お仕事:インターネット・リアリティ・マッピング(3)「JODIとエキソニモ(後編)」 リンクを取得 Facebook × Pinterest メール 8/06/2014 DMM.makeでの連載「インターネット・リアティ・マッピング」の第3回の記事:ハッキングされているのはコンピュータか? それとも私たちか? が公開されました.今回はJODIとエキソニモを「身体」という軸で対比させたものです. よろしくお願いします! リンクを取得 Facebook × Pinterest メール
MASSAGE連載05_ iPadがつくる板状の薄っぺらい空間の幅 ─── 谷口暁彦「思い過ごすものたち《A.》」と「滲み出る板《D》」について 9/11/2016 MASSAGE での連載「モノとディスプレイとの重なり」の第5回「 iPadがつくる板状の薄っぺらい空間の幅 」が公開されました. いつもカバー画像を提供してもらっている 谷口暁彦 さんの作品「思い過ごすものたち《A.》」と「滲み出る板《D》」を取り上げて, 具体的な厚さもつ iPad というモノとそのディスプレイが示す実質的な厚さをもたないピクセル平面とのあいだにつくられる「 板状の薄っぺらい空間の幅 」について考えています. 「厚さをもつ/もたない」は存在論的な話ではなくて,ヒトの認識のことでしかない.けれど,そのヒトに見えている部分=認識をちょっとずつバグらせた結果として,存在そのものも変わるのかなと,ふと考えました.認識の変化が存在を変化させる,というか,その存在の物理条件を明らかにしていくような感じです. 次回もがんばります😊😊😊 続きを読む
なんかスカスカした気分です 12/01/2012 「ヱヴァンゲリヲン新劇場版: Q」を見たけれど,なにをここから考えればいいのかと思いつつ,鮮やかな同心円の煌めきだけにここに何かありそうだと思いつつ,それはGIFアニメに近いなと思いつつ,GIFがアメリカで「2012年の言葉」に選ばれて盛り上がりそうで,それはそれでよさそうなのだけれど,CBCNETのラジオから聞こえてきた「動画」と「画像」とのあいだの「GIF差別」って言葉もいいなと思いつつ,どれかを考えたいなと思って,何か書いてみてもなんかスカスカしていような感じがあって,手応えがないというか,多分インプットが足りないまま,アウトプットし続けていることが原因だと思われるのですが,それでも書いて,絞りきってみると,何か見えてくるかもしれないなと思いつつ. 続きを読む
「グリッチワークショップ」を見学して考えたこと 8/22/2011 東京藝術大学 芸術情報センター で8月20・21日に開催された公開講座「 グリッチワークショップ 」を見学しました. 「データを壊す」ってどういうことなんだろうと疑問から見学させてもらったのですが,とても興味深い内容でした. ucnv さん, 林洋介さんによるグリッジの技術的な講義と 針谷周作 さんによるグリッチの歴史とその可能性を示す講義といった,グリッチをめぐる技術と概念を端的に学べました.ワークショップ参加者は,技術を学んだあとに,グループごとに作品作りをしていたので,単に見学していた私よりもはるかに深く「グリッチ」のことを理解できたのではないかと思います.制作には参加しませんでしたが,私自身もこれから自分がメディアアートを考える上で役に立つような「グリッチ」という概念を得たような気がします. ここからはワークショップに参加した私の個人的な感想です. ucnv さんがグリッチの定義として「データは壊れているけれども再生できる」と言われていて,ここでの「壊れている」って何だろうと思いました. バイナリエディタで画像ファイルを開くと,その画像を構成しているデータが文字と数字ででてきて,この時点で自分的にはファイルが「壊れている」と感じてしまうわけですが,それは,画像を構成するデータの別の見え方であるわけです.「攻殻機動隊」や「マトリックス」で,緑の文字・数字が画面を覆い尽くすことのイメージや,概念では画像データを文字・数字で示すことは知っていても,バイナリエディタで画像ファイルを開くだけで,それが文字・数字ででてくると,やはりそれまでとは違って,やはりそうだったのかということを感じます.その文字・数字を適当なところで消したり,コピペなどで編集,保存して,その画像ファイルを画像として開くと,画像が変な感じになっている.バイナリエディタでやっていることは,自分の感覚からいうと「編集」という行為ですが,その結果生じた画像は「壊れた」と感じる.「編集」から「破壊」が生じるという変な感覚です.さらに,コンピュータにとっては別にそのデータが「壊れている」というわけではなくて,それをデータ通りに画像として表示しているわけです. 元画像 バイナリエディタで編集 (ちょっとした)グリッチ画像 コンピュータはデータは壊れ... 続きを読む
