見ているモノは触れているモノか?(2)

「自分の興味が「カーソル」に向かっているので,以前,英語で書いた‘What You See is What You touch?’ を(少しずつ)訳してみる.このテキストは,名古屋大学で行われた第4回感覚設計国際シンポジウムで発表したものです.」と考えて訳し始めてたけれど,ちょっとずつ変え始めている.
見ているモノは触れているモノか?(1)
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ディスプレイ行為
私たちはコンピュータを使っているとき,何をしているだろうか.ほとんどの人がディスプレイ上のイメージを見ながら,マウスを持って動かし,キーボードをうっているのではないだろうか. 私たちが,目の前にあるプラスチック製のモノに何かしらの行為を行うと,ディスプレイ上のイメージが変化すること. これは私たちにとって,とても「自然」なことだ.しかし,この身体とイメージとの関係はコンピュータが,特に GUI が現れるまでは存在しなかったものである.身体とイメージとが結びついて機能する行為のことを,私は「ディスプレイ行為」と呼ぶ.だが,この行為はよく理解されてはいない.なぜなら,ヒトとコンピュータとのコミュニケーション,つまりインターフェイスの領域においては,ヒトの行為とイメージとがそれぞれ別物として考えられがちだからである.行為とイメージは,コミュニケーションを成立させるための回路の部分として考えなければならない.

ヒトとコンピュータのコミュニケーション回路における行為とイメージとの関係を明らかにするために,この論考では物理世界にあるマウスとディスプレイ上のカーソルに注目する.カーソルとは「コンピュータのユーザインタフェースを構成する要素のひとつで,指示や操作の対象を指し示すために用いられる」もので,ほとんどが向きや位置を指し示すための矢印:←の形をしている.私たちはディスプレイ上のカーソルをただ見ている. それはアイコンを指し示すためだったり,たんにそれがどこにあるのかを知るためだったりする.そしてそのとき同時に,マウスに触れている.ここでは,見ることが触れることにつながり,触れることが見ることにつながっている.見ることと触れることからヒトとコンピュータとのコミュニケーションのための回路が構成されている.

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