「私」⇄「あなた」⇒「四人称」

「YouTube」では「私」が「あなた」となり.「Wii」で「私」が複数となって拡張していき「あなた」を呑み込んでいく.コンピュータを介すことによって,「私」と「あなた」の絶え間ない入れ替えが行われていく.さらに考えると,「YouTube」で「You」と呼ばれるのがヒトだとすると,ここでの「I」は,コンピュータによって構築されるシステムということになる.「私」=コンピュータは,いつでも「あなた」=ヒトを受け入れますよという状況が発生している.複数の「私」がシステムである「私」を作り上げ,「あなた」になる.ここでは,今まで確固とした中心であった「私」がひとつの「あなた」になっていると考えられる.そしてまた,個々の「あなた」となったヒトがシステムである「私」を通して,別の誰かと結びつき複数の「私」となり,それが再びシステムを介してその中の「あなた」になるといった感じで,コンピュータを介して,ヒトとの結びつきを繰り返す中で「私」と「あなた」を絶えず行き来して,その領域を拡張しいった結果として,そこには外部がない「四人称」的意識が生じると考えられる.

このブログの人気の投稿

メディアアート概論(2025年度水野担当分)の授業資料

矢印の自立

インスタグラムの設定にある「元の写真を保存」について

画面分割と認知に関するメモ

「非-用具的道具」?

2025年の振り返り🥸🦆

「グリッチワークショップ」を見学して考えたこと

メモ:「貧しい画像」はもうない

NICOGRAPH 2025で「エキソニモの《Body Paint》における立体視効果の生起条件と印象の変化」を発表しました

GIFとの遭遇:選択的認識と低解像度のデフォルメされた世界(6)