GUI の確立にみる「ディスプレイ行為」の形成過程



論文題目:GUI の確立にみる「ディスプレイ行為」の形成過程
水野勝仁

論文内容の要旨
本論文は,GUI を行為の視点から考察することで,コンピュータが作り出す仮想空間において,抽象化されていくヒトの行為を,現実のヒトの身体と結びつけて考察することを可能にし,GUI の確立に至るプロセスの中で,イメージとヒトの身体的行為との関係が段階的に変化し,「ディスプレイ行為」という新しい行為を形成するに至った過程を示す研究をまとめたものである

身体的行為とディスプレイ上の「行為」
情報社会において,ヒトの行為が,コンピュータとの関わりの中で変化してきている.私たちは,コンピュータを操作するために,ディスプレイを見つめ,マウスを動かし,キーボードを打っている.見つめる先のディスプレイでは,手に握られているマウスに連動して,カーソルが動き,フォルダやゴミ箱を模したアイコンに重ねられている.ディスプレイ上のカーソルを動かすために使っているマウスは,ポインティング・デバイスと呼ばれ,ディスプレイ上のどこかを指さし,対象のイメージを選択するためのものである.しかし,マウスはその「ねずみ」という名前が示しているように,ヒトが今まで何かを指さすために使っていた,人差し指やペンなどの細長い棒状のものとはかけ離れた形をしている.にもかかわらず,私たちは,マウスを手にして,ディスプレイ上のカーソルを動かし,クリックや,ダブルクリック,ドラッグ&ドロップなどと名付けられた「行為」を,ディスプレイ上に映し出されたデスクトップ・メタファーに基づいたイメージとの関係の中で,さも当然のように行っている.
このマウスを握って動かすという身体的行為と,それと連動して起こるカーソルの「移動」や,ファイルの「選択」や「移動」といったディスプレイ上のイメージの変化によって生じる「行為」は,30年ほど前にグラフィカル・ユーザ・インターフェイス(GUI)やヴィデオ・ゲームが開発される以前にはなかったはずのものである.しかし,GUI によってコンピュータが一般化した後,私たちは,特に何の疑問も抱くこともなく,この新たな「行為」を毎日行っている.つまり,私たちの注意はコンピュータ・ディスプレイに注がれ,自分の手をみることなくコンピュータを操作している.そこで,私たちは,身体的行為に連動するディスプレイ上のイメージの変化を,自分の「行為」として受け入れている.

「ディスプレイ行為」
コンピュータと向かい合っている時の,ヒトの行為に目を向けると,そこには確実に変化が起こっているにも関わらず,コンピュータ・インターフェイスは,技術的・道具的観点からのみ捉えられてきた.しかし,それでは,なぜ,私たちが,何の違和感もなしに,マウスを操作することで,ディスプレイ上のボタンを「押す」ことでき,ファイルのアイコンをゴミ箱に「入れる」ことや「消す」ことができるのかを説明することができない.コンピュータが一般化し,その操作に関する用語が日常会話にも使われるようになった今,コンピュータに対して日々行っている身体的行為と,それに連動して起こるディスプレイ上のイメージの変化から生じる新たな「行為」を,ヒトの行為の歴史の中でどのように位置づけるのかを考える必要がでてきている.
コンピュータ・インターフェイスでは,私たちが操作をしている対象として見ているのは,ディスプレイ上の「ファイル」などのイメージであるが,実際に私たちが触れているのは,マウスやキーボードとプラスチックや,ディスプレイの表面のガラスである.この見ているものと,触れているものの分離から,ヒトとコンピュータとの間では,ヒトが実在のものに対して行っていた行為とは異なる行為,身体的行為とディスプレイ上のイメージの変化を結びつけた新しい「行為」が遂行されていると考えられる.この「行為」を,「ディスプレイ行為」と呼びたい.この「ディスプレイ行為」の領域は,コンピュータ・インターフェイスだけではなく,ヴィデオ・ゲームや携帯電話など,コンピュータの処理能力の増大とディスプレイの高性能化や小型化とともに,私たちの生活に次々に入り込んできている
そこで,本研究では,現在,一般化し,世界中の多くの人が使用している GUI を「ディスプレイ行為」のはじまりの一つと考え,行為の視点から考察する,そのために,GUI につながる重要なアイデアを提示したスケッチパッド,マウス,スモールトーク,デスクトップ・メタファーを技術的,道具的な側面からではなくヒトの身体的行為と,ディスプレイ上のイメージとの関係から捉え直す.そして,身体的行為とイメージとの関係の段階的な変化が,「ディスプレイ行為」という新しい行為を形成していったことを明らかにする.

