お仕事:インターネット・リアリティ・マッピング(5)「エキソニモとライダー・リップス(中編)」 リンクを取得 Facebook × Pinterest メール 10/29/2014 DMM.make で記事が公開されました! インターネット・リアリティ・マッピング(5)「エキソニモとライダー・リップス(中編)」 今回はわりと長めのエキソニモ論になっています.エキソニモの作品の流れのなかで彼らがIDPW名義で行っている「インターネットネットヤミ市」を位置づけてもいます.こんな感じでエキソニモ論を書いてみたい.もちろん,ライダー・リップスも登場します.結構長いので,お時間のあるときに読んでみてください! リンクを取得 Facebook × Pinterest メール
インターフェイス再考:アラン・ケイ「イメージを操作してシンボルを作る」は何を意味するのか. 2/08/2010 .review にテキストを書くために,昔発表したものを改めて読んでみた.カーソルについては論じていないけど,GUI が担っている思想的背景みたいなものを自分がどのようにまとめたかを確認できた.このときは「カーソル」という存在をまったく見落としていたので,ここからどうカーソルと関係させていくか. -- イメージ操作シンボル View more presentations from Masanori MIzuno . インターフェイス再考:アラン・ケイ「イメージを操作してシンボルを作る」は何を意味するのか. 1.はじめに アラン・ケイが提唱したスローガン「イメージを操作してシンボルを作る [Doing with images makes symbols] 1 」は,現在のグラフィカル・ユーザ・インターフェイス(GUI)につながるアイデアを簡潔に表現し,GUI の開発に大きな影響力をもった.ケイのスローガンは,ヒトとコンピュータとのコミュニケーションをどのように変えたのであろうか.現在,世界中に,GUI を実装したコンピュータは数えきれないほどあり,私たちはそれを使って日々の作業を行っていることから,ヒトとコンピュータの関係の変化は,ヒトのコミュニケーションそのものへも影響を与えているのではないだろうか.本論考では,上記のことを考えるために,まずは,一般化した GUI がどのような影響をもっているのかを確認するために,東浩紀とシェリー・タークルの議論を考察する.次に,ケイが,どのような影響のもとで,上記のスローガンを掲げるに至ったのかを明らかにする.最後に,スペルベルとウィルソンの「関連性理論」を参照して,GUI が私たちに提示したコミュニケーションの手段を考える. 2.インターフェイス的主体とブリコラージュの再評価 哲学者の東浩紀は,『サイバースペースはなぜそう呼ばれるのか』の中で,現在のユーザ・インターフェイスの主流を占めている GUI について興味深い議論をしている.東は,ジャック・ラカンとスラヴォイ・ジジェクの精神分析の理論をもとにして,シェリー・タークルが1990年代のコンピュータ文化を特徴づけるために用いた「at interface va... 続きを読む
矢印についての寄せ集めメモ 11/30/2010 「矢印」について考えたいと思っていて,Youtube で見つけた動画.いろいろなところに矢印があるな. 以前,教えてもらった廣村正影さんの矢印関する仕事も気になる. 矢印 意識と行動予測の視覚化 去年銀座で展覧会やったときにいくつかのムービーをつくったんですね。矢印っていうのは面白いなって思ってサインをやることになると矢印たくさんつかうじゃないですか。それで矢印が動いたらどうなるんだろうなって思ったんですよ。人間の頭に矢印をつけて歩いてもらったらどう見えるんだろうなって思ったんですよ。頭に矢印ついてると、興味がある方向に少しぶれたりするんじゃないかなって思ったんですね。 地球大学クリエイティブ 第2回 廣村正彰「意味のコンテクストをデザインする 」from tamalog (C)廣村正影 2次元(2 dimension)の平面的とも言えるサインデザインが、3次元(3 dimension)の空間の中に位置付けられたときにいかなる視覚効果をもたらすかということに注目し、これまでの「サイン計画」や「VI計画」の概念を取り払い、様々な建築家や写真家とのコラボレーションを手がけてきた異色のクリエイター・ 廣村正彰 。 