GIFについてのちょっとしたメモ

ちかごろGIFについてのテキストを立て続けに2本書いていて気づいたことというか,改めて考えたことのメモ.

まずは,GIFといっても静止画と動画では扱いが違う「差別」が起こっていること.これはCBCNETのラジオを聞いていて思ったことですが,まずはここから出発.静止画でも「スペーサーGIF」とかとても興味深い事例がある.GIF画像とGIFアニメとを分けて考える必要がある.では,分けることで生まれてくるGIF全体の見え方の変化はあるのか.

GIF画像だとJPEG画像との対比が出てくると思うですが,このふたつの画像を「語る位置」があるかなと.JPEGは画像単体で語られて,GIFだと画像が実際的に機能していることや,アニメとして流通している様子といったように画像単体ではあまり語られていないような気がする.

GIFアニメはGIFアニメだけを見ていてもだめかもしれないということ.Tumblrに流れているのだけがGIFアニメではないにしても,TumblrとセットでGIFアニメを考えることで,その質感を味わえるのではないか.「よく見る」とかいらなくて,ただリブログしていればいいよ.ただリブログボタンを押すか押さないか.その刹那的な感じ,一期一会の感じがGIFアニメなのかなと.

ジャーナリストの人たちもGIFアニメを使い始めてきており,それとポストインターネットのアーティストたちとの意識のちがいがあるのかないのか.そして,もしあるとしたらどのように異なっているのかということも考えてみたい.

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