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2月, 2018の投稿を表示しています

メモ_融けるデザインとexUI:渡邊恵太さん

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融けるデザインとexUI:渡邊恵太さんhttps://soundcloud.com/takramcast/xui?utm_source=soundcloud&utm_campaign=share&utm_medium=twitter

渡邊恵太さんのexUIというアイデアが面白かった.ハードのインターフェイスをすべてスマートフォンに担わせてしまって,ハード自体には電源ボタンしかないようにしてしまう.そうすると,まさにハードはサーフェイスしか持たないことになる.スマートフォンが物理ボタンを持たないようなサーフェイスになっていくと同時に,家電などもまたインターフェイスをスマートフォンに外在化して,単なるサーフェイスを持つようになる.ハードウェアのインターフェイスを外在化させたとき,インターフェイスの支持体としてのハードウェアではなくて,ハードウェアの支持体としてのインターフェイス=ソフトウェアが生まれてくるのではないか.ハードウェアがメタ化したときのデザインはどんなものになっていくのだろうか.ハードウェアからインターフェイスがなくなり,サーフェイスとなるのは興味深い.
メモのWorkflowyバージョン 融けるデザイン理系にも文系にも届く中庸的な本にしたかったデザイン論ではなく設計論にした今,考える「自己帰属感」自己帰属感を下げるのが面白い死刑執行室ボタンが3つ誰が押したか分からないようにしてある自己帰属感を下げている

Poi vol.03 「いつか音楽と呼ばれるもの」のその後 ───作品、作者性、聴衆───/ゲスト:城一裕 

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Poi vol.03  2/23(金)19:00-配信開始 「いつか音楽と呼ばれるもの」のその後  ───作品、作者性、聴衆─── ゲスト:城一裕 
聞き手:秋吉康晴、水野勝仁 主催:ポストインターネットにおける視聴覚表現の作者性にかんする批判的考察 — Poiは第1回がNukemeさん,第2回が渡邉朋也さんと来て,第3回は城一裕さんです! 
私のなかで城さんはエキソニモにも感じる「インターネットっぽい」人です.それは,さまざまな人をつなげる場をつくっているということから主に感じるのですが,作品においてもNukemeさん,渡邉さんにはあまり見られない「参加性=時間と空間の共有」が「理念としてのインターネット」を体現をしている感じがあります.これらのことから,私は城さんをポストインターネット以前と以後をつなぐ人だと考えています.
今回は「ポストインターネット」という言葉が言われはじめた2008年に,城さんが「情報生態論―生きるためのメディア SITE ZERO/ZERO SITE [2]」に書いた「いつか音楽と呼ばれるもの 試論」を手掛かりにして,The SINE WAVE ORCHESTRAの活動を振り返りつつ,「いつか音楽と呼ばれるもの」のその後を探っていきます.

ハロー・ワールド展 トーク・シリーズためのメモ

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12日に水戸芸術館で開催されている「ハロー・ワールド ポスト・ヒューマン時代に向けて」展で,エキソニモのお二人,砂山さん,キュレーターの山峰さんとトークをしました.

エキソニモの新作を含め,いろいろと考えたいことはあるのですが,そこはゆっくりと考えることにして,ここにはトークのためにつくった自分のためのメモをおいておきます.

トークではあまり言及できませんでしたが,千房さんがCBCNETに書いたスマートフォンのスクリーンの位置に関するテキストから,自分と世界とスクリーンとの関係をエキソニモ作品ごとに考えています.

Hello world talk memo

ここまで書いていて,エキソニモが今回展示した作品全てでディスプレイが2つ使われていたことも考えるべき問題なのだろうと思いました.

《キス、あるいは2つのモニタ》では,2つのディスプレイが重ね合わされている.
《I Randomly Love You/Hate you》《Live Stream》では,2つのディスプレイがパラレルに壁にかけられている.





artscape_イメージ主導で生まれるあたらしいオブジェクト ──ポスト・インターネット以降のイメージの流通から考える

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artscape高尾俊介さんといっしょに「イメージ主導で生まれるあたらしいオブジェクト ──ポスト・インターネット以降のイメージの流通から考える」を書きました.編集者の水野雄太さんからのお題が「ポスト・インターネット以降のイメージの流通」だったので,ポスト・インターネットを振り返りつつ,2018年におけるイメージとオブジェクトの話をしています.水野さんの丁寧な編集とW水野に挟まれた高尾さんによる実践的かつクリティカルなテキストによって,読みやすく,かつ,興味深いテキストになっています😊

