お仕事:メディア芸術カレントコンテンツへの記事_11

記事を書きました→《Data Centers Grand Tour (This Data Belongs Here)》が示す地球の上の「データの場所」

Silvio Lorussoによる《Data Centers Grand Tour (This Data Belongs Here)》は,データが「ある」場所を示す作品です.私はこの作品を体験ときに「地球」を強く意識しました.しかし,そのときの「地球」はひとつではなくふたつです.ひとつは,スチュワート・ブランドの『ホールアースカタログ』でも表紙を飾った宇宙から撮影された「地球」.もうひとつは,Google Earthが示すような「青くて丸い地球」ではあるけれど,ズームインすることで,地図のように平面になってしまう「データによる地球」です.「データによる地球」は「earth.gif」とも関連をみつけられそうです.

また,最初は「データがある」ということを示すシンプルな作品だと考えていたのですが,テキストを書いていくと,とても複雑なものに思えてきました.例えば,「データがある」ということはどうゆうことなのか.そういったことを考えてみたのですが,結局はうまくまとまりませんでした.以下,ボツテキスト.

「インターネット」というもうひとつの世界を成立させているのが「データ」であることは確かだが,それが地球上のどこかにある「建物」にあることを意識させると同時にそれが衛星写真という俯瞰の映像で捉えられていることがとても興味深い.ストリートビューのような地上レベルの画像であっても,私たちはそこにデータの存在を認めるのであろうか.俯瞰であるからこそ,そこに「データがある」ことを認めるのだろうか. 
しかし,その「ある」をどのレベルに求めるのかを考え始めると混乱しはじめる.データセンターなのか,サーバーラックなのか,それともメモリーなのか.このように考えると,「データ」は今までのモノが「ある」という感覚と同じレベルでは存在しないのではないか.それでも,データをモノのように感じたいと,私たちは願うのではないだろうか.それが《Data Centers Grand Tour (This Data Belongs Here)》によって行われているデータにデータセンターという建物を与えることことだと考えられる.「データの物質化」をもたらすものが,衛星写真だけではなく「地図」というこれもまたモノではなく情報に結びついているところが興味深い.
また,データセンターはほとんどが四角い無機的な建物なのだが,イタリア(http://data-centers-grand-tour.it/)ではマンションのようなものが写真に映っているだけであり,見る人によってはデータが「本当にここにあるのか」という疑問を抱いたりするかもしれない.建物によってデータの存在が疑われるというのも面白い.


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