今回の展覧会では、1階では「矢印→」や「アルファベット」をモチーフに、矢印という記号それ自体が、空間の中で動きをもった表情を得ることによって、平面にはない新たな意味をもつのではないか。 http://www.tokyoartbeat.com/event/2007/5284 2次元と3次元のあいだを移行する「矢印→」.カーソルも含めてというか,カーソルから派生して出てきた「矢印→」そのものへの興味をどう研究に結びつけるか.アートの領域では,クレーとか,荒川修作とデュシャンとかも「矢印」を考えるうえで重要.アートとかデザインとか区別せずに,「矢印→」を中心にしてそれらをリンクさせていければおもしろことになりそう. 矢印は位置と向きと長さの3つの情報を同時に表すことができる記号だ。だから力や運動の位置、向き、大きさを過不足なく表すことができる。ふむ、そう考えるとサインに使われている矢印はたいてい情報が余ってるな。 https://twitter.com/yam_eye/status/27793247926 その際... 続きを読む
スケッチパッドで描く、ふたつの手(1) 3/30/2010 1.記録映像に映るふたつの手 ひとつの動画ファイルがある.そのファイルを再生すると,1962年の夏に撮影されたアイヴァン・サザーランドが開発したシステム「スケッチパッド」の映像が,グラフィカル・ユーザ・インターフェイスの基礎を築いたアラン・ケイによる説明とともに映し出される.そこでは黒い画面に白い線が,ペンで描かれていく.ケイが紹介していることからも,このスケッチパッドが,コンピュータの歴史の中で大きな影響力を持っていることが伺えるが,実は,このシステムに実際に触れた人はごく限られている.アラン・ブラックウェルとケリー・ローデンは,サザーランドの博士論文の電子版の前文で,スケッチパッドは,マサチューセッツ工科大学(MIT)のリンカーン研究所でカスタマイズされたマシン,TX-2 でしか動かなかったので,その影響力は,論文と使用状況を撮影したこの記録映像によって広まったと書いている 1 . その記録映像には,ディスプレイ横にあるボタンを押す手とディスプレイにライトペンと呼ばれるペンで線を描いていく手が映っている.また,これらふたつの手がまったく映っていないときに,白い線が規則的に動くということも記録されている.描く手を必要とせずに線が動いているのであるが,その線の動きには摩擦や空気抵抗が感じられない.そして,この摩擦や抵抗のなさは,ライトペンで線を描いている際にも同様にみることができる.今から,40年以上も前に撮影され,サザーランドのアイディアを多くの人に伝え,スケッチパッドを「個人によって書かれた最も影響力のあるコンピュータ・プログラム 2 」という地位にまで押し上げたこの映像は,何を示しているのであろうか. 私は,以前,スケッチパッドが「変換」という原理でイメージを生み出す装置であることを示した 3 .それは「痕跡」との一致という原理を逃れたイメージを描けるということである.この映像で,手が全く映し出されていないときに線が規則的に動くという,ある意味,マジックとも言えるようなシーンは,そのことを示している.このマジックは,後にケイが「最初のコンピュータ・グラフィックス・プログラムだということばかりでなく,スケッチパッドにはすばらしい面がたくさんあった.単に何かを描くための道具でなく,常に正しい法則に従って描くプログラムだったね.スケッチパッドで正方形を描こ... 続きを読む
