カーソルがもたらすズレを考えるためのメモ

《断末魔ウス》でのカーソルはマウスと強く結びつき,ヒトの破壊行為を強く印象づける,モノの最後の苦しみを表す映像としてのカーソル.カーソルとマウスはいつも通りに一心同体な感じでつながっているが,ヒトの行為がズレている.指示ではなく破壊.
http://twitter.com/mmmmm_mmmmm/status/17321084283

《ゴットは、存在する。》でのカーソルは,作品によっていつも通り動いているものもあれば,消えてしまうもののある.動いているといっても,カーソルを動かしているのはヒトではない.文字通りモノがカーソルを動かす.カーソルが消えるヒトは何もできない.ヒトの役割がズレている.見るだけ.
http://twitter.com/mmmmm_mmmmm/status/17321344614

《↑》ではカーソルは現実世界にある.現実世界にある↑がウェブカメラで撮影されてディスプレイに映し出される.現実と映像との間のズレが起こる.ヒトは↑によって「あっちむいてホイ」と意識をねじ曲げられる.物理的に存在する↑を探すように,現実と映像とのズレを楽しむように意識をズラされる.
http://twitter.com/mmmmm_mmmmm/status/17321513073

このブログの人気の投稿

村本剛毅『Beautiful Medium』への寄稿

紀要論文「私はマウスにはなれないが、奇妙なシステムは体験できる。」が発行されました。

名古屋学芸大学メディア造形学部映像メディア学科での特別講義:「自己」を経由しない「処理」の高度化

Paddles ON! London に関してのいくつかのメモ

インスタグラムの設定にある「元の写真を保存」について

マジック・メモ:行為=痕跡=イメージの解体可能性

サマーウォーズ:身体とアバターのデザイン(3)

「インターフェイス」に意識を向ける(2)

「インターフェイス」に意識を向ける(1)

ゴットを信じる会《告白》について考えたことと,これからエキソニモとゴットのどちらを探るのだろうか?