マジック・メモ:行為=痕跡=イメージの解体可能性 1/03/2010 フロイトは,自らの記憶と知覚のメカニズムに関する仮説のために,当時,売り出されていた玩具である,マジック・メモという装置を取りあげた.その理由は,この装置のイメージを表示する表面が,「いつでも新たな受け入れ能力を提供すると同時に,記録したメモの持続的な痕跡を維持するという二つの能力を備えている」2-11) からであった.フロイトは,「情報を無限に受け入れる能力と,持続的な痕跡の保存は,互いに排除しあう特性」2-12) と考えていたが,マジック・メモは,その相反する能力を同時に実現する装置であり,その構造は,次のように記されている. このマジック・メモは,暗褐色の合成樹脂あるいはワックスのボードに,厚紙の縁をつけたものである.ボードの上を一枚の透明なカバー・シートが覆っていて,その上端がボードに固定されている.このカバー・シートは,固定されている部分を除いて,ボードから離れている.この小さな装置でもっとも興味深いのは,このカバー・シートの部分である.このカバー・シートは二枚のシートで構成され,シートは二カ所の末端部分を除くと,互いに離すことができる.上のシートは透明なセルロイドである.下のシートは半透明の薄いパラフィン紙である.この装置を使用しない時にはパラフィン紙の下の面は,ワックス・ボードの上の表面に軽く粘着している.2-13) ここから,マジック・メモについてわかることは,大きく分けて,ワックス・ボードとカバー・シートという二つの部分から,この装置が構成されているということである.そして,カバー・シートは,透明なセルロイドの層と半透明の薄いパラフィン紙から構成されているので,全体としては,三層構造の装置ということになる.フロイトは,次に,この装置を使用するプロセスを詳細に述べている. このマジック・メモを使う際には,ボードを覆ったカバー・シートのセルロイドのシートの部分にメモを書く.そのためには鉛筆もチョークも不要である.受け入れ表面の上になにか物質を沈着させて記録を残すのではないからである.マジック・メモは,古代において粘土板や鑞盤に記録したのと同じ方式を採用しているのであり,尖筆のようなもので表面を引っ掻くと,表面がへこみ,これが「記録」となるのである.マジック・メモではこの引っ掻く動作は直接行われるのではなく,ボードを覆った二枚のシートを介して行われる... 続きを読む
サマーウォーズ:身体とアバターのデザイン(3) 7/22/2015 ポストシンボリックコミュニケーション 最後にOZのアバターのもうひとつの可能性を考えてみたいと思います.それは「コミュニケーション」についてです.今までの考察で暗黙に前提にしていたことがあります,それは今では多くの人が「インターフェイスの非対称性」を自分の感覚として持っているということです.作品のなかでも,若い人に限らず,老若男女誰もがOZにログインして,アバターを操作している.そして,作品を見ている人も特に何の違和感もなく「OZのアバター」といったものを受け入れられるし,それについて考えるもことができる.つまり,ゲームやコンピュータの体験:「インターフェイスの非対称性」が一般化した今だからこそ,サマーウォーズという作品は生まれたのです.このことの意味はしっかりと考える必要があります.次の引用は,マリオの生みの親として有名な任天堂の宮本茂さんの対談での細田さんの発言です. 細田 本当に,その社会情勢がもたらしたのがあの映画の設定だったと思うんです.そうじゃなければ,とてもああいう設定で普通の人が活躍するってことはできなかったと思いますね.アクション映画はやっぱり,特別な人が活躍するものみたいな部分があって.『マトリックス』じゃないけど,「キミは選ばれし人だ」とか言われないと活躍できない.でも,DSがこれだけ広まっているという世界的な状況があれば,DSや携帯も含めてそこからアクセスできる身近な道具を使うことによって,普通の人でも活躍できるアクション映画が成り立つんじゃないかと.(p.169) 「PLUS MADHOUSE 03:細田守」キネマ旬報社,2009年 ゲームやコンピュータが当たり前の存在となって,選ばれた誰かがヒーローになるのではなく,誰もがヒーローになれる作品が生まれた,というふたりの話はとても興味深いです.では,誰もがヒーローになれる作品の舞台になっているOZについて改めて考えてみたいと思います. 細田監督作品の特徴と言われる記号的表現.その効用のひとつが,色や形態などを単純化する記号を使うことで,表現にある種のスピード感が得られることだ.単純化とは表現力に制限を加えることだが,その反面,視認性がアップする.たとえばその性質は交通標識などによく現われていて,標識に向かい合った人間はその表示内容にすぐさま反応することが求めら... 続きを読む
