投稿

MASSAGE連載03_サーフェイスから透かし見る👓👀🤳/浮遊するバラバラのサーフェイスがつくるバルクがマテリアルを拡張する

イメージ
MASSAGEの連載「サーフェイスから透かし見る👓👀🤳」,第3回「浮遊するバラバラのサーフェイスがつくるバルクがマテリアルを拡張する」を書きました✍️✍️✍️
今回はGoogleのマテリアルデザインの「サーフェイス」を追いながら,複数のサーフェイスの集合体が統合されるかたちでバルクが生じるということはあるのかということを考えています.
カワイさんのカバーイラストは今回は,様々な高さのサーフェイスが連なっています.サーフェイスを貫きながら支える棒とサーフェイスの関係を考えると,不思議な感じになってきます.そして,高さだけではなく,手前と奥とのちがいが示すバラバラのサーフェイスがひとつの統合されたバルクの一部になっているようです🤔🤔🤔

科研費「アウタースペース/インナースペース/インタースペース・アートの美学」の研究報告会での報告

イメージ
研究分担者として参加している科研費「アウタースペース/インナースペース/インタースペース・アートの美学」の研究報告会(2018年8月20日@早稲田大学先端生命医科学センター)で報告をしました.報告の映画「ゼログラビティ」に関するもので,タイトルは「重力下で浮遊する微小重力表象をつくる」です.「ゼログラビティ」の撮影における「ライトボックス」と「ロボットアーム」の役割とその意義,および,ライトボックス内のリグに固定されたヒトとの関係を考察しました.
発表ノート:重力下で浮遊する微小重力表象をつくる
ゼログラビティの撮影方法から考えると,物理法則に基づいた計算で微小重力空間をコンピュータ内に設計して,その空間をライトボックスで物理空間に「移植」します.そして,移植された微小重力空間の光をライトボックス内のヒトに照射して,その光の反射をヴァーチャル・カメラの軌道を物理空間で再現するロボットアームに取り付けられたカメラが捉えます.さらに,捉えた光をコンピュータ内の微笑重力空間の表象に貼り付けて,重力下にいるヒトが微小重力下で浮遊する表象が完成します.この計算で構成された仮想的な微小重力空間と重力下の物理空間との行き来がどんな意味を持つのかを考えています.
報告を終えてからの質疑応答で,撮影方法は複雑なのに出来上がった映画は普通に見れてしまうのはなぜだろうか,間内でヒトは視覚的に上下を把握しているだけではなく,体性感覚でも上下を把握しているなど有益なアドバイスを得ました.そして,研究代表者の前川修さんがコメントの際に言及していた Cinema's Bodily Illusions: Flying, Floating, and Hallucinatingを早速買ってみたのですが,体性感覚について見る側からの考察がされてそうです.この本を読んで,見る側と制作側とを合わせたかたちで「重力下で浮遊する微小重力表象をつくる/見る」ことを考察していきたいです.

授業ノート:あなたは,いったい何を見ているのか?

イメージ
甲南女子大学文学部メディア表現学科2年生必修授業の「メディア表現発展演習Ⅰ」の授業ノートです.タイトルは「あなたは,いったい何を見ているのか?」です.久保田晃弘さんと畠中実さんの『メディア・アート原論』の副題「あなたは、いったい何を探し求めているのか?」からとってきました.

授業ノート:あなたは,いったい何を見ているのか?
今回の授業構成は,まず何も解説せずに作品を学生に見てもらい,コメント・感想を集めました.次に,集めたコメント・感想をほぼすべて読み上げて,その後,作品に対する私の考えを述べました.最後に,学生に改めてコメント・感想を書いてもらいました.

最初は「わからない」と書いていた学生が,私の解説や他の学生のコメントを読んで,「少しわかった」「そんな見方があるのか」と作品理解のとかっかりを得て,最後のコメントを書くときには「わからない」が「少しわかる」という状態になって欲しいと考え,上のような授業構成にしました.

