2015年の振り返り


2015年にはこの投稿を含めて63本の記事を書いています.2014年が76本だったから,結構減ってしまいました.しかも,今年はボツ原稿を上げたシリーズもあったので,実質はもっと少ないことになります.

お仕事としては,2月にメディア芸術祭で「“ニュー”メディアアートの現在地~バイオアート×ネットアート×ハイブリッドアート 」というトークを行い,5月に日本映像学会第41回大会で「テクスチャを透してモデルを見てみると:ポストインターネットにおける2D−3D」という発表をして,そのあとに書き仕事で,美術手帖6月号「ポスト・インターネット」特集MASSAGE10に「ポスト・インターネット的表現と「調整レイヤー」という不恰好なメタファー」というテキストを寄稿したりしています.

ほっと一息ついたら,今度は神保町にあるSOBOでの展覧会「Vacant Room」で,企画・展示設計を行ったucnvさんとトークしました.そこで考えたのが「デジタルな現象をそのまま扱うということは,モダニズム的な態度 」ということでした.そして,大学の同僚の馬場先生とやっている新/視覚芸術研究会「デジタルメディア時代の視覚と世界変容。出来事、記憶、身体の行方」 で「デジタル時代の物質性 あるいは 単にPhotoshopのブラシ あるいは 単にブラシ」という問題提起を行いました.

そして,今年一番の仕事はウェブメディアÉKRITSに「メディウムとして自律したインターフェイスが顕わにする回路」を寄稿したことです.ここで論じた問題意識で,エキソニモと谷口暁彦さんの作品に関する論文を書き上げたいです.

今年はトークする機会が多くて,THE COPY TRAVELERSヌケメさんともトークをしました.いくらやってもトークは慣れません.THE COPY TRAVELERSはポストインターネットやメディアアートとは違う文脈で活動しているグループなので,トークはアウェイな感じになるかなと思ったら,文脈が違うからこその差異が際立って,学ぶところが多いトークになりました.ヌケメさんとのトークは,私が参加している科研費「ポストインターネットにおける視聴覚表現の作者性にかんする批判的考察」研究グループの企画で行いました.このトークを受けて,来年はじめはヌケメ論を書くことになります.

さらに,東京都現代美術館で開催されている展覧会『“TOKYO”───見えない都市を見せる』のカタログに「ポストインターネットにおける3つのデフォルト:OS/イメージ・オブジェクト/オンラインギャラリー」というテキストを寄稿しました.「ポストインターネット」というのはボツ原稿の数だけパラレルに存在するんだと思います.

そして,『UI GRAPHICS』に「メタファー,ボタン,テクスチャ,色面,ピクセル」と「GUIの歴史:私たちがデザインしてきたインターフェイスは常に身体の中にあった…」を寄稿しました.インターフェイスについて考えることはとても面白いし,インターフェイスを考えて実装している人たちの言葉はとても刺激的です.

2015年を振り返ると,トークのためのノートやテキストを結構書いていたなと思います.けど,論文や著作は書けていないので,2016年にがんばっていきたいです.

論文や著作にまとまるかは自分次第ですが,ÉKRITS編集部が「アートにおけるインターフェイス」というお題を与えてくれたり,『UI GRAPHICS』への寄稿だったりで,「インターフェイス」について,博論「GUI の確立にみる「ディスプレイ行為」の形成過程 」やエキソニモの作品と「カーソル」を論じた論文「あいだを移行する「↑」──エキソニモ《断末魔ウス》、《↑》におけるカーソルの諸相── 」GUI の確立にみる「ディスプレイ行為」の形成過程 以来,改めて考えることができたのが2015年の大きな収穫なので,2013年からの宿題である「スピリチュアル」と結びつけて,次につなげていきたいです.

このブログの人気の投稿

インスタグラムの設定にある「元の写真を保存」について

ÉKRITS連載_スケッチパッドで「合生」される世界 - インターフェイスを読む #2

IAMASでの勉強会_「The Word "Remix" is Corny.」と言えるけど,実際どうなの?

MASSAGE連載02_「光の明滅」というディスプレイの原型的性質

紀要論文「クリーンな色面に重ねられたテクスチャが生み出すあらたなマテリアル」

ディスプレイと物理世界との重ね合わせと物理世界から外れたディスプレイ:「一枚の絵の力」の永田さんと山形さん

ÉKRITS連載_最小化するヒトの行為とあらたな手 - インターフェイスを読む #1

「動詞から名詞へ,名詞から動詞へ」という感覚の切り替え

研究者として以前より「自由になった」という感覚があります

「Generated X [生成されたX]」の気配