《断末魔ウス》を考えるためのメモ

物質とデータのあいだ|データと映像のあいだ
破壊という行為が,カーソルを動かす.つまり,モノの破壊が,ディスプレイ上でイメージを指さす行為になっている.破壊と指さしの間には「プログラム」がある.
http://twitter.com/mmmmm_mmmmm/status/16934401344

破壊されるマウスは二通りの仕方で表象に変えられる.1.破壊されるマウスを撮影した映像.2.破壊されるマウスからコンピュータに入力されるデータ.
http://twitter.com/mmmmm_mmmmm/status/16934424255

データ中心主義
プログラムによるコントロール.コードを破壊すること.破壊されるマウスからデータを取り出し再生させることで,破壊という行為のコードを無視してしまう.
http://twitter.com/mmmmm_mmmmm/status/16934456001

このブログの人気の投稿

インスタグラムの設定にある「元の写真を保存」について

Surfin' に見たふたつのデスクトップ───永田康祐《Sierra》と山形一生《Desktop》

《ゴット・イズ・デット》が示すインターネットの「不穏さ」

マジック・メモ:行為=痕跡=イメージの解体可能性

授業ノート:ポストインターネット時代の芸術作品_ネット公開用

[インターネット アート これから]の「これから」を考えるためのメモ_03

儚いソーシャル麻婆豆腐

MASSAGE連載10_谷口暁彦《夜だけど日食》と《透明感》@「超・いま・ここ」/ ディスプレイを軸に畳み込まれ、重なり合う複数の空間

「ソーシャル麻婆豆腐」がつくるそこにある「空白」

インターフェイス再考:アラン・ケイ「イメージを操作してシンボルを作る」は何を意味するのか.