お仕事:インターネット・リアリティ・マッピング(5)「エキソニモとライダー・リップス(中編)」 リンクを取得 Facebook × Pinterest メール 10/29/2014 DMM.make で記事が公開されました! インターネット・リアリティ・マッピング(5)「エキソニモとライダー・リップス(中編)」 今回はわりと長めのエキソニモ論になっています.エキソニモの作品の流れのなかで彼らがIDPW名義で行っている「インターネットネットヤミ市」を位置づけてもいます.こんな感じでエキソニモ論を書いてみたい.もちろん,ライダー・リップスも登場します.結構長いので,お時間のあるときに読んでみてください! リンクを取得 Facebook × Pinterest メール
スケッチパッドで描く、ふたつの手(1) 3/30/2010 1.記録映像に映るふたつの手 ひとつの動画ファイルがある.そのファイルを再生すると,1962年の夏に撮影されたアイヴァン・サザーランドが開発したシステム「スケッチパッド」の映像が,グラフィカル・ユーザ・インターフェイスの基礎を築いたアラン・ケイによる説明とともに映し出される.そこでは黒い画面に白い線が,ペンで描かれていく.ケイが紹介していることからも,このスケッチパッドが,コンピュータの歴史の中で大きな影響力を持っていることが伺えるが,実は,このシステムに実際に触れた人はごく限られている.アラン・ブラックウェルとケリー・ローデンは,サザーランドの博士論文の電子版の前文で,スケッチパッドは,マサチューセッツ工科大学(MIT)のリンカーン研究所でカスタマイズされたマシン,TX-2 でしか動かなかったので,その影響力は,論文と使用状況を撮影したこの記録映像によって広まったと書いている 1 . その記録映像には,ディスプレイ横にあるボタンを押す手とディスプレイにライトペンと呼ばれるペンで線を描いていく手が映っている.また,これらふたつの手がまったく映っていないときに,白い線が規則的に動くということも記録されている.描く手を必要とせずに線が動いているのであるが,その線の動きには摩擦や空気抵抗が感じられない.そして,この摩擦や抵抗のなさは,ライトペンで線を描いている際にも同様にみることができる.今から,40年以上も前に撮影され,サザーランドのアイディアを多くの人に伝え,スケッチパッドを「個人によって書かれた最も影響力のあるコンピュータ・プログラム 2 」という地位にまで押し上げたこの映像は,何を示しているのであろうか. 私は,以前,スケッチパッドが「変換」という原理でイメージを生み出す装置であることを示した 3 .それは「痕跡」との一致という原理を逃れたイメージを描けるということである.この映像で,手が全く映し出されていないときに線が規則的に動くという,ある意味,マジックとも言えるようなシーンは,そのことを示している.このマジックは,後にケイが「最初のコンピュータ・グラフィックス・プログラムだということばかりでなく,スケッチパッドにはすばらしい面がたくさんあった.単に何かを描くための道具でなく,常に正しい法則に従って描くプログラムだったね.スケッチパッドで正方形を描こ... 続きを読む
マウスとカーソル:カーソルによる選択行為 3/11/2010 コンピュータのディスプレイで表現されている世界は,現実の世界ではないという単純な事実を考えなければならない.そこは,もともと,コンピュータが複雑な論理計算を瞬時に行って表示しているものにすぎない論理の世界であったはずである.そして,論理の世界は,ヒトの身体を排除しているものとして,レイコフとジョンソンが批判したものである.4-21) この事実は,コンピュータによって作り出されるディスプレイ世界には,元来,メタファーの基盤となるヒトの身体が存在していなかったことを示しているのではないか. しかし,レイコフとジョンソン,楠見,久保田の説明では,コンピュータの論理の世界に,いつ,どのようにして,私たちの身体が入り込んでいったのかということは考えられていない.ここから,ヒトの身体が,コンピュータとのコミュニケーションに入り込んでいくプロセスを詳しくみていく必要がでてくる.そして,そこには論理の世界にメタファーが立ち上がっていく様を捉えるという興味深い問題がでてくるはずである. メタファー形成の基盤となるイメージ・スキーマは,基本レベルの行為の繰り返しによって生じるものであるから,身体経験の基本レベルとコンピュータとの関係から考察していかなければならない.よって,私たちが,デスクトップ・メタファーについて,はじめに考えるべきことは,このメタファーが生み出される前に,ヒトの身体経験がその基本レベルで.コンピュータの論理世界に何らかのかたちで入り込んでいたのではないか,ということになる.