他人のディスプレイに表示された,無造作でだらしないウィンドウの配置とその枠に記された情報を読むこと

美術手帖の8月号の特集は「写真2.0:パラダイムシフトを遂げる写真環境」.特集内でトーマス・ルフや新津保建秀『\風景』が取り上げられていたので,久しぶりに美術手帖を買って読んでみた.写真自体には興味がないのだが,「ポスト・インターネット」という私の今の関心のなかで一度自分なりに考えたことがあるJPEGの圧縮ノイズ:アーティファクトがひとつの特徴である写真集『jpegs』を出したトーマス・ルフと,新津保建秀のデスクトップのスクリーンショットを巧みに入れ込んだ写真『\風景』が取り上げられており,この特集のなかでこれらがどんな風に扱われているのかなという興味があった.


トーマス・ルフの方は,インタビューのなかで「jpegs」シリーズに少し触れられている程度で,あたらしく得たことはなかった.

新津保さんの方は作品が再構成されて掲載されており,再構成版の最後には複雑系研究者の池上高志さんのテキスト「\写真=写真」と美学研究者の星野太さんの「情報/欲望のアレンジメント」が載っており,とても勉強になった.

上記2つのテキスト読んで,自分が書いたテキストにツッコミを入れたもの

星野さんの写真に写っているものへの詳細な読みに対して,私は写っているものの細部はほとんどどうてもいいといような態度であったことに気付かされた.「\風景」の最初の写真はGoogle マップのものだが,私はその写真が「Google マップのスクリーンショット」であるというだけで,意識が「ネット」と「デスクトップ」と「写真」とのあいだを行き来するようになって,この写真集は「おもしろい」と思っていた.星野さんのテキストを読むまでは,そのマップが「不審者情報マップ」であることを知らなかった.星野さんは「不審者情報マップ」という言葉から,このスクリーンショットに折り重ねられた複数の視線を読み解いていくのであるが,私にとってそれは「Google マップのスクリーンショット」でしかなかったし,今でもそうである.
私の興味はディスプレイ上に映っているものにしかない.それがハードディスクから読み出されようが,クラウドからであろうが関係ないのかもしれない.ただGoogle Mapsがそこに写っていれば,それが「不審者情報マップ」であろうがなんだろうが関係ない.Google Mapsのスクリーンショットが写真集の最初のページに選ばれたことだけが重要.
これは自分で自分にツッコミを入れた際に書いたものである.「ハードディスク」と書いているのは,星野さんが『\風景』はフェイク・ドキュメンタリーとして読むことができると指摘して,「他人のハードディスクに保存された,無造作でだらしない欲望のシークエンスを読むことを,私たちは───少なくとも「私」は───切望している」と書いているからである.となると,私がディスプレイ上に表示されているイメージの内容ではなく,その大枠の形式しか見ないことは,「他人のディスプレイに表示された,無造作でだらしないウィンドウの配置とその枠に記された情報を読むことを,私たちは───少なくとも「私」は───切望している」ということになるだろうか.

だから,どうしたということでもないのだが,私は誰かの欲望をハードディスクに「覗き」込むのではなく,単にディスプレイに表示されるウィンドウの配置やファイルの整理の仕方を「眺め」たいのかもしれない.こうした気づきを与えてくれた,星野さんに感謝.

今回の美術手帖は「本が好き!」でも取り上げられていて,そこに特集全体の的確なまとめがされている→不穏な欲望を喚起する「人ならざる者」に撮影された写真の数々

で,この記事は写真から離れ,様々事象を結びつけていくのであるが,その結びつけから,私はとても刺激を受けた.「写真2.0」という特集であるから「写真」に留まらなければならないのはもっともなことであるのだが,上の記事を書いたナガタさんのツイート
「写真」は別に新しくない.問題系として新しいのは,旧来の写真を含めた映像や印刷物など,あらゆるメディアに浸透したデジタルイメージで,それに取り巻かれているという認識のある人にとってだけ,今回の特集は面白いはず.https://twitter.com/nnnnnnnnnnn/status/226124120616734720 
という認識が重要だと,私は考える.「写真2.0」の特集で,「写真」とは呼べないけれどデジタルイメージを扱っている作家や事象が扱われていると,さらに特集の厚みがでたのではないか.例えば,ナガタさんは梅沢和木さんを取り上げているが,私としては「ポスト・インターネット」界隈の作家で,「イメージオブジェクト」というアイデアを提示しいているアーティ・ヴィアーカントとか→アーティ・ヴィアーカント,デジタルネイティブ・アーティスト?

ということで,この問題意識をもって新津保建秀さんの『\風景』と,以前取り上げて全くその存在が分からなかった(→Petra Cortright わからない まあいいか!)ペトラ・コートライトの作品《System Landscape》その他を比較してみたい(近いうちに).

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