スライド:情報美学概論A 第4回|ユーザ・インターフェイス|メディアアート|インターネットの歴史 1984ー1998 6/05/2011 東京藝術大学 芸術情報センター :情報美学概論A 第4回 ユーザ・インターフェイス|メディアアート|インターネットの歴史 1984ー1998→ スライド 年表みたいなもの ユーザ・インターフェイス|メディアアート|インターネットの歴史 1984-1998 (『 メディアアートの教科書 』の年表をもとに作成) 関連するメモ メモ:1984年から1998年のあいだ 参考資料 書籍 メディアアートの教科書 巻き戻された未来 映像 http://www.jeffrey-shaw.net/ http://www.courchel.net/ CAVE® - A Virtual Reality Theater - 1993 Interactive Plant Growing Knowbotic Research 視聴覚交換マシン A-Volve Music Plays Images X Images Play Music Beyond Pages Char Davies' Osmose ネットアート デヴィッド・ブレア《WaxWeb》 ダグラス・ディヴィス《World's Longest Sentence》 JODI《wwwwwwwww.jodi.org》 オリア・リアリナ《My Boyfriend Came Back From the War》 ビヨンド・インターフェイス開始@ウォーカー・アートセンター 続きを読む
「テクノロジーと表現論」(2026年度)の授業資料 6/04/2026 京都精華大学で「テクノロジーと表現論」という授業を担当しました。全7回で、表現の道具としてのコンピュータ、そのインターフェイスの歴史を辿る授業です。Sketchpad、マウスとカーソル、ウィンドウとデスクトップメタファー、ハイパーテキスト、スキューモーフィズムからフラットデザイン、Fluid Interfaces、そしてAIを順番に読んでいきました。 この授業を準備しながら、わたしはずっと渡邊恵太さんの『 融けるデザイン 』(2015年)を読み直していました。出版から10年。10年前の本を、いまのインターフェイス体験のなかで読み直していくと、不思議なことに、この本は「これまで」の本ではなく「これから」の本に見えてきました。 授業が終わってしばらくして、渡邊さん本人のこんなポストを見つけました。 最近は融けるデザインとは何だったかみたいな話し方にシフトしてる。さすがに10年過ぎて。そこの超軽工業への話をプラスして話す感じ。 ( @100kw のポスト ) これを読んだとき、「おお!」と思いました。渡邊さん本人が「融けるデザインとは何だったか」を10年後に読み直し、そこに超軽工業への話を足して話していたことを、わたしは半期の授業で、図らずもやっていたからです。もちろん、本人の語り直しとわたしの授業がそっくり同じというわけではありません。それでも、『融けるデザイン』(2015年)を読み直し、そこに『 超軽工業へ 』(2025年)を重ねていくという流れは、意図しないまま、このポストとよく似た形になっていました。 感覚的リアリティと意味的リアリティ 授業を振り返ってみます。第1回で、わたしはまず渡邊さんの「分けない」を紹介しました。 むしろ物質も結果的には体験であり、実は情報的に捉えられる。だから情報も物質も分けない設計ができる。 渡邊恵太『融けるデザイン』(2015年)、p. 40 確かに設計面では「情報も物質も分けない」ということが行われてきたのが、この10年でした。けれど、そこから生まれる体験のほうを考えると、話はもう少し込み入ってきます。情報も物質も分けない設計のもとで、うまくいった体験は、疑問の余地なく、一つのまとまりとして立ち上がってくれます。けれど、それは本当に一つのリアリティなのでしょうか。わたしには、感覚的リアリティと意味的リ... 続きを読む
「薄さ」を与えられた平面:藤幡正樹の作品における平面の諸相 3/03/2011 名古屋大学大学院文学研究科付属日本近現代文化研究センター が発行する『 JunCture 』第2号に「「薄さ」を与えられた平面:藤幡正樹の作品における平面の諸相」が掲載されました. この論文は藤幡正樹の作品《禁断の果実》《Beyond Pages》《未成熟なシンボル》における「平面」の性質を GUI の「平面」などとと対比しながら考察したものです. はじめに コンピュータと出会い、コンピュータ・グラフィクスにとりつかれてとうとう十年経ってしまった。私にとってアニメーションというメディアがコンピュータへの入り口であったなら、立体物を作ることはそこからの出口であるのかも知れない1。 このテキストは、アーティストの藤幡正樹が今から20年前に書いた「四次元からの投影物:デュシャンのオブジェからアルゴリズミック・ビューティーへ」の冒頭部分である。しかし、藤幡はこの立体物《禁断の果実》(1990)を作った後も、ZKMのパーマネントコレクションになった《Beyond Pages》(1995-97)ほかコンピュータを用いた作品を作り続ける。そして、いまでは日本のメディアアートを代表するひとりとなっている。 藤幡正樹と言えば、コンピュータを用いたインタラクティブな作品を誰もが思い浮かべる中、2006年にアニメーション作品《未成熟なシンボル》が発表される。自らコンピュータからの出口と書いた《禁断の果実》の制作後もコンピュータを使い続け、インタラクティブな作品で世界中の評価を得た藤幡が2、なぜインタラクティブではないアニメーション作品を作るのであろうか。 きっかけから言えば、平面性という問題なんです。トランプは平面でできています。写真などをはじめとするイメージ画像というものは、平面であることが前提になっていますので、平面的な物はイメージと実体のあいだの行き来が可能ですが、立体的な物は扱い難いんです。その意味で、テーブルとトランプという組み合わせは、イリュージョンを作りやすいということがあったんです3。 《未成熟なシンボル》をつくるきっかけのひとつに「平面性」の問題があったと藤幡は述べている。アニメーションという平面から作品を作り始めて CG に行き着き、CG を立体化した彫刻を作り、インタラクティブな作品を数多く作った後に、再... 続きを読む