この問題への手がかりを,シェリー・タークルは与えてくれる.彼女は,デスクトップ・メタファーを一般化したマッキントッシュのインターフェイスについて,次のように書いている. マッキントッシュのインターフェイス──実際はその画面──は,実物の机をシミュレートしている.私のアップルⅡの CP/M システム4-22) のような,論理的コマンドで操作される論理的インターフェイスではなく,たとえ二次元とはいえ,ヴァーチャル・リアリティだったのだ.この世界では,空間を進むのと同じように情報の中を進む.実際,マウスを手にして平面上で動かせば,その物理的な動きが,通常は矢印か指の形である指示アイコンによって,画面に反映されるのがわかるだろう.4-23) このタークルの記述には,「論理的コマンドで操作される論理的イ... 続きを読む
スケッチパッドで描く、ふたつの手(2) 3/31/2010 スケッチパッドで描く、ふたつの手(1) -- 3.ヒトというノイズの多い装置 ウィーナーのサイバネティクスやシャノンの情報理論という時代背景の中,「ヒトはノイズの多い,周波数帯の狭い装置だと見なせる 14 」と考えた人物がいる,J・C・R・リックライダーである.リックライダーの専門は音響心理学であったが,自らを被験者にした行動調査の結果,研究活動時間の多くが考えるための「準備」に費やされているという事実に驚き,この問題を解決するためにはコンピュータという知的な助手との「対話」を実現することが必要だと考えるようになる.そして,リックライダーはコンピュータとヒトの思考の構造をそれぞれ生かせる協力態勢を構築することが,もっとも大切なのではないかということに思い当たり,1960年に「ヒトとコンピュータとの共生」という論文を発表する 15 .「共生」とは,「密接な関係の中で,あるいは結合に近い状態で,二つの生物がともに生きる」という意味であり,リックライダーはヒトとコンピュータが共生関係を築くことで,新たな情報処理の方法の可能性が開かれるという考えを示した.その際に,彼は,ヒトのことを並行して活動できる経路をもつが「ノイズの多い,周波数帯の狭い装置」とし,コンピュータを同時に数種の基本的動作しか行えないが「きわめて高速で正確に」情報を処理する装置あると対比させた上で,このふたつの異質な装置を結びつけ対話をさせるには,グラフィック・ディスプレイを用いることが必要不可欠だという考えを持っていた 16 .リックライダーは,1962年に,ARPA の情報処理技術部(IPTO)の部長となり,自らの考えを実現させるために,ディスプレイを用いた対話型コンピューティングの研究への援助を行っていった.その援助の中から生み出された模範解答とも言うべきシステムが,サザーランドのスケッチパッドであった.リックライダーは,対話型グラフィック・コンピューティングに関する最初の公式会議に,当時まだ大学院生だったサザーランドを招き,スケッチパッドについての発表を行う機会を与え,周囲の人たちに対話型コンピューティングの可能性の大きさを示した 17 . サザーランドのスケッチパッドによって,リックライダーは,ヒトというノイズの多い装置をコンピュータというノイズの少ない装置に接続するために新しい方法を提示す... 続きを読む
VRトーク&ワークショップイベント「没入の宴 〜”俺の嫁”から”嫁が俺”へ〜」でのトークの告知💬とメモ✍️ 5/24/2018 告知💬 よーへんさんに誘われて名古屋のGOLDEN ARTS CAMP (黄金4422.bldg.5F)で開催される VRトーク&ワークショップイベント「没入の宴 〜”俺の嫁”から”嫁が俺”へ〜」 に出ます.私が出るのは6月24日14時からの トーク2「VRと妄想社会」 です.名古屋で話すのは久しぶりで,VRについて話すのははじめてです.よろしくお願いします😊 メモ✍️ VRについてはどう考えていいのか,迷いつつ,「呼吸」を手がかりにして,同一化の話をして,ディスプレイを通して体験しているUIの平面の重なりの話を経由して,身体変容へとたどり着けたらと考えています. VRにおける呼吸 身体が空間に融けていく 自己帰属感 シャー・デイヴィスによる《Osmos》(1995)は,大きな注目を集めた作品である.HMDに加えて装着するスーツは,呼吸による胸郭の動きを検出するシステムとなっており,体験者はこれによって海底や森の中を連想させるいくつかの作品内部の空間を移動してゆくことになる. スキューバダイビングの体験が元になっているというこのインタラクティヴィティは,呼吸という身体性によるナヴィゲーションを用いることにより,まったく新たな感覚を与えた. それはデータグローブやジョイスティックによる方向の指示に見られるような,体験者が空間に対して操作を加えるという意識を与えず, 自然に空間と一体化するように感じさせ,無意識的に身体を適応させるもであった .