ナウシカの世界におけるメディア・コミュニケーション(3)

ガンシップの速度計
ナウシカの世界における「見える」に関してもうひとつ興味深いところが,ガンシップのコクピットの速度計です.この速度計は,私たちがよく知っているように「時速◯◯㎞」と数字で表示されていません.何かが燃えているような5つの玉があって,その燃え方の具合で,速度を読み取っています.私たちは普段,車のスピードを数字で把握します.だから,道路標識にも制限速度「50」などと書いてあるわけです.標識の「50」と速度計の「50」をあわせる.これは簡単にできそうです.しかし,ナウシカが乗っているガンシップの速度計では,このように「50」と「50」を合わせるといったようなことはできません.なぜなら,数字で示されていないので,玉の燃え方でなんとなく合わせるしかないからです(そもそも戦闘機なので制限速度に合わせるということ自体がないですが…).あくまでなんとなく「今はこのくらいスピード」で飛んでいるとわかればいい.そして,ナウシカの世界では,それでまったく問題ないので,これでいいのでしょう.

ガンシップの速度計にも,信号弾や鏡の通信と同じように,「知覚を直接行うこと」が重要だというナウシカ世界のあり方が示されていると考えられます.速度を数字で時速〇〇㎞と示すことは,誰にでも分かる方法です.しかし,その速さを生み出しているエンジンの状態を数字は何も表していません.エンジンが激しく動いていても,速度計にはただ「100」などの数字が表示されるだけです.もちろん現在の飛行機のコクピット,車のダッシュボードには速度計以外にも多くのメーターがついていて,それらの数字を読み取って,機体の状態を確認しているわけです.ガンシップの場合は,エンジンが激しく燃えていると速度計の玉も激しく燃えて,そしてスピードもでます.ナウシカはエンジンの状態が速度へと変換された数字を見ているのではなく,エンジンの状態そのもの,つまり速さを作り出しているおおもとの実体の状態を直接見ているといえます.これは,私たちの世界での速度計とは全く異なる表示の在り方です.もちろん,私たちも速度計などの数字だけで判断しているわけではなく,エンジンの音とか匂いとかを直接感じとって,判断している部分もあります.しかし,それらの情報は常にインターフェイスの「外」,つまり環境に置かれたままなのです.インターフェイスの「中」に示される情報は,環境から「切断」されたものなのです.と言っても「完全」に切断されていたら,それは全く意味がないものになってしまうので,必要な情報以外のノイズを「できる限り」切断するように,現在のインターフェイスは設計されています.最小限のつながりまで環境から「切断」されているという意味で,私たちが接しているインターフェイスが示す情報は直接的なものではないのです.

インターフェイスが示す世界観
現在の自動車の速度計とガンシップのそれとの違いは,とても些細なことように見えますが,そこには世界観の違いを読みとることができます.私たちの世界では,とても細かい部分まで明確に分かりやすく示すための努力が至るところで行われています.その結果として,メーターを含むインターフェイスだけで,必要な情報が手に入るようになっています.しかし,それは環境がもつノイズをシャットダウンした結果なのです.対して,ガンシップの速度計から得られるのはあくまでもだいたいの速度の目安を示すものでしかありません.だから,速度をしっかり把握するには,外の環境との関わりの中で,自分で情報を読み取っていかなければなりません.それらは「数字」で表示されない,とてもノイズの多い情報だといえます.雑多な情報を丸ごと呑み込んで,そこから必要な情報を精製していくことが,ナウシカの世界では求められています.メーターを含んだインターフェイスだけでは情報は完結せずに,外の環境から得られる情報との関係の中で,それらをすべて知覚する人が情報を精製していくのです.情報を得るところが,インターフェイスのみで完結しているか,それともインターフェイスに加えて外の環境との繋がりも必要かで,私たちの思考のあり方は大きく異なってきます.現在の私たちは,より分かりやすい情報を求めて,知らず知らずに環境との関係をできるだけ「切断」して考えるようになっています.この考えを推し進めたのが,コンピュータだといえます.コンピュータは外の世界をできるだけ細かく分節化して取り込んで,数値データとすることで利用します.ここでコンピュータが利用するデータは外の世界との関係が限りなく「切断」されています.だから,とても自由に扱うことができるのです.対して,ナウシカの世界の人びとは,環境とのつながりの中で情報をつくりだし,その結果,自らの思考を外へと開いていって,直接世界に触れているようにみえます.ここにはコンピュータを必要とする世界観が存在する余地がありません.すべては直接的なのです.ナウシカの世界の人びとは,コンピュータを必要とする世界,言い換えれば「環境との関係をぎりぎりまで断って,より細かい情報を必要とする世界」に生きていないのです.

ナウシカの世界では,伝えられるメッセージがいくら変換されていようとも,最後は伝えることをそのプロセスも含めて直接見ます.私たちの世界では,メッセージを変換して,最後もできるだけ「わかりやすい」かたち:数字や言葉に変換して表示されます.ここでは表現する環境と情報とのあいだのつながりが「切断」されたかたちで示されます.逆にいえば,ナウシカの世界では環境と情報とは常につながっているのです.だから,ナウシカは耳を澄ませば,環境の存在に気づき,その中に位置する情報の源としての実体に辿りつけるのです.すべて環境とのつながりで情報を提示するナウシカの世界では,私たちがよく思い浮かべるような環境から「切断」された情報という考えが成立しません.私たちの世界でも,このような環境から「切断」された情報という考えは成立してはならないものです.なぜなら私たちの世界においても,情報は,それが最小限のつながりでしかないにしても,必ず環境と結びついているのです.しかし,「切断」こそが情報,つまり環境から切り離されているからこそ情報というのが,現在の私たちの大きな考えになっています.そしてこのような意思のもとで「情報社会」が作られているのならば,私たちにとっての情報とは,たとえそれが環境との関係を保っていても,やはり環境から「完全に」切断された存在と見なされ,そのような存在になっているのです.私たちは環境と「完全に」情報が切断されているという考えから抜け出すために,インターフェイスが示している環境との微かなつながりを見つけ出し,そこを拡大していかなければならないのです.

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