2046年の携帯電話と2007年のスマートフォンのあいだにある変化(5)
電話を握りしめる
電話もまた,インターネットの登場によってメタファになりつつある.なぜならインターネットは,当初電話回線網の上に構築されたわけだが,皮肉にも電話回線はデジタル化されてインターネットに使われることになり,今ではインターネット専用の光回線に置き換わった.「電話」はアプリ化し,あるひとつの音声インターフェイスとなった.LINEやSkypeなどの複数の音声コミュニケーションインターフェイスがある今,「受話器アイコン」の意味は徐々に失われていく.(p.224)
渡邊恵太『融けるデザイン』
インターフェイス研究者の渡邊さんがここで指摘していることはとても興味深いことです.受話器をもった「電話」とそれをつなぐ電話線によって,私たちは遠く人といつでも話せるようになりました.電話と電話線という物理的モノを「電話」という機能ではなく「インターネット」という別の機能で使うようになっていきました.すると,インターネットのなかに「電話」の機能をもったアプリができたというのです.これはとても大きな変化ですが,多くの人はそれほど気にしないかもしれません.「LINEは通話料がかからないからうれしい」といった感じで使っていることが多いかもしれません.でも,「電話」というモノが持っていた機能がアプリになって,「電話」という個別のインターフェイスを持ったモノが失われていくということが起こっているのです.渡邊さんが例としてあげている「受話器アイコン」の「受話器って何?」という人もいるかもしれません.モノが失われていくということは,そういった個別のかたちが失われていくことなのです.
(問い:このテキストではノボルとミカコが使っている電話を「携帯電話」と書いてきましたが,みなさんはそれを「ケータイ」と呼んでいたかもしれません.「携帯電話」を「ケータイ」と呼ぶ時に,その言葉指している意味は変わっているでしょうか?)
私たちは多くの時間を個別のかたちをもった「物理的インターフェイス」と過ごして来ました.それは機能と結びついたかたちをしていて,確かに触れられるものでした.機能のためのかたちです.ですが,スマートホンはちがいます.かたちが機能に縛られないため必要最低限の一枚の薄い板・ディスプレイとなっています.だから,スマートフォンは「受話器」のかたちをもたないのです.電子機器の携帯電話も「受話器」のかたちは保持していませんが,それでも「一枚の板」までは抽象化されていません.でも,どちらも「電話」の機能は果たせますし,ミカコとノボルをつなぐメールで重要なキーボード,携帯電話だから「テンキー」といった方いいかもしれませんが,もあります.ですが,スマートフォンでは物理的なものはすべて画面のなかのイメージとなっています.それはインターフェイスの大きな進化といえます.けれど,その進化はモノの喪失を伴っているものなのです.
トレーサーのなかでミカコはノボルのことを想い,携帯電話を握りしめ涙していました.しかし,情報をより多く表示するために大型化したスマートホンでは同じ行為をすることは難しくなっています.これがモノの喪失なのです.「握りしめる」ということは,携帯電話にしてもスマートフォンにしても機能には関係のない行為です.ですが,肌身離さずもっているモノとしては必要なことではないでしょうか.誰かのことを想って祈るときに「携帯電話」を握り締めるということ,相手の声が聞こえ,相手の声を伝えてくれるモノを握りしめるという行為は,人間にとってとても重要なことなのです.
考えてみよう
1.2046年の携帯電話のかたちを描いてみよう.そして,なぜ,そのかたちにデザインしたのかを「モノ」と「情報」という観点から説明してみよう.
2.スマートフォンのアイコンのなかで「電話」アプリのように,過去のモノを模したアイコンがあるかを調べてみよう.
参考文献
ネイサン・シェドロフ,クリストファー・ノエセル『SF映画で学ぶインタフェースデザイン アイデアと想像力を鍛え上げるための141のレッスン』丸善出版,2014年
新海誠「ほしのこえ」DVD付属ブックレット,コミックス・ウェーブ,2002年
渡邊恵太『融けるデザイン ハード×ソフト×ネット時代の新たな設計論』ビー・エヌ・エヌ新社,2015年