行為,痕跡,イメージの関係の変化と道具の変化:ペンからマウスへ

この章の目的は,コンピュータの登場に伴って顕在化したイメージの性質の変化を,ヒトの根源的な行為のひとつである「描く」ことと,描くために用いる道具との関わりでの中で捉えることである.

レフ・マノヴィッチは,現代社会を「スクリーンの時代」と呼び,そのスクリーンを歴史的に「クラシカル・スクリーン」,「ダイナミック・スクリーン」,「リアルタイム・スクリーン」,「インタラクティヴ・スクリーン」という四つに分類する.そして,テレビに代表される「リアルタイム・スクリーン」以後,スクリーンに映し出されているイメージは,もはや伝統的な意味でのイメージとは言うことができず,それは,「私たちが,まだ言い表す言葉をもたない新しい表象なのである」と,スクリーンという観点から,イメージを分類している.2-1) しかし,彼は,「伝統的なイメージ」や「新しい表象」が何であるのかを,はっきりと言うことはない.ハンス・ベルティングは,マノヴィッチの言葉を受けて,それらを分けるものは何かについて,そこではアナログとデジタルと言ったような「メディアによる分類は機能しない」と述べ,これからのイメージに関する研究においては,「多くの異なるイメージの種類,機能を分類する必要性」があるとしている.2-2)
そこで,「描く」という行為とイメージの関係の精査をしたい.そのために,アイヴァン・サザーランドが開発したスケッチパッドを考察の対象として,ヒトの根源的な行為である「描く」という行為の変化を,イメージとの関わりから示す.その際に,スケッチパッドが従来の視覚的表現になかった表現として「拘束」(constraint)という概念を提示している2-3) というサザーランド自身の言葉を手がかりにする.「拘束」とは,「ペンが実際に描いていないところに,線が描かれる」ということで実現された概念なのだが,この概念によって描かれるイメージと,伝統的な意味でのイメージとの違いを明確に示すために,ジークムント・フロイトが取り上げたマジック・メモという装置とスケッチパッドを対比させる.その理由は,これらの装置が,イメージを「描く」というリアリティをヒトに与えるにも関わらず,イメージを表示する面に直接,痕跡を刻むことがないということを特徴とする装置だからである.この直接刻まれることがないとされる痕跡と,そこから作り出されるイメージとの関係の相違から,マジック・メモが,行為に一致する痕跡に基づいたイメージを描いているのに対して,スケッチパッドは,指さされた点の位置情報を変換することでイメージを描いていることを考察する.この考察から,コンピュータの登場によって,それまで強固に結びついていた行為,痕跡,イメージという関係が無効になっていく過程を示す.ここで,ペンは,従来の痕跡を刻むための道具ではなく,ディスプレイ上の点を選択するという新たな「行為」のための道具となっている.
しかし,スケッチパッドでは,ヒトは,実際のところ,点の選択という「行為」を行っているにもかかわらず,ペンを用いて昔から行ってきた描く行為の形態を踏襲したままである.このスケッチパッドが示す道具と「行為」の関係に着目して,ダグラス・エンゲルバートがヒトとコンピュータの共進化という考えに基づき,ヒトが古くから指さすために用いてきた細長い棒状の形から離れて,マウスという四角い箱を選択したことの意味を考察する.ここから,ヒトの身体を,行為,痕跡,イメージの結びつきが無効化していくのに伴って生じたディスプレイ上のイメージを選択する行為に最適化させることを目的として開発された道具としてマウスを捉え直し,手元ではなくディスプレイを見続けることで成立する「行為」が行われ始めたことを示す.

2-1)
2-2)
Hans Belting, ‘Image, medium, body: A new approach to iconology’, Critical Inquiry 31.2 (Winter) 2005 , pp.315-317
2-3)
Ivan E. Sutherland, ‘The ultimate display’ in “Multimedia: From Wagner to virtual reality”, Randall Packer and Ken Jordan, ed., W. W. Norton & Company, 2001, p.236

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