ÉKRITS連載_インターフェイスからサーフェイスへ — スキューモーフィズム再考 - インターフェイスを読む #4


エクリでの連載「インターフェイスを読む」の第4回目「インターフェイスからサーフェイスへ — スキューモーフィズム再考」が公開されました.今回「読む」のは,副題にもあるように「スキューモーフィズム」です.

スキューモーフィズムをデスクトップメタファーからフラットデザイン・マテリアルデザインへのつなぎと考えるのではなく,「物理世界の表皮」として考えみたらどうなるだろうかと書いています.そして,スキューモーフィズムとともにスマートフォン📱という薄い板が物理世界とヒトとのあいだに入ってきており🤳,ヒトとコンピュータとのあいだにあるものが「インターフェイス🖥🖱⌨️」ではなく,単に「サーフェイス🏁」となって,ヒトとコンピュータと物理世界とが重なり合って,その重なりにおいて行為🙌が反射(リフレクション)✨するようになっているのではないか,ということを書いています.

連載1, 2回目が「🤚」,3回目は「👀」ときて,今回は「🏁」における反射✨からヒトとコンピュータとのあいだの行為を考えるテキストになっています.

よろしくお願いします🏁✨🤳

このブログの人気の投稿

2046年の携帯電話と2007年のスマートフォンのあいだにある変化(1)

メモ:「貧しい画像」はもうない

2024年の振り返り

インターフェイス再考:アラン・ケイ「イメージを操作してシンボルを作る」は何を意味するのか.

マジック・メモ:行為=痕跡=イメージの解体可能性

画面分割と認知に関するメモ

アンドレアス・グルスキー展を見て,谷口暁彦さんの習作《live-camera stitching》を思い出しました

インスタグラムの設定にある「元の写真を保存」について

「非-用具的道具」?

『表象18』の共同討議「皮膚感覚と情動──メディア研究の最前線」に参加