体験者は,ジョイスティックなどを使う場合よりも格段に強く,ヴァーチャル・スペースと無意識のうちに結びつく.その結果身体が本当に空間の中に溶け込んでいるような印象を味わい,ある種の感覚的状態になるといわれている. メディアアートの教科書,白井雅人・森公一・砥綿正之・泊博雅 空間自体が身体と連動する 砂山──最近さまざまなプロジェクトで実験的にVRを使うことが多いのですが,テクスチャーの表面だけでぬるっと連続していくような世界への没入感は,一見するとオールオーヴァーですが, 図と地が共存するような奇妙なリアリティ をもたらします. 石岡良治・砂山太一対談「20世紀の遺産から考える装飾」 体とそれ以外を分ける境界があらかじめ決められたものではなくなったとき... 続きを読む
中村夏野さんの個展《we, topologically.》のトークイベント「イメージと物語をめぐる認知」に登壇しました。 7/27/2026 中村夏野《Duality》 2026年7月25日(土)、大阪・西成の SUCHSIZE で、中村夏野さんの個展《we, topologically.》のトークイベント「イメージと物語をめぐる認知」に登壇しました。その記録を、トークに向かっていった経路と、トークで実際に話したこととに分けて、書いてみたいと思います。 「跨がされる」から始まった 5月の終わりに、Yukawa-Nakayasuさんからトークとレビューのオファーをもらいました。共有された資料を読んで最初に書いたのは、中村さんの作品が「デジタルとフィジカルを横断している」という説明ではなくて、作品を見るわたしの方が二つのあいだへ「跨がされる」ということでした。これはデジタルか、フィジカルか。オリジナルか、コピーか。発光か、反射か。判定しようとするたびに判定の足場がふっと浮いて、右足と左足はそれぞれの領域に接地しているのに、身体全体はどこにも接地しない。この宙に浮いた感じを軸にする、と引き受けの返信に書きました。 展示初日に行われたトークの打ち合わせで、わたしが「物語に興味がない」と言ったら、それってどういうこと、となって、中村さんが「イメージと物語」をテーマにしましょうと言って、わたしは「困ったな」と思いつつ、それでいきましょうと言いました。 初日、「発光の粘度」を持って行く(7/3) 展示を見に行く前にオンラインカタログを全部読みました。というのも、SUCHSIZEは展示までにしっかりと展示に基づいたカタログができているのだから、それを読んで展示に臨むというのが、今回のトークや、そのあとに書くテキストに活かせると思ったからでした。このような体験ができるのであったら、しっかりとその体験をして、そこからテキストを生成してみたいと思いました。 テキストを読んで、電車の中でAIと対話しながら、作品を実際に見る前に、オンラインカタログを読んだ感じとして、「発光の粘度」という言葉が出てきました。光には粘度なんていう物性はないのに、その物性を合わせてみると中村さんの作品が面白く見れるんじゃないかと、わたしは感じていました。見る前から見るためのフレームを決めて行くという、わたしとしては珍しいことをしたと言えます。 会場で作品を見ながら書いたメモには、「発光が先にあって、認知と物質があとにある」と書いてありまし... 続きを読む
サマーウォーズ:身体とアバターのデザイン(3) 7/22/2015 ポストシンボリックコミュニケーション 最後にOZのアバターのもうひとつの可能性を考えてみたいと思います.それは「コミュニケーション」についてです.今までの考察で暗黙に前提にしていたことがあります,それは今では多くの人が「インターフェイスの非対称性」を自分の感覚として持っているということです.作品のなかでも,若い人に限らず,老若男女誰もがOZにログインして,アバターを操作している.そして,作品を見ている人も特に何の違和感もなく「OZのアバター」といったものを受け入れられるし,それについて考えるもことができる.つまり,ゲームやコンピュータの体験:「インターフェイスの非対称性」が一般化した今だからこそ,サマーウォーズという作品は生まれたのです.このことの意味はしっかりと考える必要があります.次の引用は,マリオの生みの親として有名な任天堂の宮本茂さんの対談での細田さんの発言です. 細田 本当に,その社会情勢がもたらしたのがあの映画の設定だったと思うんです.そうじゃなければ,とてもああいう設定で普通の人が活躍するってことはできなかったと思いますね.アクション映画はやっぱり,特別な人が活躍するものみたいな部分があって.『マトリックス』じゃないけど,「キミは選ばれし人だ」とか言われないと活躍できない.