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10月, 2018の投稿を表示しています

第9回甲南女子大学メディア祭で「LIVE」を開催します🔉

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第 9 回甲南女子大学メディア祭で「LIVE」を開催します🔉 東京からアーティストの山形一生さんをお招きしました😊
そして,ともに甲南女子大学で教えている西田彩ゾンビさんと馬場伸彦さんのユニット「ゾンババ」が登場します☺️

日時・2018 年 10 月 28 日(日) 14:00 -16:00
場所・8 号館 4 階 AV スタジオ
出演・山形一生 ,ゾンババ(西田彩ゾンビ+馬場伸彦)
連絡先:mmizuno@konan-wu.ac.jp
WEB:QRコード

【新版】UI GRAPHICS 成功事例と思想から学ぶ、これからのインターフェイスデザインとUX

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【新版】UI GRAPHICS 成功事例と思想から学ぶ、これからのインターフェイスデザインとUX に「思考とジェスチャーとのあいだの微細なインタラクションがマインドをつくる」というテキストを寄稿しました.また,2015年版から「メタファー、ボタン、テクスチャ、色面、ピクセル」と「GUI の歴史:インターフェイスは常に身体の中にあった…」の二つのテキストが再録されています.


書き下ろしの目次 ・Apple が目指す「流れるインターフェイス」 | 安藤剛 ・思考とジェスチャーとのあいだの微細なインタラクションがマインドをつくる | 水野勝仁 ・個人的なインタラクション | 萩原俊矢 ・ユーザーのウェルビーイングのためのUI/UX | ドミニク・チェン ・導線としての制約を作る | 菅俊一 ・動きとUI デザイン | 鹿野護 ・話法について | 有馬トモユキ ・UI の外在化とメタハードウェア | 渡邊恵太 ・世界観への期待を創るUI デザインとエクスペリエンサビリティを向上するUX | 須齋佑紀/津﨑将氏
目次を見ると気になる著者名とタイトルがずらりと並んでいて,私自身もこれらから読むのが楽しみです😊
今回,私が書くことになったテキストの最初の構想を編集の庄野祐輔さんに送ったメールの一部をここに置いておきます. -- インターフェイスの移り変わりは本当にはやいですね.
現在,インターフェイスで興味があるのは,周回遅れの感じがありますが,Apple Pencilで書くことです.正確に言うと,Apple Pencilでいくら書いても,そこにあるのはiPad Proの一枚のディスプレイということでしょうか.私は何を一体書いているのだろうということです.
でも,これだと今回の趣旨に合わないなと思っていたところで,今回のWWDC18でAppleが「Designing Fuild Interfaces」という発表しました.そのなかに「A tool that feels like an extension of your mind」という言葉があって,さらに「Interface that extend our minds」とありました.これ見たときに,もう「extension of your body」ではないのだなと思いました.マクルーハンの「内爆発」ともちがうことが起こっている.しかも,この発表は「指」しか…

建築夜楽校2018 シンポジウム「建築のインターフェイス」で使った資料と簡単な振り返り

インターフェイス🔁サーフェイス
建築夜楽校2018 シンポジウム「建築のインターフェイス」で使った資料です.最後の引用として使っている『GRAPHICS FOR UI UX』(10月19日刊行予定)に書いたテキスト「思考とジェスチャーとのあいだの微細なインタラクションがマインドをつくる」は発表時よりも引用を短くしました.気になった人はぜひ本を買ってください🙏
タイトルにもある通り「インターフェイス」のことを「サーフェイス」として捉えて考えても,実際にそれは「インターフェイス」であり続けるのであって,この行き来のなかで考えるしかないのかなということを,今回の改めて考えました.発表者の一人の青木淳さんがコーリン・ロウの「透明性」に言及しつつ,「リテラルなインターフェイス」と「フェノメナルなインターフェイス」という言葉が言っていたのが気になりました.そこから,「リテラルなインターフェイス」としてサーフェイスがあって,こちらの部分はあまり評価されてこなかったから,あえて,インターフェイスをリテラルにサーフェイスとして捉えることが重要なのではないかということを考えつつ,福尾匠さんの『眼がスクリーンになるとき』で提示されている「リテラル」と絡めて考えると面白いかもしれないなどと思っています.

追記:2018/10/05
シンポジウムで3人のレクチャーが終わり,次のディスカッションへの休憩時間のあいだに,青木さんの話を受けて,谷口さんが「フェノメナルな透明性」は様々な要素が入り込んでできるものだとすると,「フェノメナルなインターフェイス」は入出力以外の要素が入り込んでくると考えられて,とても興味深い,と言っていたのが気になっていたことを思い出したので,追記しておきます.確かに,「インターフェイス」はふたつの存在のあいだにだけあるものではなくて,もっと多数のあいだにも現れるものとしても考えられるかもしれない.