愛知淑徳大学:映像文化→エキソニモ《断末魔ウス》の感想

教えている大学で機会があれば集めているエキソニモ《断末魔ウス》の感想.今回は芸術系ではない大学での感想.
--
愛知淑徳大学:映像文化
エキソニモ《断末魔ウス》の感想

ちょっとよくわからなかったです!

なんというバカ
愛すべきバカ

マウス萌というものを味わいました。

マウスはタフですな
カーソルが生きているように見える

何回もハンマーで叩き続けて、最後に一瞬にしてネズミになって(映像の編集で)視聴者がハッとするという映像かと思ったのに、意外と普通だった。
私は地味だと思った。

マウス虐待してるみたい

マウスのカーソルに注目したことがなかったので不思議な感じがした

むちゃシュールだと思いました

水没させる様子を見るだけでなく、実際にカーソルも動くことで、マウスが機能しなくなる瞬間をリアルに見れることができると思った。

シュールでした。
マウスがだんだんわら人形にみえてきました。

マウスがかわいそう………。

なんかかわいそう
あ、死んだって思うwww
結構すきwww

マウスが壊れる瞬間っていうのが矢印でよくわかって、物なんだけど人間みたいなリアルさがあって可哀想に思えた。

最初はカーソルを意識して見ていなかったのであまりよく分からなかったし、特に何も感じなかったけれど、カーソルの動きを意識して見るとなんだかマウスがもがいているように見えて、少し怖かったし残酷に見えました。

金づちで殴るバージョンが衝撃的だった
マウスに気をとられてマウスが破壊されたことに気を取られてるうちにカーソルが動かなくなって
2回それが死んだ気がした

シュールな映像だと思った
カーソルは始め気づかなかった

マウスがまるで生きているかのようにみえて、かわいそうに思えるのが不思議だと思った。

地味に面白い。
ちゃんとカーソルが頑張ってる。

断末魔ウス
なんかとても見覚えがあるのですが?!
取り敢えず一番の見所の燃やすの見ましょうよ
ついでにキーボードクラッシャーも見ましょうよ

拷問を見ているような気分でした。映像(壊されるマウス)と現実(制御不能になるカーソル)がリンクしているのが怖いです。が、私は好きです。

マウスを壊す事態見ることがないのに、マウスが壊れてカーソルが動かなくなる瞬間まで見れてしまい不思議な感じがした。

無機物のマウスが生き物のように動いていて、見てるこっちが痛くなってきた

断末マウス感想
最初に説明があったけど
よくわからなかった。
何が伝えたいのかが気になった。

断末魔ウス
言われるまでカーソルに見向きもしませんでした。
何故こんな映像を作ったのだろう…。

マウスってわりと頑丈なんですね
ってか、壊す必要あるんですか?

無機物なのになんかグロい

マウスを壊すことはもったいないけど
もっと見ていたかった
意外と丈夫だった

超シュールでした。
水死したマウス君のポインタの動きはすごかったです。

マウスを虐待してるみたいにみえた
こういう壊す系のものは見ていてかなしくなる

いきなりマウスを
叩き出したり、
水に沈め出したり
びっくりした。
ドリルで穴を開けられて
いるのを見てマウスが
嫌がって暴れているように見えた。

カーソルがマウスの気持ちとかマウスに起こっていることを象徴してるように感じた。
マウスを壊してる映像自体はあまり快くないけど、素直に「なるほど」や「再生してるPCのマウスとリンクしてるのがすごい」と思った。

マウスを壊すのを映像にする意味がわからない。
映像とデータを一体にするなら、もの壊すのではなく作るのを扱う方がいいと思いました。

なんだろ…
切なくなりました(-_-)

叩く映像はそんなに悲しくなかったけど(私もイライラしたらマウスをバンバン叩くのでww)水死と穴を空けるのはカーソルの動きが苦しそうでなんだか悲しくなりました…
なんか、「あ"あ"あ"あ"あ"あ"…」って言ってるみたいな…
…まさかマウスに感情移入する時がくるなんて…。

マウスなのに
心が痛かった。
ずっと見ていたら
病んできそう。

映像の中の映像が映像に繋がっている…?
現実にリンクしているわけではないのに現実っぽい不思議な映像だと思いました。

マウスが可哀想でした…
こういった映像環境をテーマにした作品は初めて見ました。
マウスに人格が宿った…確かにそう感じました。
作品自体もインパクト大でしたが『断末魔ウス』という題名も面白い

叫び声もなければ血もでない。カーソルがなければただ物を壊されているだけの映像ととらえてたと思う。けれどカーソルの動きがあることによって同じ映像でも壊されている→殺されている映像のように感じてしまう。
カーソルひとつでこんなにも映像の見方を変えれるのか、と驚いた。そしてこれは私たちが普段からマウス⇔カーソルと意識しているからこそ成り立つ作品なので、パソコンがこんなにも身近になっていることを改めて実感した。

マウスという無生物を、殺す(壊す)ことによって生命を宿らせる…というのは矛盾しているように思うが、そんな感じの印象を抱いた

マウスが可哀想だと思った
生き物を見る目で見てしまった

「断末魔ウス」はニコ動の「やってみた」系の映像に近いもの…なのかも
なぜなら、ひとつなら映像としてなりたたなくても、なにかと組み合わせる努力によって、映像としてなりたつから。

あとあれ(マウス)永遠に死なない存在ではなく、永遠に死に続ける存在ですよネ
まるで場所に縛られて落ち続けるノみたい

断末魔ウスはすこぶるシュールな映像でした。

マウスを壊すところの意味・意図がよくわからない
いろいろなパターンでどこまでやれば死ぬのか、共感を煽っているのだろうか?

断末魔ウスの感想
この動画みて、マウスがとてもかわいそうにおもいました。あんなことしなくてもいいのにとおもいました。
しかし、自分のパソコンのマウスが乗っ取られるのは面白いと思いました。

このブログの人気の投稿

マジック・メモ:行為=痕跡=イメージの解体可能性

インスタグラムの設定にある「元の写真を保存」について

お仕事:「MASSAGE 10」に記事を書きました.

[GIF]ボタンに納得がいかない

デスクトップ・メタファーと「ディスプレイ行為」 

各世代の動きをとめてしまう「ベタさ」でしか「インターネットおじさん」を考えることができない

画面分割と認知に関するメモ

マウスとカーソル:カーソルによる選択行為

ラファエル・ローゼンダールの「ガスのような作品」

中途半端な存在|カーソル|コンピュータの身体性