💬《I randomly love you / hate you》💬《Message》💬


《I randomly love you / hate you》についてブログ書いてから,さらに,この作品の「薄さ」というか,それが何を示しているのかが気になってきた.山形一生さんの《ミュータント・スライム》は表と裏とがあることが興味深いのだけれど,エキソニモの《I randomly love you / hate you》にも表も裏もなくて,一切の厚みがないような感じがある.それが何なのかはわからない.この前も書いたように,インターフェイスを切り出してきたものだからであろうか.では,いや,それはインターフェイスそのものではないのか? いや,生成されている映像といえば済むとも言われそうである.しかし,生成されている映像とは言っても,そこに厚みや深さを感じることはある.《I randomly love you / hate you》にはそのような気配が一切ないのが面白いと思う.山形さんにも《Message》というメッセージングアプリのUIを使った作品がある.この二つの作品を比較してもいいのかもしれない.



山形さんの《Message》はスクロールできることもあって,そこにはインターフェイスのレイヤーある感じがする.インターフェイスが一つの平面になっている.対して,エキソニモの《I randomly love you / hate you》はスクロールすることなく,生成される会話を見ているだけである.それゆえに,そこにはインターフェイスのかたちはしているけれど,それはかたちを借りているだけになっている.だから,そこにサーフェイスを感じるのかもしれない.また,《Message》には文字がなく,バルーンだけが表示されている.肝心の情報がないけれど,バルーンの配置でなんとなく話の盛り上がりがわかるような気がする.対して,《I randomly love you / hate you》では,生成された文字が一定のリズムで入力され続けている.

二つの作品に共通しているのは,入力中を示す「💬」である.ここではないインターフェイスで文字が入力されていることを示す💬.それを見ているとき,こちら側のインターフェイスは💬のためのサーフェイスになっている感じがある.向こうを思いつつ,こちら側では何もしない.ただ見て,待つ平面=サーフェイスがそこにある.

気配を向こうに感じつつも,こちら側にあり続ける平面がサーフェイスなのかもしれない.

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