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artscape連載「メディアから考えるアートの残し方」の第1回でエキソニモにインタビューをしました

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artscapeで始まったメディアの視点からアートの保存,そして「作品」というあり方を捉え直す連載「メディアから考えるアートの残し方」の第1回でエキソニモにインタビューをしました.「メディアアートの輪廻転生」展を起点にして,エキソニモの話を聞きながら,私はメディア/インターフェイスと接する身体の感覚の保存はできるのだろうかという話をしています.編集を担当してもらった水野雄太さんのおかげで読みやすい流れになっています.ぜひ,お読みください😊
インタビュー準備のために書いたnote 032:作品の歴史における履歴としての死039:「Looking through(透かし見る)」のメディウム042:それもまた《Magnet TV》である043:「動的ふるまい」を生成するプラットフォームインタビュー収録の様子のスクリーンショットに映っている「⌛️エキソニモへの質問案

第9回甲南女子大学メディア祭で「LIVE」を開催します🔉

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第 9 回甲南女子大学メディア祭で「LIVE」を開催します🔉 東京からアーティストの山形一生さんをお招きしました😊
そして,ともに甲南女子大学で教えている西田彩ゾンビさんと馬場伸彦さんのユニット「ゾンババ」が登場します☺️

日時・2018 年 10 月 28 日(日) 14:00 -16:00
場所・8 号館 4 階 AV スタジオ
出演・山形一生 ,ゾンババ(西田彩ゾンビ+馬場伸彦)
連絡先:mmizuno@konan-wu.ac.jp
WEB:QRコード

【新版】UI GRAPHICS 成功事例と思想から学ぶ、これからのインターフェイスデザインとUX

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【新版】UI GRAPHICS 成功事例と思想から学ぶ、これからのインターフェイスデザインとUX に「思考とジェスチャーとのあいだの微細なインタラクションがマインドをつくる」というテキストを寄稿しました.また,2015年版から「メタファー、ボタン、テクスチャ、色面、ピクセル」と「GUI の歴史:インターフェイスは常に身体の中にあった…」の二つのテキストが再録されています.


書き下ろしの目次 ・Apple が目指す「流れるインターフェイス」 | 安藤剛 ・思考とジェスチャーとのあいだの微細なインタラクションがマインドをつくる | 水野勝仁 ・個人的なインタラクション | 萩原俊矢 ・ユーザーのウェルビーイングのためのUI/UX | ドミニク・チェン ・導線としての制約を作る | 菅俊一 ・動きとUI デザイン | 鹿野護 ・話法について | 有馬トモユキ ・UI の外在化とメタハードウェア | 渡邊恵太 ・世界観への期待を創るUI デザインとエクスペリエンサビリティを向上するUX | 須齋佑紀/津﨑将氏
目次を見ると気になる著者名とタイトルがずらりと並んでいて,私自身もこれらから読むのが楽しみです😊
今回,私が書くことになったテキストの最初の構想を編集の庄野祐輔さんに送ったメールの一部をここに置いておきます. -- インターフェイスの移り変わりは本当にはやいですね.
現在,インターフェイスで興味があるのは,周回遅れの感じがありますが,Apple Pencilで書くことです.正確に言うと,Apple Pencilでいくら書いても,そこにあるのはiPad Proの一枚のディスプレイということでしょうか.私は何を一体書いているのだろうということです.
でも,これだと今回の趣旨に合わないなと思っていたところで,今回のWWDC18でAppleが「Designing Fuild Interfaces」という発表しました.そのなかに「A tool that feels like an extension of your mind」という言葉があって,さらに「Interface that extend our minds」とありました.これ見たときに,もう「extension of your body」ではないのだなと思いました.マクルーハンの「内爆発」ともちがうことが起こっている.しかも,この発表は「指」しか…

建築夜楽校2018 シンポジウム「建築のインターフェイス」で使った資料と簡単な振り返り

インターフェイス🔁サーフェイス
建築夜楽校2018 シンポジウム「建築のインターフェイス」で使った資料です.最後の引用として使っている『GRAPHICS FOR UI UX』(10月19日刊行予定)に書いたテキスト「思考とジェスチャーとのあいだの微細なインタラクションがマインドをつくる」は発表時よりも引用を短くしました.気になった人はぜひ本を買ってください🙏
タイトルにもある通り「インターフェイス」のことを「サーフェイス」として捉えて考えても,実際にそれは「インターフェイス」であり続けるのであって,この行き来のなかで考えるしかないのかなということを,今回の改めて考えました.発表者の一人の青木淳さんがコーリン・ロウの「透明性」に言及しつつ,「リテラルなインターフェイス」と「フェノメナルなインターフェイス」という言葉が言っていたのが気になりました.そこから,「リテラルなインターフェイス」としてサーフェイスがあって,こちらの部分はあまり評価されてこなかったから,あえて,インターフェイスをリテラルにサーフェイスとして捉えることが重要なのではないかということを考えつつ,福尾匠さんの『眼がスクリーンになるとき』で提示されている「リテラル」と絡めて考えると面白いかもしれないなどと思っています.

追記:2018/10/05
シンポジウムで3人のレクチャーが終わり,次のディスカッションへの休憩時間のあいだに,青木さんの話を受けて,谷口さんが「フェノメナルな透明性」は様々な要素が入り込んでできるものだとすると,「フェノメナルなインターフェイス」は入出力以外の要素が入り込んでくると考えられて,とても興味深い,と言っていたのが気になっていたことを思い出したので,追記しておきます.確かに,「インターフェイス」はふたつの存在のあいだにだけあるものではなくて,もっと多数のあいだにも現れるものとしても考えられるかもしれない.

