敦子とパプリカがとどまっていたところだと言えます.界面の「表面」に彼女たちは留まっていたのです.だからこそ,パプリカは面から面へと軽々と移動することができたのです.「表面」と言うと軽い感じしますが,タゴニェが書いているように,それはつねに「内部」や「深さ」,つまり「奥」や「最背面」との関係をもっているのです.だからこそ,敦子|パプリカはサイコセラピーを仕事にして,インターフェイス上を移動し続けるのです.彼女たちはボタンひとつで夢の最背面へと行けてしまうからこそ,細心の注意を払ってその最前面に居続けて夢を観察し,「ここそ」という時にその奥へと飛び込み治療を行い,再び夢の表面に帰ってくるのです.

けれど,小室は「表面」にとどまれませんでした.だから,DCミニが彼の身体の表面である皮膚の直下を侵食していたのです.けれど,自分の奥の方でテクノロジーと一体化することもできませんでした.DCミニに侵食される小室は,テクノロジーに自分を乗っ取られてしまっていました.自分というものがなくなり,小室はテクノロジーとともにしか存在できなくなってしまいました.しかしなのです.小室はテクノロジーと完全に一体化したわけではなく,あくまでもインターフェイス上で一体化しているにすぎないのです.だから,彼は自分の内奥での変化に気づきません.DCミニというテクノロジーを介して,自分の奥の方が誰かに乗っ取られていることに気づかないのです.

「インターフェイス」に意識を向ける(4)

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