memo:safari 5.1|← →|chrome 15 beta

前回のエントリーを受けて書いた memo から. 

Chrome 15 beta のMac版だとスワイプすると矢印がでてページが戻ったり進んだりするのが興味深くて書いたのだけれど,どうもよくわからなかった.矢印の力はすごいなと思いつつ,それが行為と一致しないなかでも機能する.これらのズレを含んで自分に帰属しているという意識をもってしまうような,情報処理のプロセス.Chromeとユーザとの複合体による情報処理プロセスが生じている.なんかオリジナルな感じがするんですよねー.現実を模していない,行為をしているけれども,それを見ているだけにもなっているヒト.見ているだけでありながら,自分が行った行為をコンピュータが続行してしてくれている.しかも,自分の行為とは異なった方向で.行為の意図には沿っているけれども,そこから生じるイメージが異なるというか.異なると言っても,それはコンピュータ以前,ヒトと道具とのあいだでは想像出来なかったというだけで,今は実際に目の前に起こっている.それを受け入れている.

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