マジック・メモ:行為=痕跡=イメージの解体可能性 1/03/2010 フロイトは,自らの記憶と知覚のメカニズムに関する仮説のために,当時,売り出されていた玩具である,マジック・メモという装置を取りあげた.その理由は,この装置のイメージを表示する表面が,「いつでも新たな受け入れ能力を提供すると同時に,記録したメモの持続的な痕跡を維持するという二つの能力を備えている」2-11) からであった.フロイトは,「情報を無限に受け入れる能力と,持続的な痕跡の保存は,互いに排除しあう特性」2-12) と考えていたが,マジック・メモは,その相反する能力を同時に実現する装置であり,その構造は,次のように記されている. このマジック・メモは,暗褐色の合成樹脂あるいはワックスのボードに,厚紙の縁をつけたものである.ボードの上を一枚の透明なカバー・シートが覆っていて,その上端がボードに固定されている.このカバー・シートは,固定されている部分を除いて,ボードから離れている.この小さな装置でもっとも興味深いのは,このカバー・シートの部分である.このカバー・シートは二枚のシートで構成され,シートは二カ所の末端部分を除くと,互いに離すことができる.上のシートは透明なセルロイドである.下のシートは半透明の薄いパラフィン紙である.この装置を使用しない時にはパラフィン紙の下の面は,ワックス・ボードの上の表面に軽く粘着している.2-13) ここから,マジック・メモについてわかることは,大きく分けて,ワックス・ボードとカバー・シートという二つの部分から,この装置が構成されているということである.そして,カバー・シートは,透明なセルロイドの層と半透明の薄いパラフィン紙から構成されているので,全体としては,三層構造の装置ということになる.フロイトは,次に,この装置を使用するプロセスを詳細に述べている. このマジック・メモを使う際には,ボードを覆ったカバー・シートのセルロイドのシートの部分にメモを書く.そのためには鉛筆もチョークも不要である.受け入れ表面の上になにか物質を沈着させて記録を残すのではないからである.マジック・メモは,古代において粘土板や鑞盤に記録したのと同じ方式を採用しているのであり,尖筆のようなもので表面を引っ掻くと,表面がへこみ,これが「記録」となるのである.マジック・メモではこの引っ掻く動作は直接行われるのではなく,ボードを覆った二枚のシートを介して行われる... 続きを読む
スライド|映像文化 第14回|映像で理解する 8/05/2011 愛知淑徳大学 映像文化 第14回|映像で理解する:佐藤雅彦とユーフラテスの「畏い」映像→ スライド 参考資料 佐藤雅彦・ユーフラテス関連 ピタゴラスイッチ 0655 | 2355 EUPHRATES BOOK A-POC INSIDE 日常にひそむ数理曲線 DVD-Book YCAMでのワークショップ ーー トミー ビックローダー ビル工事 袋入りさくらんぼ餅の自動包装 ーー その他 メディア論―人間の拡張の諸相 小説の誕生 あたらしい美学をつくる エドワード・マイブリッジ ,1878 エティエンヌ=ジュール・マレー,1870 終えて 今の大学生は「ピタゴラスイッチ」を子どものときに見ているんですよね.でも,「佐藤雅彦」さんのことを知っているかと尋ねても,ほとんどの人が知らないみたいで,手を上げてくれたのはひとりでした.最初は「映像で理解する」ということで,「分かりやすさ」ということをメインにすえてスライドを作っていたのですが,「日常にひそむ数理曲線」でトンカチを投げる映像をみていて,その軌跡が放物線とサイクロイドで描かれた線の上をそっくりそのままなぞっていく様を見た時に,この映像はとても「こわい」と感じたのです.映像を見ていると,映像に言葉が奪われるように感じたのです.佐藤さんも「畏怖」という言葉を使っていますが,まさに「畏い」と感じたのです.そして,「畏い」という漢字を今まで「こわい」と読むと思っていのですが,「かしこい」と読むことも知りました(恥ずかしくもありますが……). 学生に「0655|2355」を紹介したところ,数名ですがハマってくれたみたいで,それがこの講義の大きな収穫. 続きを読む
