「影|映像|薄さ」に関する朧げなメモ

ブログを,10月になって全く書けていないことに気がついた,というか確認した.ということ,歩きながら思った.

そのとき,フト,「影」について考えみようと思った.「影」と「薄さ」について,二次元と三次元との変換装置としての「影」というか,この場合,変換装置は「光」になるのかな.「影|光|薄さ」,三つの項目が揃ったのかもしれないが,これで何か考えられるのかというと,難しいかもしれない.「影|光/映像|薄さ」として考えて見たらどうであろうか.「影|映像|薄さ」で考えられること.

行為についても考えたいというか,「行為を二通りの仕方で記述すること」を考えたい.これを「影|映像|薄さ」との関連で考えてみること.映像という次元変換装置と,それによって捨象される「影」,及び,それによって付与される「薄さ」.そこで起こる「行為」,及び,行為の記述の二重化.

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