2046年の携帯電話と2007年のスマートフォンのあいだにある変化(1)
2046年の携帯電話
新海誠監督のSFアニメ「ほしのこえ」を「インターフェイス」の観点から見ると何が見えてくるでしょうか.「SF」というジャンルには近未来を予測した様々な「インターフェイス」がでてきますが,「ほしのこえ」では主にミカコとノボルをつなぐ「携帯電話」を扱いたいと思います.
ノボルとミカコの物語は2046年が舞台です.2046年の中学生3年生がもっている携帯電話は,大きな液晶タッチパネルで操作するスマートフォンとは異なり,小さな液晶ディスプレイと多くのボタンを備えたものです.2046年という未来であるにもかかわらず,「ガラケー」とも呼ばれる古いかたちの携帯電話を持っているのはおかしいと思う人もいるでしょう.しかし,現在のスマートフォンのかたちを決定づけたアップル社のiPhoneが発表されたのは2007年ですから,「ほしのこえ」が発表された2002年には液晶タッチパネルを備えた携帯電話は一般的ではなかったことになります.2002年にはiPhoneがまだ存在していなかったけれど,今(2015年)では携帯通信機器の主流は,ノボルとミカコがもつような携帯電話からタッチ型インターフェイスのスマートフォンへとシフトしました.この事実は「ほしのこえ」を考察する上で重要な意味を持ちます.
「ほしのこえ」はSFなので,iPhoneのようなタッチ型インターフェイスの携帯電話の登場を正確に予測する必要はありません.なぜなら,SFは「サイエンス」という言葉がついていても,あくまで「フィクション」なので,現実的な未来の予測に囚われる必要はないからです.しかし,SFは現実世界の正確な予測ではないけれど,単なる絵空事でもありません.SFと現実とのあいだには独特なつながりがあります.例えば,『SF映画で学ぶインタフェースデザイン』には携帯電話に関する例が挙げられています.
SFに見られるフィクションの技術によって,ファンは来るべき刺激的な何かを期待します.顕著な例は,『宇宙大作戦』の通信機です.1960年代後半,一般的な通信機といえば,トランシーバーないしは壁にコードにつながっているお姫様型電話だったころ,『宇宙大作戦』に登場した通信機によってモバイル電話の期待が高まりました.その使い方は電話というよりもややトランシーバー寄りではありましたが,初期の視聴者には未来的なモバイル通信の雰囲気を決定づけました.それからちょうど30年後,エンタープライズ号の船長と同じやりかたで開けるようにした最初の電話を,モトローラが発売しました.この関係性はその製品名によっていっそう明らかになりました.その名はStarTAC(スタータック)です.ファンは,ほぼ間違いなく『宇宙大作戦』のエピソードに登場していたその電話を見ていたということ,そして30年にわたって使い方を予習していたという事実に支えられて,StarTACは商業的に成功しました.実際,その市場のSFにより事前に形成されていたのです.(p.7)
ネイサン・シェドロフ,クリストファー・ノエセル『SF映画で学ぶインタフェースデザイン』
この例が示すように,SFは誰もが夢のように思っていることを想像の世界で実現してしまう力を持っています.そして,SFで実現された未来が,現実の世界でも実現するというサイクルがあります.『宇宙大作戦』を見て「あのような電話がほしい」と思った多く人たちが,科学者やエンジニアになって30年後にそのかたちを実現させていくのです.なので,新海監督にも2002年から40年後の世界の携帯電話のあたらしいかたちを想像することも期待できるのですが,彼は2002年の携帯電話をそのままのかたちで2046年に登場させています.それは,2015年の今から考えればスマートフォンやこれからも出てくるにちがいないあたらしいインターフェイスをもった携帯通信機器ではなくて,「2000年前後の携帯電話のかたち」を「ほしのこえ」という物語のなかに保存していると言うこともできます.ただ「かたち」は同じでも,携帯電話の機能は進化しています.DVDに付けられたリーフレットの用語解説では次のような説明がされています.
携帯電話
ミカコとノボルのコミュニケーションの手段.端末は2人でお揃いのモデルを使っている.画面がモノクロなのはアンティークモデル故ということであるが,彼女らのモデルは超長距離メールサービスに対応していて宇宙と地球との間でのメールのやりとりが行える.
しかしミカコが地球から離れていくにつれて,メール発信時に表示される到着所要時間は無情にもどんどん長くなってゆく.(p.9)
ミカコとノボルが持っている携帯電話には「超長距離メールサービス」という今のスマートフォンにもない機能が搭載されているにもかかわらず,その外観は「アンティークモデル」ということで2002年前後の携帯電話を模したものになっています.新海監督はわざわざ「アンティークモデル」という設定をつくってまで,今では古くなって「ガラケー」とも呼ばれるようになっているかたちの携帯電話をSFアニメに登場させたのです.そこには監督の意図があるはずです.
2046年の携帯電話と2007年のスマートフォンのあいだにある変化(2)
2046年の携帯電話と2007年のスマートフォンのあいだにある変化(2)