スケッチパッドで描く、ふたつの手(1)



1.記録映像に映るふたつの手
ひとつの動画ファイルがある.そのファイルを再生すると,1962年の夏に撮影されたアイヴァン・サザーランドが開発したシステム「スケッチパッド」の映像が,グラフィカル・ユーザ・インターフェイスの基礎を築いたアラン・ケイによる説明とともに映し出される.そこでは黒い画面に白い線が,ペンで描かれていく.ケイが紹介していることからも,このスケッチパッドが,コンピュータの歴史の中で大きな影響力を持っていることが伺えるが,実は,このシステムに実際に触れた人はごく限られている.アラン・ブラックウェルとケリー・ローデンは,サザーランドの博士論文の電子版の前文で,スケッチパッドは,マサチューセッツ工科大学(MIT)のリンカーン研究所でカスタマイズされたマシン,TX-2 でしか動かなかったので,その影響力は,論文と使用状況を撮影したこの記録映像によって広まったと書いている1

その記録映像には,ディスプレイ横にあるボタンを押す手とディスプレイにライトペンと呼ばれるペンで線を描いていく手が映っている.また,これらふたつの手がまったく映っていないときに,白い線が規則的に動くということも記録されている.描く手を必要とせずに線が動いているのであるが,その線の動きには摩擦や空気抵抗が感じられない.そして,この摩擦や抵抗のなさは,ライトペンで線を描いている際にも同様にみることができる.今から,40年以上も前に撮影され,サザーランドのアイディアを多くの人に伝え,スケッチパッドを「個人によって書かれた最も影響力のあるコンピュータ・プログラム2」という地位にまで押し上げたこの映像は,何を示しているのであろうか.

私は,以前,スケッチパッドが「変換」という原理でイメージを生み出す装置であることを示した3.それは「痕跡」との一致という原理を逃れたイメージを描けるということである.この映像で,手が全く映し出されていないときに線が規則的に動くという,ある意味,マジックとも言えるようなシーンは,そのことを示している.このマジックは,後にケイが「最初のコンピュータ・グラフィックス・プログラムだということばかりでなく,スケッチパッドにはすばらしい面がたくさんあった.単に何かを描くための道具でなく,常に正しい法則に従って描くプログラムだったね.スケッチパッドで正方形を描こうと思ったら,まずライトペンで1本線を引き,『コピー・コピー・コピー・貼りつけ,貼りつけ,貼りつけ,角度は90度,4本の線は等しい』という指示を与える.そうするとスケッチパッドが,パッ! と正方形を作ってくれるんだ4」と語るほどの魅力をもったものであった.

しかし,ここで考えなければならないのは,私の論考やケイの言葉において,映像の中で線を描くために映し出されているふたつの手の存在や,それらが使用しているライトペンと押しボタンを当然のものとしてしまっていることである.多くの人はこの映像を見て,何かを描く際に,ペンを握っている手が映っていることは当たり前だと考え,同時にボタンを押す手という描くという行為と関係ないようなものが写っていることを気にもとめない.それは,スケッチパッドというシステムとともに,動く線という映像を作り出しているといえる「ふたつの手」を無視してしまっていることではないだろうか.だとしたら,何が,このふたつの手を見えなくさせているのか,そして,スケッチパッドの影響が,実際に操作したものに基づいたものではなく,その多くが記録映像によるものだということを考えると,線を描くときに,ライトペンを持つ手とボタンを押す手というふたつの手が映像に映っていることもまた,私たちを魅了する大きな要因となっていると考えなければならいないのではないか.そこで,本論考では,スケッチパッドの記録映像に確かに映っているふたつの手に焦点をあて,それらがなぜ考えられることがなかったのかを示した後,このふたつの手が何を示しているのかを考察していく.

2.ヒトと機械の画像コミュニケーションシステム
サザーランドは,MIT で1960年から,ディスプレイとライトペンを用いて,コンピュータをより使いやすくする方法を探っていた.そうした中で,コンピュータを用いて線画を描くというアイディアに辿り着いた.このアイディアが,スケッチパッドに結実していくのであるが,その過程で,ひとりの人物が,サザーランドに影響を与えている.情報理論の創始者,クロード・シャノンである.

