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建築夜楽校2018 シンポジウム「建築のインターフェイス」に参加します

10月2日に開催される 建築夜楽校2018・シンポジウム「建築のインターフェイス」 に参加します.モデレーターの 平野利樹 さんに声をかけてもらって,建築家の 青木淳 さんと美術家の 谷口暁彦 さんと話します.上の画像がシンポジウムに向けて,青木さんのルイヴィトン名古屋店と谷口さんの「滲み出る板」から一枚を壁紙に設定したもののスクリーンショットです. 「建築のインターフェイス」というタイトルなので,私は ÉKRITS で連載した「 インターフェイスを読む 」から「デスクトップメタファー」から「マテリアルデザイン」までの流れを話して,可能であれば「Fluid Interfces」にも言及できればいいかなと考えています.  シンポジウム「建築のインターフェイス」に向けて書いたnoteです.このあたりはディスカッションのときに活かせればと思っています. 037:「建築のインターフェイス」を考え始める 038:モノであり記号であり,記号でありモノであるようにインターフェイスを見る 040:ユラユラしながらネチャネチャしたサーフェイス 041:ふたつのサーフェイスのあいだで存在する空間 ーー 青木淳・谷口暁彦・水野勝仁 モデレーター 平野利樹  建築夜楽校2018 シンポジウム「建築のインターフェイス」 日本建築学会 建築文化週間 2018 2018年10月02日(火) インターフェイスとは、一般的にはコンピュータのディスプレイなどを指しますが、より広い定義としては「異なる概念的領域がつながる接点部分を指す語」(実用日本語表現辞典)です。つまり、インターフェイスの問題を考えることは、近年2回の建築夜楽校で議論してきた「連続(接続)と切断」の問題を発展させることに繋がります。 建築におけるインターフェイスの問題は、建築の歴史上さまざまな形として顕れてきましたが、ここではポストモダニズム以降から現代までに着目し、建築家、美術家、研究者をお招きすることで、建築におけるインターフェイスのあり方を議論します。 日程 2018年10月2日(火)18時~20時30分(開場17時30分) 出演 青木淳(建築家、青木淳建築計画事務所) 谷口暁彦(美術家、多摩美術大学講師) 水野勝仁...

MASSAGE連載03_サーフェイスから透かし見る👓👀🤳/浮遊するバラバラのサーフェイスがつくるバルクがマテリアルを拡張する

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MASSAGEの連載「サーフェイスから透かし見る👓👀🤳」,第3回「 浮遊するバラバラのサーフェイスがつくるバルクがマテリアルを拡張する 」を書きました✍️✍️✍️ 今回はGoogleの マテリアルデザイン の「サーフェイス」を追いながら,複数のサーフェイスの集合体が統合されるかたちでバルクが生じるということはあるのかということを考えています. カワイさんのカバーイラストは今回は,様々な高さのサーフェイスが連なっています.サーフェイスを貫きながら支える棒とサーフェイスの関係を考えると,不思議な感じになってきます.そして,高さだけではなく,手前と奥とのちがいが示すバラバラのサーフェイスがひとつの統合されたバルクの一部になっているようです🤔🤔🤔

