(見せかけの)因果関係の連鎖 / The (pseudo) causal chain
この前 ,勝手な想像で,なぜタンジブル・メディア・グループで G-stalt のようなジェスチャー・インターフェイスが研究されているのかを書いたけれど,Axis vol.140 で石井教授自身が次のように述べていた. コンピュータをマウスで操作するインターフェースは,ブラックボックス化されていて,そこで何が起こっているのかがわかりにくい.しかし,それがジェスチャーになれば,例えば指揮者のタクトの動きでバイオリニストが音を奏でるといったような,ものごとの因果関係の連鎖が目に見えるようになる.ジェスチャーによるインターフェースの研究は,モノ,スペース,ボディーをシームレスに繋ぎ,そこに全く新しいパラダイムを打ち立てようとするものなのです. マサチューセッツ工科大学 メディアラボ タンジブル・メディア・グループの「ジェスチャー・インターフェース」:空間的広がりを持つダイナミックなインタラクション AXIS 2009.8 vol.140 確かに,G-stalt は「モノ,スペース,ボディーをシームレスに」繋いでいるけれど,なんでここで「イメージ」との関係性は言われないのだろうか.ジェスチャーで実際に動かしているようにみえるのは,映し出されているイメージなのでないか.シームレスでつながっているのは,「モノ,イメージ,スペース,ボディー」なのではないか.でも,石井教授は「イメージ」という言葉は入れない.もうイメージがモノなのかもしれない.そう考えれば,タンジブル・メディア・グループの次のヴィジョンである「ラディカル・アトムズ」にもスムーズにつながる.イメージを「イメージ」として考える意識が希薄化してきているのかもしえない.イメージがモノであると同時に,モノもイメージであると考えると,まったく新しいパラダイムが出てくるのかもしれない.そして,そのパラダイムは「可塑性」と関連していると思う. あと,石井教授がジェスチャーによって「ものごとの因果関係の連鎖が目に見えるようになる」と言っているところも気になる.私は,以前,マウスとカーソルとのつながりによって,コンピュータの論理と物理的な因果関係に支配された私たちの行為との間に,「見せかけの因果関係」が生じていて,それがディスプレイ上のイメージを「オブジェクト」と触れるモノに変化させていると考えた(英語で書...
