テクスチャを透してモデルを見てみると:ポストインターネットにおける2Dと3D_発表メモ ver.2.37

テクスチャを透してモデルを見てみると:ポストインターネットにおける2Dと3D

1.偽造の惑星からGoogle Earthへ

フラクタルによって生成された「偽装の惑星」ではモデルとテクステャは分離不可である.そして,初期3DCGではテクスチャは3DCGの本質ではないと考えられていた.Google Earthは現実がイメージであることを示した.ここでは3Dモデルとテクスチャとは分離した別ものだと考えられているが,それらは「密着」している.そして,その「密着」ゆえにあたらしい表象となっている.

2.ポストインターネットにおけるテクスチャと3Dモデルの分離

インターネット上のイメージやそれが作り出す空間は,もはやハッキングやコーディングによって開拓しなければならない新大陸ではない.それは単に現実を構成する一つの素材であり,素朴だがフィジカルでリアルな“物質”のような,あるリアリティをもちはじめたように思われる.(p.119) 
ググっても出てこない,ぼくが知りうるネットアートについての歴史の断片,そして最近のこと 谷口暁彦 in IDEA No.366
インターネット上のイメージやそれが作り出す空間を構成する素材の解体がはじまる.その手始めとして,これまで密着していてあたかもひとつの「イメージ」として機能していた3Dモデルとテクスチャとが分離させられる.

3.テクスチャを透してモデルを見てみるいくつかの方法

立体・平面が絶対的なものでなくなり,立体は平面に包まれ,平面は立体に従って歪み・伸ばされるものになる.立体を包むために3D→2Dの座標変換が行われ,歪み・伸びた画像がテクスチャである.

テクスチャの貼り方
2次元の画像を3次元のオブジェクトに貼り付けるには,その座標変換を設定しなければなりません.ここでは,この変換の方式をテクスチャの貼り方として,いくつか紹介していきます.ソフトウェアによって多少呼び名や扱いが異なりますが,基本的な考え方は同じです.いつくか用意されている投影方式からそれらの特性を十分吟味して,オブジェクト形状にマッチするものを選び,投影する軸(XYZ),大きさ,タイリングなどを決め,できるだけテクスチャの伸びや歪みなどの不具合がない,あるいは,できるだけ目立たないように調整するというのが一連の流れになります.(p.28) 
テクスチャ教科書[Texture Imaging]武田哲也

3−1:テクスチャ on テクスチャ|クレメント・ヴァッラ《The Universal Texture》2012,《The Universal Texture Recreated (46°42’3.50″N, 120°26’28.59″W)》2014

ほとんどの場合,グーグルアースの二重の空間は意識されない.しかし,たまにこのふたつの空間が著しく異なり,事物が奇妙に,不安定に見え,平面がねじれるのである.しかし,それらは間違っているわけではない.それらはグーグルが地球をマッピングするために使っているシステム:ユニバーサル・テクスチャを明らかにする. 
The Universal Texture, Clement Valla


画像平面が示す事物の陰影をコンピュータが処理し3Dモデルを形成される.そして,そのモデルを覆うようにもとの画像がそのテクスチャに変換される.そのときのコンピュータの処理とヒトの認識のズレを取り出す.コンピュータとヒトとのあいだの処理・認識のズレが見られるテクスチャが「布=テクスチャ」に転写され,ウェブカメラで切り取られ,再び画像化される.その際,画像化されているのは,重力で歪んだ布であり,布にプリントされて布とともに歪むテクスチャなのである.


3−2:テクスチャとモデルとそのあいだの操作|ジョン・ラフマン《Brand New Paint Job》2013

Stephen Froese: デジタルモデルからフィジカル空間への移行における分離についての興味深いこともあります.特に,Palazzo Peckhamでのインスタレーションのようなものです. 
Jon Rafman: そのプロジェクトが失敗したひとつの側面は,それをつくるの多くの時間がかかって多大な努力をしたことだと,私は本当に思っています.どうやってつくるのかが難しくて,労働にメインフォーカスされたとき,私はそれがそれが嫌いでした.なぜなら,そのことは概念的身振りがもつ本来のシンプルさがうやむやにするからです.そうすると,それは単なる悪賢い偽装にになってしまうのです.時々,インスタレーションはアイデアというよりも偽装的なものに大きく傾くときがあります. 
http://jonrafman.com/PU_JonRafman.pdf

2Dテクスチャと3Dモデルとのあいだの操作とそこから生まれる解釈を考える.ボタンを押すような最小化された行為でモデルをテクスチャで包むことが理想であるが,リアル3Dモデルをテクスチャで覆うには「労働」が必要である.この「労働」ゆえに,3Dモデルと2Dテクスチャを並置するというアイデアは偽装的なものになってしまう.コンピュータ内でボタン一つで3Dモデルを包む2Dテクスチャ=絵画は,3Dモデルに従って伸び・歪む.3Dモデルはかたちをかえることはないが,その意味は表面のテクスチャによって変えられている.ラフマンはテクスチャとモデルの分離を前提としてそれらに操作を施し,そこに異なる意味をもたせて「セカンドライフ」と「ファーストライフ」のどちらにも明確に属すことがない理念的な空間をつくり続けている.


3−3:「見えないもののテクスチャ」の抽出谷口暁彦「Study for Sculpture」
非物質化の先にネットワークやインターフェースといった,目に見えないものによる立体性,彫刻性がありえるかもしれない.(p.90) 
ディスプレイの内/外は接続可能か? 谷口暁彦×HouxoQue in 美術手帖 2015年6月号
谷口はあたかも従うべき3Dモデルをもっていないようなテクスチャを提示する.それは「見えないもののテクスチャ」とも言えるようなものである.ヴァッラはテクスチャを「布」というテクスチャに転写して,モデルなのかテクスチャなのかを曖昧なままその存在を保持したのに対して,谷口はテクスチャのみを液化・硬化させることでそこに「モデル」を透かし見れるような映像を制作する.モデルのあるなしにかかわらず,テクスチャを液化・硬化させる実験のなかで,谷口はモデルを前提としない理念的なテクスチャを抽出し,そのテクスチャを透してはじめて見える「見えないもの」とそれを取り巻く空間を示す.

テクスチャを透してモデルを見てみると…  

そこにはリアルともヴァーチャルともいえないそれらが入り混じったあたらしい質感に満たされた理念的空間がひろがっていた?

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