コンピュータからの歩み寄り_《Desktop BAM 札幌国際芸術祭 edit.》


札幌国際芸術祭の「インターネットヤミ市4」に参加して,早いものでもう1ヶ月以上たつわけです.そして,芸術祭ももう終わってしまうので.その前にエキソニモの《Desktop BAM 札幌国際芸術祭 edit.》を考えておかねばと思い,筆を執りました.

札幌版は福岡で見た《Desktop BAM》とはちがいました.大体は同じですが,上の画像にあるように作品と作者の紹介が「スティッキーズ」でやられています.親切ですね.エキソニモはデフォルトの機能を使うのがうまいですね.





細かいところもいろいろと変更されていたと思うんですが,大きな変化は「壁紙」が変わるようになったところでしょうか.壁紙が変わっていくと,何かそこに「物語」的なものを読み込んでしまった自分がいました.作品が情緒的になるというか.でも,それはヒトが勝手に思うだけであって,コンピュータにとっては指示通りにピクセルの色情報を変えているだけですよね.マウスを指定された位置に動かしつつ,ディスプレイ全体のピクセルの情報も変えていくというのは大変そうです.MacBook Air からMacBook Proに変わったから,そんな忙しい処理も可能になったのでしょうか.

最初は,この壁紙の変化はやけに情緒的な感じがしてない方がいいじゃないかなと思ったのすが,何回か見ていると,壁紙のゆっくりとした変化とせわしなく動くカーソルの動きの組み合わせがとても牧歌的な感じがして,気持よくなってきました.とても無機的だった《Desktop BAM》が見る人を楽しませようとして頑張っているという感じです.それがなんかコンピュータからの歩み寄りのような感じがしたのです.処理能力あがったから,「あなたが楽しめるようにしてあげるね」みたいな.

すべてヒトである私の解釈ですが… 《Desktop BAM》をつくったのもエキソニモというヒトですが…

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