科研費「アウタースペース/インナースペース/インタースペース・アートの美学」の研究報告会での報告

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研究分担者として参加している科研費「 アウタースペース/インナースペース/インタースペース・アートの美学 」の研究報告会(2018年8月20日@早稲田大学先端生命医科学センター)で報告をしました.報告の映画「ゼログラビティ」に関するもので,タイトルは「重力下で浮遊する微小重力表象をつくる」です.「ゼログラビティ」の撮影における「ライトボックス」と「ロボットアーム」の役割とその意義,および,ライトボックス内のリグに固定されたヒトとの関係を考察しました. 発表ノート: 重力下で浮遊する微小重力表象をつくる ゼログラビティの撮影方法から考えると,物理法則に基づいた計算で微小重力空間をコンピュータ内に設計して,その空間をライトボックスで物理空間に「移植」します.そして,移植された微小重力空間の光をライトボックス内のヒトに照射して,その光の反射をヴァーチャル・カメラの軌道を物理空間で再現するロボットアームに取り付けられたカメラが捉えます.さらに,捉えた光をコンピュータ内の微小重力空間の表象に貼り付けて,重力下にいるヒトが微小重力下で浮遊する表象が完成します.この計算で構成された仮想的な微小重力空間と重力下の物理空間との行き来がどんな意味を持つのかを考えています. 報告を終えてからの質疑応答で,撮影方法は複雑なのに出来上がった映画は普通に見れてしまうのはなぜだろうかという問いから,ヒトは視覚的に上下を把握しているだけではなく,体性感覚でも上下を把握しているなど有益なアドバイスを得ました.そして,研究代表者の前川修さんがコメントの際に言及していた  Cinema's Bodily Illusions: Flying, Floating, and Hallucinating   を早速買ってみたのですが,体性感覚について見る側からの考察がされてそうです.この本を読んで,見る側と制作側とを合わせたかたちで「重力下で浮遊する微小重力表象をつくる/見る」ことを考察していきたいです.

授業ノート:あなたは,いったい何を見ているのか?

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甲南女子大学文学部メディア表現学科2年生必修授業の「メディア表現発展演習Ⅰ」の授業ノートです.タイトルは「 あなたは,いったい何を見ているのか?」です.久保田晃弘さんと畠中実さんの『 メディア・アート原論 』の副題「あなたは、いったい何を探し求めているのか?」からとってきました. 授業ノート:あなたは,いったい何を見ているのか? 今回の授業構成は,まず何も解説せずに作品を学生に見てもらい,コメント・感想を集めました.次に,集めたコメント・感想をほぼすべて読み上げて,その後,作品に対する私の考えを述べました.最後に,学生に改めてコメント・感想を書いてもらいました. 最初は「わからない」と書いていた学生が,私の解説や他の学生のコメントを読んで,「少しわかった」「そんな見方があるのか」と作品理解のとかっかりを得て,最後のコメントを書くときには「わからない」が「少しわかる」という状態になって欲しいと考え,上のような授業構成にしました. 私のテキストとともに資料として,授業の重要な構成要素である学生のコメント,そして,最後のレポートも名前を伏せて載せてあります.

東京大学大学院講義「建築設計学第3」:建築と「もの」の振り返り

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建築家で東京大学大学院建築学専攻 隈研吾研究室 助教の平野利樹さんに誘われて,7月6日に東京大学大学院講義「建築設計学第3」:建築と「もの」でゲストレクチャーをしました.雨の中,聴きに来てくれた皆さん,ありがとうございます🙇‍♂️ レクチャーは,エクリでの連載「インターフェイスを読む」の第4・5回をGoogleの マテリアルデザイン を中心にまとめ直して,Appleの Designing Fluid Interfaces のスライドに書かれていた「A tool that feels like an extension of your mind」というテキストに言及して終わるものでした. レクチャーノート 🕋インターフェイス➡️サーフェイス➡️プリミティブなモノ レクチャーを終えて,平野さんの話しているときに,平野さんが一枚のスケッチを書きました.それは,発表で使われた大林寛さんの「 インターフェース、その混血した言語性 」のインターフェイスのファザードモデルと, akiramotomura さんが私のテキストを図解してくれた「 ヒトとコンピューター5(エクリから) 」の図の一つでした. インターフェース、その混血した言語性 ヒトとコンピューター5(エクリから) これら二つの図を書きながら,平野さんはグレアム・ハーマンから考えると,オブジェクトのサーフェイスで乱反射する行為の関係もまたオブジェクトになりますよね,ということを言われた. レクチャーしているときに,大林さんのインターフェイスのファザードモデルを使って,行為のリフレクション(反射)が起こると「光」を念頭において話しておきながら,その直後に,akiramotomuraさんの図を使って,行為が粘着的な感じで,コンピュータというモノのサーフェイスを引き伸ばすというのがどこか矛盾する感じがしていた.しかし,平野さんが私の目の前で書いてくれたスケッチは,その矛盾を解消するようなものであった.それを自分なりに解釈して書いたのが,次のスケッチです. ヒトとコンピュータとのあいだに行為のリフレクションが起こる.それは乱反射するように,ヒトとコンピュータとのとのあいだを満たして行く.行為がヒトとコンピュータとのあいだを充填し...