私のテキストとともに資料として,授業の重要な構成要素である学生のコメント,そして,最後のレポートも名前を伏せて載せてあります.

東京大学大学院講義「建築設計学第3」:建築と「もの」の振り返り

イメージ
建築家で東京大学大学院建築学専攻 隈研吾研究室 助教の平野利樹さんに誘われて,7月6日に東京大学大学院講義「建築設計学第3」:建築と「もの」でゲストレクチャーをしました.雨の中,聴きに来てくれた皆さん,ありがとうございます🙇‍♂️
レクチャーは,エクリでの連載「インターフェイスを読む」の第4・5回をGoogleのマテリアルデザインを中心にまとめ直して,AppleのDesigning Fluid Interfacesのスライドに書かれていた「A tool that feels like an extension of your mind」というテキストに言及して終わるものでした.

レクチャーノート 🕋インターフェイス➡️サーフェイス➡️プリミティブなモノ

レクチャーを終えて,平野さんの話しているときに,平野さんが一枚のスケッチを書きました.それは,発表で使われた大林寛さんの「インターフェース、その混血した言語性」のインターフェイスのファザードモデルと,akiramotomuraさんが私のテキストを図解してくれた「ヒトとコンピューター5(エクリから)」の図の一つでした.


これら二つの図を書きながら,平野さんはグレアム・ハーマンから考えると,オブジェクトのサーフェイスで乱反射する行為の関係もまたオブジェクトになりますよね,ということを言われた.
レクチャーしているときに,大林さんのインターフェイスのファザードモデルを使って,行為のリフレクション(反射)が起こると「光」を念頭において話しておきながら,その直後に,akiramotomuraさんの図を使って,行為が粘着的な感じで,コンピュータというモノのサーフェイスを引き伸ばすというのがどこか矛盾する感じがしていた.しかし,平野さんが私の目の前で書いてくれたスケッチは,その矛盾を解消するようなものであった.それを自分なりに解釈して書いたのが,次のスケッチです.

ヒトとコンピュータとのあいだに行為のリフレクションが起こる.それは乱反射するように,ヒトとコンピュータとのとのあいだを満たして行く.行為がヒトとコンピュータとのあいだを充填して埋めていき,それが凝固することで,モノとしてのコンピュータを覆うソフトウェアを,ヒトが引き伸ばしすことになるのではだろうか.関係そのものをオブジェクトとして考えるハーマンのように,ヒトとコンピュータとのあ…

アバターズ・VRトークの振り返り

6月23,24日と連続トークをした.23日が国立新美術館で開催されたメディア芸術祭でのアート部門 受賞者トーク:『アバターズ』で,24日が名古屋のGOLDEN ARTS CAMP (黄金4422.bldg.5F)で開催されたVRトーク&ワークショップイベント「没入の宴 〜”俺の嫁”から”嫁が俺”へ〜」でした.
23日のトークはモデレーターの阿部一直さんが議論をうまく回してくれたこともあり,とても充実したものになりました.自分的には菅野創さんとやんツーさんの《アバターズ》を振り返りながら,レーン・ウィラースレフの『ソウル・ハンターズ』と作品体験を重ね合わせて話せたのがよかったです.
また,阿部さんが「ディスプレイを見ると言う体験は標準になっている」と言われて,さらに,菅野さんが《アバターズ》を次にどうしたいのかと言う問いに対して「HMDなどを使いたい」と言われていたのが,トークのあいだ気になっていました.そして,阿部さんが,最後に今日のトークの受けて「これからのメディアアートはどこに批評性は見出させるのか」と言う質問が,私に投げられました.そのとき,私は「ディスプレイ」と言う平面の体験にこだわることが批評性を持つのではないかと言うことを応えました.それは,私が「ディスプレイ」「サーフェイス」といった平面に拘っているからなのですが,それを差し引いても《アバターズ》はディスプレイという平面を通して見るからこそ,ヒトがモノになり切らずにいられるところもあるのかなと考えていたからです.それと,ディスプレイという平面の体験が標準化されていて,それも「見る」ことだけでなく,そこで何かしらの「行為をする」ことが標準化されているのであれば,これから5年くらいはまだディスプレイとともにヒトに蓄積された感覚を掘り返すと,あらたなものが出てくるのではないかとことを,トークを通して考えたからです.科学や工学ではなくアートだからこそ,標準化されたディスプレイという平面に蓄積された体験と感覚を時間をかけて掘り返すことができるのではないでしょうか.
24日のトークは,私の前に話した小鷹研理さんの話が面白くて,そのあとに話すは難しいなと思いつつの発表でした.トークのタイトルは「パーティクル化する映像/身体/空間」というもので,「パーティクル化」は『オーバー・ザ・シネマ 映画「超」討議』で,平倉圭…

