memo:CCC gets physical

以前,メディア芸術カレントコンテンツ[お仕事:メディア芸術カレントコンテンツへの記事_12] で紹介した「COPIE COPAINS CLUB」が「フィジカル」を獲得したとのこのことです.存命中のアーティストの作品をコピーし続けることはネットだから許されているのかなと思ったら,アートフェスティバルでの展示を行われることになるとは… ネットに上がっているコピー作品のすべてが展示されるわけのはフィジカルな制約からか,果たしてコピーという行為の制約からなのか.まあ「コピー」というよりも「オマージュ」と言っているから,許されるのかな.このあたりは微妙なバランスにあるのでしょう.

このネットの活動がリアル展示を行うとは考えられなかったけど,DISが2016年のベルリンビエンナーレのキュレーションを担当するとかあるから,時代の流れは「ネット→フィジカル」なのでしょうか.「ネット」で普通に行われていることを「フィジカル」にもってきて,そこでの差異を楽しんだり,そこでの認識の変化を味あうような「インターネットヤミ市」的な感覚というのが広まってきているのかもしれない.いや,もともとインターネッツの人たちには広く共有されていた感覚を制度が取り込もうとしているのでしょう.この感覚が制度に消費されていくのか,それとも制度を変えていくのか,このあたりに注目していきたい.

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