MASSAGE連載05_ iPadがつくる板状の薄っぺらい空間の幅 ─── 谷口暁彦「思い過ごすものたち《A.》」と「滲み出る板《D》」について 9/11/2016 MASSAGE での連載「モノとディスプレイとの重なり」の第5回「 iPadがつくる板状の薄っぺらい空間の幅 」が公開されました. いつもカバー画像を提供してもらっている 谷口暁彦 さんの作品「思い過ごすものたち《A.》」と「滲み出る板《D》」を取り上げて, 具体的な厚さもつ iPad というモノとそのディスプレイが示す実質的な厚さをもたないピクセル平面とのあいだにつくられる「 板状の薄っぺらい空間の幅 」について考えています. 「厚さをもつ/もたない」は存在論的な話ではなくて,ヒトの認識のことでしかない.けれど,そのヒトに見えている部分=認識をちょっとずつバグらせた結果として,存在そのものも変わるのかなと,ふと考えました.認識の変化が存在を変化させる,というか,その存在の物理条件を明らかにしていくような感じです. 次回もがんばります😊😊😊 続きを読む
Poi vol.1 featuring Nukeme 9/16/2016 私が参加している科学研究費の研究グループ「ポストインターネットにおける視聴覚表現の作者性にかんする批判的考察」の年次報告書みたいなものとして「 Poi vol.1 featuring Nukeme 」を刊行しました. 目次は以下の通りです. 目次にもあるように,私は「 破壊を引き伸ばし,デジタルデータと物理世界を干渉させてモアレをつくる 」というヌケメ論を書いています. ヌケメはデジタルデータと物理的モノとの重なり合いをクラックして,あらたな現象をつくろうとするのである. ヌケメさんへのインタビューを含め,盛りだくさんの内容になっています. ご希望の方は,水野まで連絡をいただければお送りします. ( PDFの配布になりました ) [科学研究費基盤研究(C)「ポストインターネットにおける視聴覚表現の作者性にかんする批判的考察」研究課題番号:15K02203 研究代表者:松谷容作(同志社女子大学)] 続きを読む
スライド:映像文化 第8回|仮想世界を示す映像 7/02/2011 愛知淑徳大学 映像文化 第8回 仮想世界を示す映像:仮想世界になれる?→ スライド 参考資料 映像 マトリックスシリーズ お買い得パック(4枚組)<初回限定生産> [DVD] 電脳コイル (1) 通常版 [DVD] サマーウォーズ [DVD] Pranav Mistry at TED; The Sixth Sense - part 1 書籍・テキスト ICC ONLINE | ICC メタバース・プロジェクト | メタバース研究会:エキソニモ×ドミニク・チェン「仮想空間のリアリティとは」 不完全な現実―デジタル・メディアの経験 ウェブ×ソーシャル×アメリカ <全球時代>の構想力 (講談社現代新書) 『SITE ZERO/ZERO SITE』No.2「情報生態論──いきるためのメディア」 サイバー・メディア・スタディーズ―映像社会の“事件”を読む (Cine lesson (別冊)) エモーショナル・デザイン―微笑を誘うモノたちのために いきるためのメディア―知覚・環境・社会の改編に向けて 人間はガジェットではない (ハヤカワ新書juice) 講義を終えて インターフェイスを通して仮想世界に触れて,そこから「現実|仮想」という新しい関係が生成して,そのあたらしい関係に慣れていくというところは,うまく言えなかった.インターフェイスだけではなく,ここでとりあげたマトリックス,電脳コイル,サマーウォーズだけでもなく,その双方を見ていくことで,現実と仮想との関わり方が見えてくるのではないでしょうかと思いつつ.私たちの住んでいる世界は現実でもあり,仮想でもある.そういったことが,後期での同じ回でははっきりと示していきたい. 続きを読む
