お仕事:メディア芸術カレントコンテンツへの記事_21

記事を書きました→Googleの新プロジェクト「Tango」と、Holly HernDon氏と谷口暁彦氏によるミュージック・ビデオ「Chorus」に見る「3Dモデリングという表現」の可能性

Googleの新プロジェクト「Tango」によって「3Dモデリング」という手法が表現のプラットフォームになっていくときにおそらく見えなくなっていくであろう「裏からの視点」というものを,Holly HernDon氏と谷口暁彦氏によるミュージック・ビデオ「Chorus」が示しているのではないか,ということを書きました.

谷口さんが行っている写真を撮るように3Dモデリングをしていくという行為[→日々の記録]は,ヒトとコンピュータがともにつくりだす「多視点性」という点でとても興味深い.「多視点性」というのは,ヴィレム・フルッサーがカメラとともにあらわれたテクノ画像の領域では,より多くの視点を取ることが重要になってくると指摘していたことを意識しています.谷口さんが行っていることはカメラ単体では不可能であったし,ヒトも見たことがなかったモノの「裏」からモノを見るというか,モノの表即裏という視点をつくりだしている点で,ひとつ視点をつけ加えているものだと思います.それは「3Dモデリング」にはつきものの視点であるから,谷口さんのオリジナルなものではないかもしれないけれど,日常の中にこの視点を取り入れるという視点がとても新鮮であり,モノの表即裏というコンピュータの演算によって生み出される視点を際立たせているのではないか,と私は考えてます.

カレントのテキストでは「親密さ」という言葉も出てくるのですが,それはヒトとコンピュータとがつくりだす世界における「親密さ」は「3Dモデリング」に現れる/記録されるのではないかということです.

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