スライド:情報美学概論A 第11回|ひとつの世界のようなもの

東京藝術大学 芸術情報センター:情報美学概論A
第11回|ひとつの世界のようなもの→スライド

メモ:ネットアート,動物化するポストモダン,グーグルの奇妙さ
(このとき考えていたことと今回の講義はだいぶ異なるものになりました)

参考資料
作家
wwwwwwwww.jodi.org
http://exonemo.com/
柄沢祐輔建築設計事務所
書籍
新ネットワーク思考―世界のしくみを読み解く
動物化するポストモダン オタクから見た日本社会 (講談社現代新書)
Internet Art (World of Art)
Web Designing (ウェブデザイニング) 2010年 07月号 [雑誌]
現代思想2011年1月号 特集=Googleの思想
ウェブ×ソーシャル×アメリカ <全球時代>の構想力 (講談社現代新書)
10+1 No.48 特集=アルゴリズム的思考と建築
これはプレミア価格になっているので,こちらでもだいたい読めます.
http://db.10plus1.jp/publish/keyword/v/%E3%82%A2%E3%83%AB%E3%82%B4%E3%83%AA%E3%82%BA%E3%83%A0
その他
http://backofawebpage.com/

コメントのコメント
確かに,今,現在進行形で作られつつある情報世界について語ることは時期尚早かもしれない.でも,それは常に変わっていくことであり,今までのように明確なモノとして残しておけないことであるからこそ,それが完結していなくても,考えていかなくてはならない.講義のあとにやっている研究会でも,メディアアートを残すことは難しいということが問題になりました.再生するハードウェアがなくなれば作品を体験することはできないし,グーグルのAPIが変わったりしても,それを利用している作品は機能しなくなってしまう.だから,「残せないことを前提としたアーカイブ」も考えなければならないという言葉に,私はとてもハッとしました.この講義で扱っているのは,今までとは異なる種類の「存在」,ハードとソフトというか,身体と精神といった二項対立からはみ出るもので,私たちが,まだ「保存」する方法すらももっていない対象なんだということです.バラバシの指摘にありましたが,インターネットをはじめとする情報世界に対して,「何を作ってしまったんだろう」という感覚です.
東浩紀さんは,この変わり続けていく情報世界に常に挑戦していて,とても大きな示唆を与えてくれていると,私は思っています.批評から小説へと表現手段が変わりましたが,これからも何を示してくれるのか楽しみです.

コンピュータによる離散的空間を建築で示した建築家はいないと,柄沢祐輔さんは言っています.ここは考えていかなくてはならないところだと思います.アマゾンの倉庫でスキャンを持って作業しているとき,ヒトは情報世界|離散的空間にいるのでしょうか.「あっちにいって,これをとったら,それをあっちへもっていく」

インターネットの能力,範囲および有用性の拡大がもたらした最も革命的な結果は,コンピュータが人間のように考え始めることではなく,我々がコンピュータのように考えることなのだ.リンクを重ねるたびに,我々の頭脳は「“ここ”(HERE)でみつかたもので”これを行え”(DO THIS),その結果を受けて“あちら(THERE)”に行く」ように訓練される.その結果,我々の意識は希薄になり,鈍化していくだろう.我々が作っている人工知能が,我々自身の知能になるかもしれないのだ.(p.275) 
クラウド化する世界:ビジネスモデル構築の大転換,ニコラス・G・カー

このコメントでアマゾンの倉庫のことを考えていたら,上のテキストを思い出しました.アマゾンの倉庫で行っているのはまさに上のことなのではないでしょうか.倉庫で働いたことがないので,このときに考えることがどんなことなのかは,私にはわかりません.講義で見たレポーターの女の人は,なんか楽しいそうでした.それはちょっとだけしかやらなかったからだと思います.長時間やって,この作業・行為に慣れたときにヒトは何を考えるのか.

終えて
インターネットが当たり前になりすぎている現在において,情報空間自体を考えることは意味があるのか.今まさに起こっていることは何なのか? 情報空間と現実との組み合わせから出てくるあたらしい意識の流れはあるのか.東さんが批評から小説に表現を移行していったことは,「意識の流れ」をより生々しく扱おうとしていると思われる.複数の同時的な意識の流れ.言語のつながりの自由さ.頭で考えた言葉のつながり.そこから生じる意識のハッキング.ヒトの思考は,すでにインターネットにハッキングされているのだから,そこからの可能性を考える必要がある.

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