サザーランドは,研究の初期の段階から,シャノンが様々な助言を与えてくれ,1961年の秋には,コンピュータを用いて描くことを博士論文のプロジェクトとすることを認めてくれたと書いている5.このことから,コンピュータによって描画を行うという,サザーランドの思想形成に,シャノンが大きく関与していると考えられる.しかし,シャノンは,講義が嫌いで,学生の指導も滅多に引き受けない教員であった.そのシャノンが,なぜ,サザーランドの指導を引き受けたのであろうか.言い換えれば,サザーランドが,スケッチパッドで実現しようとしたことが,なぜシャノンを引き付けたのであろうか.このふたりの関係をみると,サザーランドがスケッチパッドで実現したコンピュータを用いて図形を描くということには,特別な何かがあるのではないかと考えたくなる.その手がかりとして,スケッチパッドについて書かれた,サザーランドの博士論文のタイトル「スケッチパッド:ヒトと機械の画像コミュニケーションシステム」を考えみたい.

「コンピュータグラフィックス黎明期」と題したテキストの中で,喜多はこのタイトルについて「1963年の発表当時は,“コンピュータグラフィックス”という言葉はまだ使われておらず,スケッチパッドはコンピュータ支援のデザインシステムと分類され6」,上記のように呼ばれていたと指摘している.この喜多の指摘では「コンピュータグラフィックス」という言葉がなかったからという理由によって,博士論文のタイトルが「スケッチパッド:ヒトと機械の画像コミュニケーションシステム」になったということになる.しかし,レフ・マノヴィッチは,このタイトルが,ペンと紙ではなく,コンピュータで描くという単純なメディアの変化ではなく,「ふたつの存在(ヒトと知的機械)の間のコミュニケーションシステム7」を作り上げたことを示していると考察する.このマノヴィッチの考えは,喜多が見落としていることを教えてくれる.それは「コンピュータグラフィックス」という便利な言葉が覆い隠してしまうもの,1960年代の時代精神を形成していたひとつの思想,サイバネティックスである.

ノーバート・ウィーナーが1948年に刊行し,大きな影響力を持った『サイバネティックス』の副題には「動物と機械におけるコントロールとコミュニケーション」と記されている.この副題が示すように,サイバネティックスにおいては,今まで,異なるシステムに属していると考えられてきた動物と機械とがひとつシステムに組み込まれることで,ひとつの機能を果たすようになる.これが,一般的なサイバネティックスの理解であり,ふたつの異なるシステムがコミュニケーションをとるということが,従来のメディアにはなかった機能ということになる.ヒトと機械とが対話しながら描くシステムを構築したスケッチパッドは全く新しい装置なのだという,マノヴィッチの指摘はここに依拠している.しかし,サイバネティックスをそのように捉えるだけでは,ウィーナーの思想の柱となっている確率と統計の理論が抜け落ちてしまうと,情報科学のパイオニアたちを論じた『デジタル・ナルシス』の中で,西垣は書いている.西垣はウィーナーの業績から考えると,サイバネティックスとは「生体・機械の神経・通信系をつたわる信号の統計的性質にもとづいて,雑音を除去し,対象の挙動を予測・制御するための数学的方法8」と言うべきものだと書く.そこから,ウィーナーにとっての「情報」とは,数学的方法によって「チャネルから送られてくる雑音混じりの信号から抽出される何か9」と考えることができると西垣は指摘する.ここで重要なのは,ウィーナーにとっての「情報」が,通信路に流れるノイズ10から抽出されるものであったということである.ふたつのシステムがコミュニケーションを行うためには,情報経路に存在するノイズの除去が行われなければならない.ここから,異なるふたつのシステムが,その間にあるノイズを除去することによって,コミュニケーションできるようになるということが,サイバネティックスの核心としてある.マノヴィッチには,このノイズという考えが抜けているのだ.ヒトとコンピュータは,何もしなくても対話ができる関係にはなく,その間にあるノイズを除去しなければ,コミュニケーションの可能性は開かれないのである.

そして,ウィーナーの『サイバネティックス』と同じ年に発表され,世界に大きな影響を与えた論文「コミュニケーションの数学的理論」のはじめに「われわれは,いくつかの新しい要素,とくに通信路におけるノイズの影響,および最初のメッセージの統計的構造と情報の最終受信目的の性質による節約の可能性などがふくまれるようにこの理論を発展させよう(訳文は一部変更)11」と書いていることから,サザーランドの指導教授であるシャノンの興味もまたノイズの問題であったといえる.シャノンのベル研究所での同僚であった,J・R・ピアースは情報理論の入門書『記号・シグナル・ノイズ』の中で,ウィーナーとシャノンの考えは似通っているとしたうえで,その違いを「主としてウィーナーの名は,一定の集合に属する信号をある既知の型のノイズから抽出する問題と結び付けられている.・・・シャノンの名は,ある既知の集合から選ばれた通信文を,ノイズの存在のもとで正確かつすみやかに送信できるように符号化する問題と結びつけられている(訳文は一部変更)12」と書いている.ウィーナーにしてもシャノンにしても,情報経路にはノイズが満ちているという認識が重要になっている.満ちているノイズの中,ともに数学的方法を用いて,ウィーナーはノイズを除去することで,ふたつの異なるシステムのコミュニケーションの可能性を開き,シャノンは符号化によってノイズの影響を調整して,コミュニケーションの効率の最大化を求めた.