思考実験:念力でものを動かす 11/08/2009 思考実験.例えば,マウスを右に動かすと思ったら,マウスが右に動く.手を使わずに,ただ動くだけ.念力とよばれているやつ.実際,今やってみても,マウスは右に動きません.ブレインインターフェイスが開発されて,試してみたとします.右へ,マウス右に動く.おおすげぇ,と思う.ペン,右手に.ペンが右手のところにくる.これは,脳の中で,ひとつの文が作られて,それに対応しているように思える.となると,二つのことの同時に行うことはできないのはないか.僕は,ふたつの文を同時に書くことも,話すことも,思うことも,今のところできない.でも,身体は,右手と左手で違うことが,同時に出来たりする.そのとき,どんな文が脳の中にあるのか. いや,頭の中に文が生じないとモノにアクセスできないと考える自体が間違っていると言われるかもしれない.もっとイメージで考えているのだと.でも,イメージで考えるとしても,やはりひとつずつものを動かすことしかできないのではないか.でも,イメージに頼らなくても,「すべて」とか「あのへんのもの」とか考えれば,一度に多くのものを動かすことができる.イメージで広い領域をとらえて,その中にあるものの動きを同時に考えることができば,同時に,並行的にものを動かすことも可能かもしれない.でも,モノを動かすとなると,なぜか,脳の中に,命令形がうかぶ.ペンを右へとか,そこの文鎮こっちへとか. なんか,考えるということが,何かを同時に動かすときにボトルネックになってきているような気がする.考える=意識にあげることが,多くのものを同時に,各々異なる動きをつけることを不可能にしているような.脳の中だけだったら,同時にバラバラに動くものを意識できているような気がする.けど,それを現実と結びつけるとなるととても難しい.目の前にある積み木が個別に動くように意識してみても,それは個別に動くもののそれぞれの動きを全体としてひとつにまとめたものを意識しているような気がする. ここまで考えてきて,なんかマウスとカーソルのつながりと,マルチタッチ・ジェスチャーのカーソルとは関係がなくなった,カーソルが全く動かずにディスプレイ上のイメージがいろいろと動くことが,思い浮かんできた.別にマウスでなくても,トラックパッドの方がいいのだけれど.1本の指のときは,カーソルと連動している.カーソル右へと指を右に動かすとカ... 続きを読む
Poi Vol.1 featuring Nukeme_PDF 3/23/2017 科研費「ポストインターネットにおける視聴覚表現の作者性にかんする批判的考察」研究グループは,2015年11月30日から12月21日にかけて,同志社女子大学京田辺キャンパス内 msc ギャラリーで開催された展覧会・Nukeme「Old School」を中心にして,ヌケメさんを特集した「Poi Vol.1 featuring Nukeme」を刊行しました. ヌケメさんを特集した科研費の報告書でもある「Poi Vol.1 featuring Nukeme」を各所で配布してきましたが,より多くの人に届いてほしいためPDFの配布も行いたいと思います.下のタイトルのリンク先にあるPDFは,「A4横1枚あたり2頁+小冊子」という設定でプリントしてステープラーで綴じてもらうと,実際の冊子の雰囲気が味わえます. よろしくお願いします. −− PDF版のPoiの置き場📚 https://shwca.se/poi Contents 1. Introduction 『Poi』創刊によせて(松谷容作) 2. Installation View Nukeme「Old School」展 3. Interview 《Old School》をめぐる対話 4. Lecture OS /テクスチャ/グリッチ 5. Workshop アイコンを彫る 6. Roundtable ポストインターネットをめぐって 7. Essay 破壊を引き伸ばし、デジタルデータと物理世界を干渉させてモアレをつくる(水野勝仁) 編集責任:松谷容作 ゲスト:Nukeme 編集:秋吉康晴、田川莉那、増田展大、水野勝仁 協力:二瓶晃、前田真由子 デザイン:増田展大 発行:2016/07/31 印刷・製本:株式会社太洋堂 主催:科学研究費基盤研究(C) 「ポストインターネットにおける視聴覚表現の作者性にかんする批判的考察」 研究課題番号:15K02203 研究代表者:松谷容作(同志社女子大学) 続きを読む