身体の内側と外側の表面

頭が痛いときに,内側でガンガンしていることを感じる.トイレにいきたいときから,内側から外側に出たいものを感じる.足を曲げているときに,関節が曲がっているのを感じる.内側から,身体を感じること.内側ではないけれど,身体の周りを風が通り抜けていくときに感じていること.考えているときに,頭の中の脳が動いているように感じる.頭を重く感じる.後頭部のあたりに力が集中しているように感じる.一度感じて,ふとした拍子に何も感じなくなって.また何かをきっかけとして身体の内側を感じ始める.風を感じている身体が,外の世界に何かがあることを教えてくれるように,内側からの身体を感じる,ではなくて,感じさせられているのかもしれないけれど,どちらにしても何か感じがあるときに,身体の内側を感じているかというと,そうではなくて,身体の表面を感じているような.内側の表面.といっても,実際は,眼に見える外側の表面を内側の表面に置き換えているような感じもする.身体の内側と外側の表面.裏表ではなくて,どちらも表.「どちらも」という言葉もなんかちがって,たんに面.でも,表面.この場合の「表」面,「表」は表裏の表ではなくて,なんだろう「表す」という感じ.

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