MASSAGE連載02_サーフェイスから透かし見る👓👀🤳/3DCGを切り取る「型」としてのバルクとサーフェイス

イメージ
MASSAGEの連載「サーフェイスから透かし見る👓👀🤳」,第2回「3DCGを切り取る「型」としてのバルクとサーフェイス」を書きました✍️✍️✍️

山形一生さんのディスプレイを用いた作品《Untitled(bird)》 ,《Untitled(stingray)》 と,アクリル板を用いた作品《ミュータント・スライム》を分析しながら,ディスプレイやアクリル板が「型」として,3DCGを切り抜いているのではないかということを書きました.
カワイさんのカバーイラストは今回は,サーフェイスが丸められて筒状になって,その中にも筒状のサーフェイスがあってと,どこかサーフェイスが丸められると同時に,サーフェイスがバルクを切り抜いているように感じられます.今回のテキストでは四角いフレームとして「型」を考えていますが,丸い「型」のあり方もまた考える必要があると思います🤔🤔🤔

アート部門 受賞者トーク:『アバターズ』の告知🗣とメモ✍️(追記へのリンクあり)

イメージ
告知🗣
第21回文化庁メディア芸術祭 アート部門 受賞者トーク:『アバターズ』に出演します. — ウェブブラウザからログイン(「憑依」)することで各オブジェクトを「アバター」として操作することができ,オブジェクトの知覚世界を疑似的に体験できる作品について作者自身が語るトークイベント.
日時:2018/06/23 (土)  17:30 - 19:00  会場:国立新美術館[3階 講堂]
出演: 菅野 創 [アート部門優秀賞『アバターズ』] やんツー [アート部門優秀賞『アバターズ』] 水野 勝仁 [アート部門選考委員/甲南女子大学文学部メディア表現学科准教授] Speakers: So KANNO [Art Division, Excellence Award "Avatars"] yang02 [Art Division, Excellence Award "Avatars"] MIZUNO Masanori [Art Division Selection Member and Associate Professor, Konan Women's University]
モデレーター:阿部 一直[アート部門審査委員/キュレーター/アートプロデューサー] Moderator:ABE Kazunao [Jury Member of Art Division, Curator and Art Producer]

メモ✍️
文化庁メディア芸術祭で,アート部門 受賞者トーク: 《アバターズ》に参加することになった.YCAMの「バニシング・メッシュ」展で《アバターズ》が展示されたときに,レビューを書いているので,再度,《アバターズ》について考えることになっている.
菅野創さんとやんツーさんは,《アバターズ》を語るときに.ヤーコプ・フォン・ユクスキュル「環世界」を使って,作品を説明していたように思う.確かに,《アバターズ》はモノとヒトとのあいだの環世界を行き来するのかもしれないなと思いつつ,私はレビューで「物理世界」と「仮想世界」という言葉を使うだけで,「環世界」という言葉を使わなかった.それはなぜだったのだろうか,ということを考えている.
菅野創+やんツーは《Avatars》で,インターフェイスという膜でヒトの物理世界とモノの物理世界とを取り囲み,ヒトとモノとの重…