メモ:メディアアートの保存|画像をめぐるあたらしい枠組み|3Dプリンタの想像力

http://www.docam.ca/en/about-cons.html

IAMASの研究紀要NO.5にあった明貫さんの論文に書かれていた「メディアアート」の保存に関する記述にグッときた.

コンピュータや電子テクノロジーを使用した作品が制作された当時の状態で動態保存することは,短期間で劣化することが想定される電子機器の特性から厳密には不可能である.また,データや磁気テープなど複製あるいは改変が容易なメディウムにおいては,古典的な意味での「オリジナル」という概念は適応しにくい.これらのことから,メディア・アートの可変的なオリジナリティ,あるいは作品足らしめるその「真正性(Authenticity)」を考慮すべき,という考え方が1990年代後半から実践されてきたメディア・アートの保存に関する研究成果の主流である.(p.28) 
明貫紘子「イアマス精神の保存───再解釈と継承」

デジタル・インターネットが一般化したあとの画像について考えて,そこで「オリジナル/コピー」とは異なる枠組みで画像を捉えようとしていている私としては,メディアアート保存の現場での試みや概念形成はとても有益なものになるのではないだろうかと思う.

水野勝仁「オリジナルからアルゴリズムとともにある「ソース」へ:常に変化していくデジタル画像を捉えるための枠組みの転換」名古屋芸術大学研究紀要,第35巻,pp.355-368,2014年3月 
インターネット上の画像は複製技術の延長にあるが,従来の枠組みで考え続けているとそこに生じつつある画像のあたらしい性質は捉えることはできない.そこで,従来の「フォルム」という枠組みではなく「アルゴリズム」という枠組みで画像を捉えると,画像が「ソース」と呼ぶべき複数の状態を遷移していく存在になりつつある兆候を見出すことができる.コンピュータとインターネットの登場によるデジタル画像の一般化は,画像を複製技術がつくりだした「オリジナル/コピー」という図式ではなく,「状態遷移」というあらたな枠組みのなかで捉え直す必要があることを示した.
ここにさらに「3Dプリンタの想像力」を書いた田中浩也さんによる「フィジタル」という情報と物質が等価になる世界を示す概念を加えてみても面白いかもしれない.

総じて次のような実感を持っています.かつて,カセットテープやコピー機の時代,すなわちアナログコピーでは,コピーをすればするほど,画質や音質が「劣化」してしまうものでした.しかしデジタルコピーの時代にになって,「まったく劣化しないコピー」という世界がやってきました.そこで「複製(コピー)」を巡るさまざまな問題が真剣に議論されるようになりました. 
さらに進んだファブリケーションにおいては,デジタルとフィジカルの「狭間」が存在するために,コピーしようとする際にも,必然的に,半強制的な「改変」,「修正」や「調整」が要求される事態となっています. 
このことをポジティブにとらえれば,データがさまざまな方向へ向けて「分岐」「派生」するという状況が半自然的に(もしくは半強制的に)促されていると言えないでしょうか. 
そして,より能動的に参加する人々が増えれば,データはだんだんと問題が克服され,種類が増えて冗長にもなり,より良くなっていきます.そうなれば,「コピーによる劣化」「コピーによる複製」の心配よりも先の世界が開けてきます.それは「コピーによる進化(分化)」とでも呼ぶべき,新しい文化現象です.(pp.220-221) 
田中浩也『SFを実現する:3Dプリンタの想像力』

デジタル後の画像のあり方を考えるために,メディアアートの保存と3Dプリンタを同列に扱っていってみると,そこにあたらしい領域が見えてくるような気がする.

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