メモ:2Dでも3Dでもある/ないような「Vacant Room」

Vacant Room」は展示の記録写真であって,Virtual Reality=VRとはあまり関係がないような気がしてきた.インタラクティブなVRだと思うのは,360度写真とスマートフォンが連動しているからだから,確かにVR的要素はあるのだけれど,それは大したことではない.というか,VRだと見る人に思わせておいて,でも「Vacant Room」は単なる「写真」であって,だから,ピンチアウトで拡大できたりする.これは「写真」というよりも「カメラアプリ」でリアルタイムにリアル空間を見ているときの感覚に近い.でも,拡大はできたと思って,スワイプして画像を動かそうとするとできない.ここでの画像は「写真」ではなくて,リアカメラからのリアルタイム画像のようになっている.




2Dでありながら3Dという感覚を醸し出しつつ,見る人の意識が3Dに行こうとするとそれを妨げる仕掛けがいくつもしてある.仕掛けは「カメラアプリ」のようなリアルタイム映像と「写真」として表示される画像とのあいだの行き来であったり,ホワイトキューブを再現したVRと思わせつつも360度写真であって,作品に寄ることができないというか,スマートフォンを固定しながら前後に歩いても,上下に屈伸運動してもディスプレイ内の映像は変化しない=写真のようだったりするものである.これらの体験をしていると,展示を見ていてそれが3Dだと認識しそうになると同時に2Dに引き戻されるという感覚になって,2Dでも3Dでもある/ないような「Vacant Room」に連れて行かれる.



この感覚はJoe Hamiltonの作品《Indirect Flights》にちかいものがある.この作品は航空写真のコラージュの上にもうひとつ金網やサッシ,絵具,筆跡といった平面的質感を強調するモノのコラージュが重ねられている.Googleマップのようにドラッグしてふたつのレイヤーを動かすことができるけれど,ふたつのレイヤーの動きはそれぞれ異なる.この作品を見ていると,航空写真を見た際生じる立体的な感覚が常に阻害される感じがする.ディスプレイに映っている映像が3D的なものであろうと,そこに見ているものは物質的に2Dのディスプレイでしかないのだから,3Dなんてそこにはない.あるのは徹底的に2Dの重なりでしかない.「重なり」が3D的要素であるのだけれど,しばらく画面を動かさないでいると,そこにはふたつのレイヤーの重なりが消えたような画像が現われる.それをまた少し動かした瞬間,《Indirect Flights》も2Dでも3Dでもある/ないような「Vacant Room」に連れて行かれるような感じがする.

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