Petra Cortright は1986年生まれ.まったく意味がわかりません.彼女のページにいくと,延々と下にスクロールしないとならないけれど,それには何の意味もなくて,ただ「↓」に従って,下にスクロールしていくだけ.と思ったら,スクロールは勝手にしてくれていた! Petra はウェブカメラで自分のことを撮影して,そこにカメラ付属のデフォルトの効果を入れた映像を YouTube に投稿した作品《VVEBCAM》2007 で有名になったみたい.けれど,その作品は YouTube に削除されてしまっている.作品自体は, Rhizome で見ることができます.そこに解説があって,ウェブを見ているときの私たちの受動的な態度を...ということが書いてありますが,そんな説明をされても,やはりよくわからない.YouTube から削除されたのは,Petra がこの作品につけたタグが Tags: 1 10 100 2 3 50 9/11 adobe america anime Apple ass asshole Australia auto baseball basketball beaner Bitch bleach boobs bottomless boxing britney Bush capri cartoon cats center chink clinton clitoris cracker crocodile cunt Cut DBZ death dogs dragonball Ebay episode eyeshield21 factor fag faggot feces fight final fuck game gay girl gook grand halo hate hilton Hollywood honeymoon hot hunter hurt Iran Iraq Japan Jordan kill lady lesbian liberal lindsey live lohan Love maim man mice Microsoft murder naruto new News nig nigger niggers Nintendo note nude o'reilly old pain Paris perfo...
村本剛毅『 Beautiful Medium 』に「 私は何か大切なことを忘れているような気がする/Something at the core of my being feels absent 」を寄稿しました。 村本さんの《Imagraph》体験をもとに、〈視界〉と「視界」という二つの言葉で見るということを考えました。テキストを翻訳する過程で、視界の区別を明確する必要が出てきたため、〈視界〉=vision-after-seeing、「視界」=vision-before-seeing となりました。 英語で視界の区別を明確にして、vision-before-seeing と書いたときに、わたしは不思議な体験をしました。自分が見ているものから「見る」ということがなくなったのです。わたしの主観的な〈視界〉でもなく、スマホなどデバイスが世界を記録した[視界]でもない、ただの「視界」というものがあって、そこではわたしなしで「見る」ことが起こっているのではと感じたのです。とても怖くなりました。それは「世界が剥がれておちていく感じ」で、世界の底に触れてしまった、という感覚でした。 そのとき、村本さんの個展で《Training Wheels》を体験したときには、どうしてもそれをイメージすることができなかった「(これを通して、)見なさい、何もないと信じながら/ (Through this,)See, while believing that there is nothing.)を、わたしはとても強いリアリティを伴って、理解できてしまったのです。その理解とともに、わたしはわたしというものではなくなって、世界も世界ではなくなって、力となってしまったような気がしました。強烈な体験でした。 そのような体験をわたしにもたらしたテキストを掲載されている『Beautiful Medium』は、村本さんの サイト から購入できます。ぜひ、読んでみてください。