サザーランドは,博士論文の導入部分で,「タイプで打った文章」によって,ヒトとコンピュータとのコミュニケーションの速度が遅くなっていると指摘した直後に,「スケッチパッドは,タイプで打った文章(説明文を除いては)を排除して線画を採用することによって,ヒトと機械とのコミュニケーションの新しい領域を開く13」と宣言している.シャノンの影響のもと,サザーランドが,ヒトとコンピュータとのコミュニケーションの問題を考察していたことを考えると,もともと利用されていた「タイプ」によるヒトとコンピュータとの対話は,その間の情報経路に存在するノイズを除去して両者の間にコミュニケーションシステムを構築する可能性を開きはしたが,その速度が遅いのは,対話を成立させる符号化の仕方が間違っていると,彼が考えたことをこの宣言は示しているといえる.つまり,サザーランドが,コンピュータを用いて実現しようとするものが,単なるお絵かきプログラムではなく,ヒトとコンピュータとの対話の効率を最大にするための符号化の問題であることを見抜いていたからこそ,シャノンは彼の指導教授を引き受けたと考えられる.しかし,ヒトとコンピュータとの対話において,「タイプ」による対話を排除して,線画を導入することによって調整されるノイズとは一体何なのであろうか.次に,ヒトとコンピュータとの対話におけるノイズとは,何なのかを考えていく.

1 Ivan Sutherland, preface by Alan Blackwell and Kerry Rodden (September 2003). ‘Sketchpad: A Man-Machine Graphical Communication System’, Technical Report No. 574, University of Cambridge, UCAM-CL-TR-574, p. 3.
2 Ibid., p.3.
3 水野勝仁「マジック・メモとスケッチパッドにおけるイメージと痕跡の関係」『映像学』第76号,2006年.
4 H・ラインゴールド『新・思考のための道具』日暮雅通訳,パーソナルメディア,2006年,296頁.
5 Sutherland, Sketchpad, p. 33.
6 喜多千草「コンピュータグラフィクス黎明期」『d/SIGN』No.3,筑波出版会,2003年,98頁.
7 Lev Manovich, ‘Alan Kay’s Universal Media Machine’, http://www.manovich.net/index.html (2008.3.11)
8 西垣通『デジタル・ナルシス』岩波書店,1991年,160頁.
9 同上書,162頁.
10 ウィーナーとシャノンの論文で雑音を訳されている語が noise であり,また雑音という語は音との結びつきが強いため,本論文では,ノイズという語を用いる.
11 C・ E・シャノン,W. ウィーヴァー『コミュニケーションの数学的理論』長谷川淳・井上光洋訳,明治図書,1969年,43頁.
12 J・R・ピアース『記号・シグナル・ノイズ』鎮目恭夫訳,白揚社,1988年,64頁.
13 Sutherland, Sketchpad, p. 17
14 J・C・R・リックライダー「ヒトとコンピュータとの共生」『思想としてのパソコン』西垣通編・訳,NTT出版,1997年,133頁.

このブログの人気の投稿

インスタグラムの設定にある「元の写真を保存」について

「テクスチャーの裏側にあるかもしれない記憶」の進捗状況&シンポジウム再告知

授業ノート:ディスプレイ時代の芸術作品_ネット公開用

紀要論文「クリーンな色面に重ねられたテクスチャが生み出すあらたなマテリアル」(追記:2017/09/07)

TumblrとInstagramは粒度を膨張させることなく,たんたんと同じような粒度の情報が続いていく

身体|カーソル|イメージ:カーソルによって切り替えられる世界

授業ノート:ポストインターネット時代の芸術作品_ネット公開用

MASSAGE連載09_小林椋《盛るとのるソー》 ディスプレイを基点に映像とモノのあらたな「画面」状態をつくる

Poi vol.2 featuring Tomoya WATANABE

Poi Vol.1 featuring Nukeme_PDF