本研究に関係するこれまでの研究
ダン・ゲントナーとヤコブ・ニールセンは,論文「アンチ-マック・インターフェイス」を,マッキントッシュが発表された12年後の1996年に発表している.そこでは,その12年の間に,コンピュータの処理能力が進化したことや,インターネットの普及によって,コンピュータの環境が変化したのだから,インターフェイスも変わるべきだという主張をおこなっている.この主張は,コンピュータを技術的,道具的側面でしか捉えておらず,行為という観点からの GUI の検討が行われていない.
コンピュータの登場によって,ディスプレイ上に展開するイメージの変化を論じたこれまでの研究では,レフ・マノヴィッチは,ニューメディア研究において大きな影響力をもった『ニューメディアの言語』の中で,私たちが現在,コンピュータ・ディスプレイ上で接している画像は,伝統的な意味で「イメージ」と呼ばれてきたものとは異なると述べている.マノヴィッチは,現代のヒトを取り巻くイメージの分類を明確に示すのであるが,このイメージの変化と,私たちの「行為」の関連について論じることはない.
コンピュータ・インターフェイスをめぐるこれまでの研究では,喜多千草が文献実証主義に基づき NLS からアルトへと至る過程を詳細に考察している.そこで,喜多は,開発者がどのような考えでシステムの開発を行ったのかという「開発思想」を重要視して,アルトは単体として考えるよりも,最初期のクライアント・サーバ・システムを実現したシステムだとして,インターネット時代におけるコンピュータのひな形として考えるべきだという新たな視点を提示した.その中で,アルトのインターフェイスについての記述もあるが,喜多はイメージや「行為」の問題として,NLS とアルトを扱っていない.
また,ティエリー・バーディニは,エンゲルバートの思想を考察していく中で,インターフェイスのデザインにおいて言語と身体の関係の重要性を提示する.さらに,マウスという道具とライトペンという先行する道具の違いを示すとともに,マウスによって,ヒトの身体性がディスプレイの中に持ち込まれたとしたと指摘する.しかし,このディスプレイに持ち込まれた身体性とディスプレイ上のイメージとの関係を,「行為」という視点からの考察は行っていない.

「行為」という視点から GUI を捉え直す 
本研究は,ディスプレイ上に展開する新たなイメージを受容したヒトが,そのイメージに応答するために行う「行為」に注目して,GUI の確立に影響を与えたスケッチパッド,マウス,スモールトーク,デスクトップ・メタファーを捉え直し,「ディスプレイ行為」の形成過程を明らかするものである.
はじめに,コンピュータ・インターフェイスにおいて,ヒトの身体的行為に直接影響するディスプレイ上のイメージの性質と,それを操作する道具の変化を考察する.そのために,まず,コンピュータの登場によって,それまで強固に結びついていた行為,痕跡,イメージという関係が無効になっていく過程を,マジック・メモとスケッチパッドという二つの装置から明らかにする.次に,この結びつきの無効化に伴って生じたディスプレイ上のイメージを選択する行為に,ヒトの身体的行為を最適化することを目的として開発された道具としてマウスを捉え直し,手元ではなくディスプレイを見続けることで成立する「行為」が行われ始めたことを示す.
次に,私たちが直接見ることがないプログラムと,ディスプレイに表示されるアイコンとの関係が,インターフェイスに与えた影響を示す.はじめに,ディスプレイを支配していたプログラムをはじめとする言語的記号が,私たちを選択行為に導くアイコンという絵画的記号置き換わっていった過程を考察する.その際に,オブジェクト指向という概念を提唱したプログラミング言語:スモールトークと,コンピュータにアイコンを導入したピグマリオンを取り上げる.次に,コンピュータの世界に新たに導入されたアイコンという絵画的記号が示す曖昧さという性質を,アレゴリーという言語的記号と関わりが深い概念から考える.
最後に,マウスとアイコンの結びつきが,コンピュータ・インターフェイスに与えた影響を考える.まず,レイコフとジョンソンのメタファー論から,デスクトップ・メタファーが,単に現実を模しているのではなく,私たちの身体感覚をコンピュータ・ディスプレイに導入したことを示す.次に,コンピュータに身体感覚が入り込んでいった過程を,マウスとディスプレイ上のカーソルによる選択行為から考察する.最後に,マウスとカーソルでアイコンを選択する行為が,デスクトップ・メタファーによってまとめ上げられ「ディスプレイ行為」を形成していく過程を明らかにする.

本研究の成果 
本研究の成果は,GUI の確立を,行為の視点から考えることによって,以下の点を明らかにしたことである.

1.イメージの性質の変化は,ヒトの「行為」の変化をもたらし,それがペンからマウスへという道具の変化をもたらしたこと
2.スモールトークが,ヒトの行為の変化を促すアイコンを表示するためのイメージ平面を成立させたこと
3.メタファーによって,マウス,カーソル,アイコンを連動させることで, 掴んで指さす選択行為を,イメージと結びつけてディスプレイ上で「行為」を遂行する「ディスプレイ行為」の形成していったこと

以上,本研究では,コンピュータはイメージの性質を変化させるだけではなく,道具の変化を促し,ヒトの身体的行為を変化させること,そして,その身体的行為の変化は単独のものではなく,イメージ平面の成立という条件の中で,新たに発生したディスプレイ上のイメージの変化と結びつき,段階的に変化していくことで「ディスプレイ行為」を形成するに至ったことを明らかにした.

博士論文:http://ir.nul.nagoya-u.ac.jp/dspace/handle/2237/11488

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