でも,DSがこれだけ広まっているという世界的な状況があれば,DSや携帯も含めてそこからアクセスできる身近な道具を使うことによって,普通の人でも活躍できるアクション映画が成り立つんじゃないかと.(p.169) 「PLUS MADHOUSE 03:細田守」キネマ旬報社,2009年 ゲームやコンピュータが当たり前の存在となって,選ばれた誰かがヒーローになるのではなく,誰もがヒーローになれる作品が生まれた,というふたりの話はとても興味深いです.では,誰もがヒーローになれる作品の舞台になっているOZについて改めて考えてみたいと思います. 細田監督作品の特徴と言われる記号的表現.その効用のひとつが,色や形態などを単純化する記号を使うことで,表現にある種のスピード感が得られることだ.単純化とは表現力に制限を加えることだが,その反面,視認性がアップする.たとえばその性質は交通標識などによく現われていて,標識に向かい合った人間はその表示内容にすぐさま反応することが求めら... 続きを読む
映像の間主観性(?) 4/11/2010 次の学会発表のためのメモ(1) 「映像のモノ化:映像|データ|物質」というタイトルで発表を申し込んだけど,「映像の間主観性(?)」という方向へ… -- エキソニモ, ドミニク・チェン, 毛利悠子, チューリングテスト, ネルソン・グッドマン, ドナルド・デイヴィドソン, どうにか発表の終わりが見えてきたような. 外部にある観察可能なものをデータ化し,情報の流れにのせること. 映像としてデータを可視化すること. これを Scientific Visualization の方向ではなく, 心的イメージの方向で考えてみること. http://mmmemo.posterous.com/15918609 チューリングテストは,いま一度改良されなければならない.対象と質問者の因果的な結びつきに加えて,対象と世界の残りの部分との因果的な結びつきも質問者に観察できるように,対象を表に出さなければならないのである.(p.144) ドナルド・デイヴィドソン「チューリングのテスト」 http://twitter.com/mmmmm_mmmmm/status/11990921849 端末は文字を表示する(としよう).これが「行動」として記述されるべきかどうかは,質問者にかかっている.結論として言えば,チューリングテストはその興味深さを損なうような仕方で行動主義的なわけではないのである.(p.137) ドナルド・デイヴィドソン「チューリングのテスト」 http://twitter.com/mmmmm_mmmmm/status/11991263030 《タイプトレース》 においては,スクリーンに映しだされるテキストを書いているのは「作家」だと示されている.しかし,その姿は見えない.にもかかわらず,文字とそれに結びつけられた時間情報(データ)によって,スクリーン上の文字が変化することで,作家の気配が感じられる. http://twitter.com/mmmmm_mmmmm/status/11991379474 《断末魔ウス》 においては,対象と質問者との間で共有されている世界の因果関係のすべて,および対象そのものがディスプレイに映しだされている.壊されるマウスの映像,壊す行為と因果関係をもった位置情報を示すカーソル.それゆえに位置情報に意味... 続きを読む
インスタグラムの設定にある「元の写真を保存」について 8/03/2013 インスタグラム の設定にある「元の写真を保存」,英語だと「Save Original Photos」という項目が気になる.デフォルトだと「オン」になっているので撮影した写真にフィルターをかけたものと「元の写真」が残ることになる.「オフ」にするとフィルターをかけた写真しか残らない.設定で「オリジナル」が消去される.ここには「オリジナル」という言葉が「軽く」扱われるというか,それが「設定」のひとつの項目になったんだという感じがある. http://en.wikipedia.org/wiki/File:Instagram_versione_(santa_fiora,_peschiera).jpg 「オリジナル」は消去されるが,フィルターをかけた写真は残る.オリジナルが消えているのだから,フィルターをかけたものが「オリジナル」となるのだろうか? 「オリジナル」かどうかというよりも,「インスタグラムらしさ」ということが重要なのかもしれない. この前のトークで ,ラファエル・ローゼンダールがウェブ上の自分の作品に「これがオリジナル!」という意味では「オリジナルはない」ということを言っていたが,インスタグラムという代表的な写真アプリの設定項目を見てみても,ポスト・インターネットという状況では「オリジナル」という言葉を取り巻く環境が変化していることは間違いない. 続きを読む