建築夜楽校2018 シンポジウム「建築のインターフェイス」に参加します

10月2日に開催される建築夜楽校2018・シンポジウム「建築のインターフェイス」に参加します.モデレーターの平野利樹さんに声をかけてもらって,建築家の青木淳さんと美術家の谷口暁彦さんと話します.上の画像がシンポジウムに向けて,青木さんのルイヴィトン名古屋店と谷口さんの「滲み出る板」から一枚を壁紙に設定したもののスクリーンショットです.
「建築のインターフェイス」というタイトルなので,私はÉKRITSで連載した「インターフェイスを読む」から「デスクトップメタファー」から「マテリアルデザイン」までの流れを話して,可能であれば「Fluid Interfces」にも言及できればいいかなと考えています. 
シンポジウム「建築のインターフェイス」に向けて書いたnoteです.このあたりはディスカッションのときに活かせればと思っています. 037:「建築のインターフェイス」を考え始める038:モノであり記号であり,記号でありモノであるようにインターフェイスを見る040:ユラユラしながらネチャネチャしたサーフェイス041:ふたつのサーフェイスのあいだで存在する空間 ーー 青木淳・谷口暁彦・水野勝仁 モデレーター 平野利樹  建築夜楽校2018 シンポジウム「建築のインターフェイス」 日本建築学会 建築文化週間 2018
2018年10月02日(火)
インターフェイスとは、一般的にはコンピュータのディスプレイなどを指しますが、より広い定義としては「異なる概念的領域がつながる接点部分を指す語」(実用日本語表現辞典)です。つまり、インターフェイスの問題を考えることは、近年2回の建築夜楽校で議論してきた「連続(接続)と切断」の問題を発展させることに繋がります。
建築におけるインターフェイスの問題は、建築の歴史上さまざまな形として顕れてきましたが、ここではポストモダニズム以降から現代までに着目し、建築家、美術家、研究者をお招きすることで、建築におけるインターフェイスのあり方を議論します。
日程 2018年10月2日(火)18時~20時30分(開場17時30分) 出演 青木淳(建築家、青木淳建築計画事務所) 谷口暁彦(美術家、多摩美術大学講師) 水野勝仁(インターフェイス研究者、甲南女子大学准教授) モデレーター:平野利樹(建築家、東京大学助教) (敬称略) 料金:無料 定員:300名 申し込みページ:https://www.aij…

MASSAGE連載03_サーフェイスから透かし見る👓👀🤳/浮遊するバラバラのサーフェイスがつくるバルクがマテリアルを拡張する

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MASSAGEの連載「サーフェイスから透かし見る👓👀🤳」,第3回「浮遊するバラバラのサーフェイスがつくるバルクがマテリアルを拡張する」を書きました✍️✍️✍️
今回はGoogleのマテリアルデザインの「サーフェイス」を追いながら,複数のサーフェイスの集合体が統合されるかたちでバルクが生じるということはあるのかということを考えています.
カワイさんのカバーイラストは今回は,様々な高さのサーフェイスが連なっています.サーフェイスを貫きながら支える棒とサーフェイスの関係を考えると,不思議な感じになってきます.そして,高さだけではなく,手前と奥とのちがいが示すバラバラのサーフェイスがひとつの統合されたバルクの一部になっているようです🤔🤔🤔

科研費「アウタースペース/インナースペース/インタースペース・アートの美学」の研究報告会での報告

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研究分担者として参加している科研費「アウタースペース/インナースペース/インタースペース・アートの美学」の研究報告会(2018年8月20日@早稲田大学先端生命医科学センター)で報告をしました.報告の映画「ゼログラビティ」に関するもので,タイトルは「重力下で浮遊する微小重力表象をつくる」です.「ゼログラビティ」の撮影における「ライトボックス」と「ロボットアーム」の役割とその意義,および,ライトボックス内のリグに固定されたヒトとの関係を考察しました.
発表ノート:重力下で浮遊する微小重力表象をつくる
ゼログラビティの撮影方法から考えると,物理法則に基づいた計算で微小重力空間をコンピュータ内に設計して,その空間をライトボックスで物理空間に「移植」します.そして,移植された微小重力空間の光をライトボックス内のヒトに照射して,その光の反射をヴァーチャル・カメラの軌道を物理空間で再現するロボットアームに取り付けられたカメラが捉えます.さらに,捉えた光をコンピュータ内の微小重力空間の表象に貼り付けて,重力下にいるヒトが微小重力下で浮遊する表象が完成します.この計算で構成された仮想的な微小重力空間と重力下の物理空間との行き来がどんな意味を持つのかを考えています.
報告を終えてからの質疑応答で,撮影方法は複雑なのに出来上がった映画は普通に見れてしまうのはなぜだろうかという問いから,ヒトは視覚的に上下を把握しているだけではなく,体性感覚でも上下を把握しているなど有益なアドバイスを得ました.そして,研究代表者の前川修さんがコメントの際に言及していた Cinema's Bodily Illusions: Flying, Floating, and Hallucinatingを早速買ってみたのですが,体性感覚について見る側からの考察がされてそうです.この本を読んで,見る側と制作側とを合わせたかたちで「重力下で浮遊する微小重力表象をつくる/見る」ことを考察していきたいです.