アバターズ・VRトークの振り返り

6月23,24日と連続トークをした.23日が国立新美術館で開催されたメディア芸術祭での アート部門 受賞者トーク:『アバターズ』 で,24日が 名古屋のGOLDEN ARTS CAMP (黄金4422.bldg.5F)で開催された VRトーク&ワークショップイベント「没入の宴 〜”俺の嫁”から”嫁が俺”へ〜」 でした. 23日のトークはモデレーターの阿部一直さんが議論をうまく回してくれたこともあり,とても充実したものになりました. 自分的には 菅野創さんと やんツーさんの《アバターズ》を振り返りながら, レーン・ウィラースレフの『ソウル・ハンターズ』と作品体験を重ね合わせて話せたのがよかったです. また,阿部さんが「ディスプレイを見ると言う体験は標準になっている」と言われて,さらに,菅野さんが《アバターズ》を次にどうしたいのかと言う問いに対して「HMDなどを使いたい」と言われていたのが,トークのあいだ気になっていました.そして,阿部さんが,最後に今日のトークの受けて「これからのメディアアートはどこに批評性は見出させるのか」と言う質問が,私に投げられました.そのとき,私は「ディスプレイ」と言う平面の体験にこだわることが批評性を持つのではないかと言うことを応えました.それは,私が「ディスプレイ」「サーフェイス」といった平面に拘っているからなのですが,それを差し引いても《アバターズ》はディスプレイという平面を通して見るからこそ,ヒトがモノになり切らずにいられるところもあるのかなと考えていたからです.それと,ディスプレイという平面の体験が標準化されていて,それも「見る」ことだけでなく,そこで何かしらの「行為をする」ことが標準化されているのであれば,これから5年くらいはまだディスプレイとともにヒトに蓄積された感覚を掘り返すと,あらたなものが出てくるのではないかとことを,トークを通して考えたからです.科学や工学ではなくアートだからこそ,標準化されたディスプレイという平面に蓄積された体験と感覚を時間をかけて掘り返すことができるのではないでしょうか. 24日のトークは,私の前に話した小鷹研理さんの話が面白くて,そのあとに話すは難しいなと思いつつの発表でした.トークのタイトルは「 パーティクル化する映像/身体/空間 」というもので,「パーティクル化」...

MASSAGE連載02_サーフェイスから透かし見る👓👀🤳/3DCGを切り取る「型」としてのバルクとサーフェイス

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MASSAGEの連載「サーフェイスから透かし見る👓👀🤳」,第2回「 3DCGを切り取る「型」としてのバルクとサーフェイス 」を書きました✍️✍️✍️ 山形一生 さんのディスプレイを用いた作品《Untitled(bird)》 ,《Untitled(stingray)》 と,アクリル板を用いた作品《ミュータント・スライム》を分析しながら,ディスプレイやアクリル板が「型」として,3DCGを切り抜いているのではないかということを書きました. カワイさんのカバーイラストは今回は,サーフェイスが丸められて筒状になって,その中にも筒状のサーフェイスがあってと,どこかサーフェイスが丸められると同時に,サーフェイスがバルクを切り抜いているように感じられます.今回のテキストでは四角いフレームとして「型」を考えていますが,丸い「型」のあり方もまた考える必要があると思います🤔🤔🤔