恵比寿映像祭レビュー_触れ合うことがつくる不可視な場

第10回恵比寿映像祭「Mapping the Invisible[インヴィジブル]」のレビュー「触れ合うことがつくる不可視な場」を書きました.

このレビューは,展示冒頭のラファエル・ローゼンダールのレンチキュラーの作品からポール・シャリッツ《Shutter Interface》への流れが興味深いと考え,それがなぜなのかを永田康祐の《Sierra》が示す「インターフェイスの可触性」という観点から考えたものです.また,シャリッツの《Shutter Interface》でスツールが映写機とスクリーンを横から見える位置にソファーが置かれていたことも気になっていて,そこから,コンピュータがもたらしたインターフェイス以前/以後を考えるテキストにもなっていると思います.

このテキストを書いているときに公開された長谷川新による「ヴィジブルなものたち」では,ローゼンダールからシャリッツへの流れは,私が書いたものとは異なる解釈で書かれています.一つのレビューで明確に見えたものの裏で「インヴィジブル」になったものが,二つのレビューを読んだ人には見えてくるはずです.ぜひ,二つ合わせてお読みください.

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