身体が空白の輪郭を形づくる

クラウドの中で身体はどこにあるのかを考えるために,いろいろと身体のことを考えているけれども,どうしたものか.身体のことを考えると,「意識」や「考えること」をあわせて考えてしまう.テクノロジーによって身体が変わること.身体が変わると意識が変わること.それらが同時に起きていることをどのように感じて,考えて,記述するか.「記述する」という方法が,もうこれらの現象を表すことに適していないのか.でも,記述する努力をしなくては.そのための練習をしているつもりなんだけど.クラウドの中の身体といっても,その身体はすっかりと忘れ去られるように,今までのテクノロジーによって環境がデザインされてきたとしたら,「身体」という部分が環境からすっぽりなくなってしまうような.すっぽりと抜け落ちた空白として,かつてあったものとして身体が空白の輪郭を形づくる.

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