恵比寿映像祭レビュー_触れ合うことがつくる不可視な場

第10回恵比寿映像祭「Mapping the Invisible[インヴィジブル]」のレビュー「触れ合うことがつくる不可視な場」を書きました.

このレビューは,展示冒頭のラファエル・ローゼンダールのレンチキュラーの作品からポール・シャリッツ《Shutter Interface》への流れが興味深いと考え,それがなぜなのかを永田康祐の《Sierra》が示す「インターフェイスの可触性」という観点から考えたものです.また,シャリッツの《Shutter Interface》でスツールが映写機とスクリーンを横から見える位置にソファーが置かれていたことも気になっていて,そこから,コンピュータがもたらしたインターフェイス以前/以後を考えるテキストにもなっていると思います.

このテキストを書いているときに公開された長谷川新による「ヴィジブルなものたち」では,ローゼンダールからシャリッツへの流れは,私が書いたものとは異なる解釈で書かれています.一つのレビューで明確に見えたものの裏で「インヴィジブル」になったものが,二つのレビューを読んだ人には見えてくるはずです.ぜひ,二つ合わせてお読みください.

このブログの人気の投稿

名古屋学芸大学メディア造形学部映像メディア学科での特別講義:「自己」を経由しない「処理」の高度化

Expanded Smooth

Surfin' に見たふたつのデスクトップ───永田康祐《Sierra》と山形一生《Desktop》

お仕事:ヒューマンインターフェースの歴史 :「よくわからない」から、身体で感じるコンピューターへ

「テクノロジーと表現論」(2026年度)の授業資料

アレゴリーを創造するプログラムという言語的記号

ナウシカの世界におけるメディア・コミュニケーション(3)

ぼわったしてもうひとつの力

IAMASでの勉強会_「The Word "Remix" is Corny.」と言えるけど,実際どうなの?

「サブシンボリックな知能」と Doing with Images makes Symbols