これ読んでから水戸芸術館で開催されている「ハロー・ワールド ポスト・ヒューマン時代に向けて」展で実際にエキソニモの《キス、もしくは2台のモニタ》を見たり,ヒト・シュタエルの《他人から身を隠す方法:ひどく説教じみた.MOVファイル》などを見るとおもしろいと思います👀
「イメージがオブジェクトの支持体となっているのです。」、、、!😳 https://t.co/U9Ql93lu7d — にわあやの (@aya_carry) 2018年2月15日
アーティストのにわさんがツイートしてくれたこの部分は,自分でもまだしっかりとは理解できていないのですが,エクリでの連載「インターフェイスを読む」の最終回「場に顕れるソフトウェア、隠れるオブジェクト」 で書いた「ハードウェアの上に成立していたソフトウェアがハードウェアを包み込むサーフェイスとなる」につながっていると思います.これまでとは異なるパースペクティブでイメージとオブジェクトを見ることが求められているような気がします💡

そして,渡邊恵太さんの以下のツイートにも関係するかもと考えています📡

1)とにかくこれまでの事象を全部ソフト、プログラムでやる 2)その出力の機能性能、体験性能が追従するかは大事(例3Dプリンタ) 3)インタフェース、インタラクション手法が大事 — 渡 邊 恵 太 (@100kw) 2018年2月11日 3は、全部ソフトでやろうとすると、こんな方法じゃそれできないよ!毎回プログラム書くの?話になるところに、ユーザインタフェースを提供したりインタラクション設計が入ってきて、おおこれなら今までと同じような直感的な方法でもできるね。しかもデータは残るしUndoできるしコピーもできる、となる — 渡 邊 恵 太 (@100kw) 2018年2月…

ÉKRITS連載_場に顕れるソフトウェア、隠れるオブジェクト - インターフェイスを読む #5

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エクリでの連載「インターフェイスを読む」の最終回「場に顕れるソフトウェア、隠れるオブジェクト」が公開されました.今回「読む」のはフラットデザインとマテリアルデザインです.

連載1, 2回目が「🤚」,3回目は「👀」ときて,4回目は「🏁」における反射✨となって,最後は絵文字し難いハードウェを包み込む「ソフトウェア」,あえて絵文字にすると🍩という感じでしょうか.穴のあるドーナッツを積み込むチョコレートな感じでしょうか.

ここまでが最終回のテキストです.一度,テキストを読んでみてください📖📖📖

よろしくお願いします🏁✨🤳


⌚️📱📲💻⌨️🖥🖱


最終回になりましたが,どうしても流れのなかで書けなかったことを,次のステップの少し書き残しておきます💡💡💡

エクリ編集部のおかげで連載を最後まで書ききることができました.書きたいことは連載のテキストにすべて書いたので,ここには最初から意識していたけれど,どうしても書けなかったことを書いてみたいです.それは,落合陽一さんの「コロイドディスプレイ」についてです.




落合さんは「コンピューテーショナル・フィールド」という言葉で,場を統一的に操作することを提案・実装しています.私がそこで一番興味を持ったものが「コロイドディスプレイ」でした.シャボン膜を超音波で微細に制御して,光の反射や屈折を変えて,そこに映像を投影できるようにしてしまう.まさに「魔法」のような作品です.

ここではモノとイメージとが同じように存在しているように感じられます.シャボン膜に触れると壊れてしまうという儚さ,持続のなさがイメージのように感じられるのです.しかし,それはモノであることは確実です.でも,映画のスクリーンやコンピュータのディスプレイとは異なり,イメージ表示面がなくなってしまうことが起こる.イメージとともにスクリーン・ディスプレイが消えてしまうことが,モノとイメージとが重なり合った存在であることを示すのです.コンピュータを基点として,ソフトウェアでモノを微細にコントロールして,モノのサーフェイスを変えてしまうのは,今回触れたフラットデザインとマテリアルデザインにも通じるところがあります.ソフトウェアとハードウェアとは単に機械的に,情報的につながっているのではなく,そこに意味の連関を付与することで,ソフトウェアがハードウェアを覆うということが起こ…