カーソルについて何か考えたこと,または,エキソニモの《断末魔ウス》《ゴットは、存在する。》の感想 1/26/2010 講義でカーソルについて話した.講義ではエキソニモさんの《断末魔ウス》,《ゴットは,存在する》の《gotexists.com》を見た.その講義への学生のコメント. -- カーソルよりも物理的に破壊されきづついているマウスの方が可哀想に思いました 《ゴットは存在する》を見てなんだか不思議な感じがした。ゴットについての検索結果がずらりと出ているにも関わらず、それらにカ-ソルを合わせて見ようとすると見られない。いつも当たり前に出来ている事が出来ないと言う事の不思議さが、とても新しく、面白いと思った。 なんだか無機物なのにカバーを外して中身がどんどん剥き出しになる過程が有機的で気持ち悪いと感じました パソコンの画面にカーソルがあるのは当たり前だったので、深く考えたことはありませんでした。断末魔ウスについては、マウスは無機質な物なのにあそこまで無惨に壊されると痛々しかったです。無意識の内に感情移入しているんでしょうか。 その発想を思いついた人がすごいと思いました。 マウスがたくさん壊されて、無機物といえどかわいそうでいたたまれない気持ちになりました。 自分も普段PCを触って、必ずと言っていいほど使っているマウスが壊れていくのは、なんだか非日常的ですさまじかったです。 シュールレアリスムとはこのことを言うのかと思い、すこしだけ切なくなりました。 カーソルはたまにどこにあるのかわからなかったり、押したいところでないところに教えてしまうことがある。 映像は面白かったが少し怖かった。何を表現したかったのかがあまり伝わってこなかった映像だった。 マウスは今ではほとんどが赤外線を使用しており、使用感もボール式よりもなめらかになってすごく良くなったと思う。 これからは指先の細かな動きで操作出来るマウスが出ると思う。 あの矢印をもっと可愛いデザインにしてほしい。 カーソルは、基本的に矢印と手の人差し指で表されていますが、未来のカーソルには、動物の手や人の顔などでも表示されるとおもしろそうだと思います。 いろんなアイコンにカスタムできるけど 結局シンプルかつわかりやすいので矢印が一番よいと思う カーソルをマウスで動かすのは、いつもちょっと難しいなぁと思います。 パソコンの画面のフィールドと実際のマウスを動かす机とは別物なので… Ma... 続きを読む
お仕事:ヒューマンインターフェースの歴史 :「よくわからない」から、身体で感じるコンピューターへ 8/10/2012 TELESCOPE Magazine で「 ヒューマンインターフェースの歴史 :「よくわからない」から、身体で感じるコンピューターへ 」という記事を書きました. タイトルのようにヒューマンインタフェースの歴史に関するテキストです.テキストのリード文です. 人間とコンピューターとが触れ合う場,それがヒューマンインターフェースである.マウスを使うとか、ディスプレイに触れるとかの行為だけにとどまるのではなく,これらの行為を通じて人間がより賢く,豊かになっていくひとつの環境なのだ.それゆえにヒューマンインターフェースは、これからの人間のあり方を決める大きな要素とも言える.このテキストでは人間とコンピューターとの関係を決定してきた「ヒューマンインターフェースの歴史」を概観する. 博士課程時代に「インターフェイス」について研究していました.そこではこんな博論を書きました.上のテキストで「インターフェイス」に興味を持たれた方に読んでもらえたらうれしいです. 博士学位申請論文「 GUI の確立にみる『ディスプレイ行為』の形成過程 」,名古屋大学大学院情報科学研究科,2009年1月 コンピュータがアナログからデジタルへとイメージの性質を変化させるだけではなく,道具の変化を促し,ヒトの身体的行為を変化させていることを考察した. GUI というディスプレイ上のイメージの変化ともに,ヒト行為とイメージとが結びつき「ディスプレイ行為」という新たな行為を形成したことを提示した. GUIというものを工学的視点ではないところから考えてみたかったし,今も考えています.近頃,「インターフェイス美学」というものが海外でちょっと盛り上がっているみたいです.私の論文もこういったところにカテゴライズされると面白いなと思っています.そして, Rhizome の記事「 Interface Aesthetics: An Introduction 」が「インターフェイス美学」についてコンパクトにまとめています. この記事を書いた JASON HUFF という人は,「 Beyond the Surface: 15 Years of Desktop Aesthetics 」という記事も書いています. 続きを読む