マジック・メモ:行為=痕跡=イメージの解体可能性 1/03/2010 フロイトは,自らの記憶と知覚のメカニズムに関する仮説のために,当時,売り出されていた玩具である,マジック・メモという装置を取りあげた.その理由は,この装置のイメージを表示する表面が,「いつでも新たな受け入れ能力を提供すると同時に,記録したメモの持続的な痕跡を維持するという二つの能力を備えている」2-11) からであった.フロイトは,「情報を無限に受け入れる能力と,持続的な痕跡の保存は,互いに排除しあう特性」2-12) と考えていたが,マジック・メモは,その相反する能力を同時に実現する装置であり,その構造は,次のように記されている. このマジック・メモは,暗褐色の合成樹脂あるいはワックスのボードに,厚紙の縁をつけたものである.ボードの上を一枚の透明なカバー・シートが覆っていて,その上端がボードに固定されている.このカバー・シートは,固定されている部分を除いて,ボードから離れている.この小さな装置でもっとも興味深いのは,このカバー・シートの部分である.このカバー・シートは二枚のシートで構成され,シートは二カ所の末端部分を除くと,互いに離すことができる.上のシートは透明なセルロイドである.下のシートは半透明の薄いパラフィン紙である.この装置を使用しない時にはパラフィン紙の下の面は,ワックス・ボードの上の表面に軽く粘着している.2-13) ここから,マジック・メモについてわかることは,大きく分けて,ワックス・ボードとカバー・シートという二つの部分から,この装置が構成されているということである.そして,カバー・シートは,透明なセルロイドの層と半透明の薄いパラフィン紙から構成されているので,全体としては,三層構造の装置ということになる.フロイトは,次に,この装置を使用するプロセスを詳細に述べている. このマジック・メモを使う際には,ボードを覆ったカバー・シートのセルロイドのシートの部分にメモを書く.そのためには鉛筆もチョークも不要である.受け入れ表面の上になにか物質を沈着させて記録を残すのではないからである.マジック・メモは,古代において粘土板や鑞盤に記録したのと同じ方式を採用しているのであり,尖筆のようなもので表面を引っ掻くと,表面がへこみ,これが「記録」となるのである.マジック・メモではこの引っ掻く動作は直接行われるのではなく,ボードを覆った二枚のシートを介して行われる... 続きを読む
出張報告書_20151030 もしくは,「みえないものとの対話」の対話 11/04/2015 福岡県福岡市の三菱地所アルティアムで開催されている「 みえないものとの対話 」展を見た.「みえないものとの対話」展は,1980年代生まれの久門剛史,ラファエル・ローゼンダール,谷口暁彦,渡邉朋也によるグループ展である. 展示は 久門剛史 の《 after that. 》(2013年)からはじまる.細長い通路のような空間にミラーボールのようなモノに光があたり,壁や床に無数の反射が映し出されている.「ミラーボール」に近づいてみるとそれは無数の時計を組み合わせてつくられていた.一目見たときに「きれいだ」と感じた作品であった. 通路を抜けた空間には ラファエル・ローゼンダール の《 looking at something.com 》(2013年)が展示されていた.この作品はタイトルからもわかるようにウェブサイトであるから,ChromeやSafariなどのブラウザによって誰もがいつでもどこでも自由に見られるようになっている.その作品が今回はインスタレーションバージョンで展開されている.壁面にプロジェクションされた3つの画面に《looking at something.com》が映し出され,トラックパッドでカーソルを動かすと,画面上の天気が晴れから雨,そして雷雨と変化していく.鑑賞者はコンピュータの「窓」から自身の行為に即応する「天気」を見ることになるが,タイトルの《looking at something.com》は,そこで見ているもの「何か」としか言っていない.そこで見ているものは自然なものでもなく,人工的なものでもなく,単に「何か」なのである. [《looking at something.com》を考察した記事→ そこに見えているのは「雷雨」か,それとも「何か」か? ] 次の部屋には, 谷口暁彦 によるiPadやiPod touchを組み合わせた連作《 思い過ごすものたち 》(2013年)が置かれていた.サーキュレーターの風に揺れている天井から吊り下げられたiPadのディスプレイには「風」に揺れるティッシュペーパーの3DCGが映し出されていたり,iPadの画面に水が流れることでメモに文字が入力されていたり,2台のiPod touchがビデオ通話アプリFaceTimeでつながれていたりする.私はこの作品を過去に何度か見ている.今回興味深かったのは... 続きを読む