ポスト・インターネットのなかに「幸村真佐男」を置いてみる

幸村真佐男→youpy/ライダー・リップス/パカー・イトー/Tumblr/JOGGING/reretlet→幸村真佐男?

幸村真佐男とyoupy
幸村真佐男




幸村真佐男展/LIFE LOGー行雲流水ー
幸村がこれまでに日常的に撮り溜めてきた300万枚に及ぶ写真.その全ての写真を秒30コマのフレームに落とし込み,約27時間30分間の映像化を目指す.http://n-mark.com/projects_kohmura.html 


幸村真佐男は「写真」を撮り続けているのか?
LIFE LOGー行雲流水ーのトークで「デジタル写真はコンピュータ・グラフィックス」と言われていたのが印象に残っている.




「世界」をプログラム可能な画像へと置き換える.
2014.2.11(祝) 愛知芸術文化センター主催. AACサウンドパフォーマンス道場特別公演「The SINE WAVE ORCHESTRA」撮影:Yuichi Okazu Ito


youpy

youpy:(約)1600万色を入れる予定で.でもいまは500万色ぐらいかな.
渡邉:まあこういうかたちで,1色1色って言ったらいいんですかね……
youpy:そうですね.
千房:RGBの数値を一個ずつずらして,全部上げてくっていうことですよね.
渡邉:256の3乗(=1,677,216)色ってことですね.Flickrという写真共有サーヴィスの上で,そういうことをやっている.いま,世界で一番写真がアップロードされているんでしたっけ?
youpy:Flickrでたぶん一番上がってる.
(一同爆笑)
youpy:これって実際のプログラムは10行ぐらいなんですよ.でも,そんな簡単なものでこれだけインパクトあるものができるのが,インターネットのすごいところだと思って. 

かれは,自分と写真機を区別することがもはや無意味であるような,複雑な動きのなかに在るのだ.そうした動きのなかで下される決定は,〈人間的〉でもなければ〈機械的〉でもなく,装置+オペレーター複合体の決定である. 
テクノコードの誕生,ヴィレム・フルッサー 

写真家は障壁にぶつかるたびに,彼がとる観点は「対象」に集中していることと,装置は彼に無数の多くの別の観点を可能にしているということを発見します.彼は「対象」にはそれを見る観点が多数あるとともにそれらは等価であることを発見するのです.そして,問題なのはその中からとくに優れた観点をとることではなく,可能な限りの多くの観点を実現することであることを発見します.彼の選択は,したがって,質的な種類のものではなく,量的なものです.「より良きものではなく,多くものを体験せよ」.(p.49) 
写真の哲学のために,ヴィレム・フルッサー


幸村真佐男:カメラのシャッターを押すという行為を300万回以上行う
>カメラ−コンピュータという装置のプログラム「より多くの視点を取ること」を内蔵化して,ヒト−コンピュータ複合体となる
>身体が介在する

youpy:10行程度のプログラムによって500万ちかくのアップロード
>ヒト−コンピュータ複合体としての行為を抽象化し,コンピュータに外注する
>身体を排除する

>>コンピュータという装置の特性を自分のなかに入れ込んでひとつのヒト−コンピュータ複合体として機能することは変わらない.

《LIFE LOG》はタイトルの文字通り「これは幸村先生が生きている時間なんだな」ということでしょうか.膨大な画像が「永遠とも思える宇宙的スケール」と結びつきつつ,最終的には幸村先生そのものがコンピュータとともにあるヒトの現時点でのひとつの極限(もうひとつがyoupyさん?)として現れているといえます.
「幸村真佐男展/LIFE LOGー行雲流水ー」を見た


プログラムするにも身体は必要
ライダー・リップス
独立(ビジネスオーナー)のことを心配して,(技術,未来について)すぐうんざりしてしまうコンセプチュアル・アーティストだね(p.84)MASSAGE 9

Hyper Current Living(2013)
Red Bullを飲みながら,ハイパースピードでデジタルなものをつくりだす.





>Twitterでのアイデア拡散
>>RT, Favられながら蒸発していくアイデア

スポーツとしてのコンセプチュアルアート
>アイデア+プログラム=実装可能性→スポーツ
>>ヒト−コンピュータ複合体としてのスポーツ!
ex. ハッカソン("hackathon”)=ハック(hack)とマラソン(marathon)を合わせた混成語.
-
Kim Asendorf
デジタル化の結果として,世界のスピードが速くなりすぎていると多くの人が言う.でも,僕が思うコンピュータがなかった時代はスピードが非常に遅かったけれど,今はやっと適切なスピードで表現できるようになったんだと思うんだ.僕は,本当に速い流れが好き.アイデアを見つけることと,制作することは時間的にものすごく近いはず.クリエイティヴなひらめきが,制作のプロセスに運び込んで,退屈になる前に終わるというのが一番よい.(p.52) MASSAGE 9
ーー
ドキュメンテーション イズ ビューティフル?=5分でピカソが生涯描いた絵を超える数のJPEG画像をつくる
パカー・イトー
Artie Vierkant - Parker is a lifestyle artist. 


The Agony and the Ecstasy (2012)

−−
リブログし続けるーみんな同じなんだ.これが大事だ.粒度を近づけたんだ.

reblogとquoteが本質的に同一の行為である.ということが世界を変えた画期的な仕様の特徴の可能性の中心だと思う.目が脳の出先機関であり,それはほとんどニューロンの塊の一部である,ということに近い.
意識から無意識に,需要神経系から体に,体の作為などが皮膚や神経に,とあるニューロン系からあるニューロン系,発火系から発火系に,レイヤーを変えながらも基底につかわれ[て]いる脳の基本的なしくみたちが動きながら,双方向にフィードバックがある.丁度意識がdashboardか. 
jを押す指先にあたるぽっちのささやかさが僕達の意識だ. 
I AM GATHERING YOU http://toukubo.com/post/51198746794

情報を増やす立場をとる中央神経系に奉仕するような身体をデザインする,ということだ.換言すれば,進化の偶然(サイコロ遊び)に意図的に介入して,「神経系-その他の身体」の関係のすでに開始された転換を完了させ,人間の人間化を具象化させることだ.(p.123) 
サブジェクトからプロジェクトへ,ヴィレム・フルッサー 

tumblrのしかけはそのように脳にとても良く似ている.めちゃくちゃ美しくて本当にゾッとする.オリジナルポストをする,Web的に外からSoTする.自分でカメラでとった写真をポストする(空間から選択して切り取った後のものである).人の画像をreblogする.人のテキストをdsbdからreblogする.dsbdから人のテキストの断片を選択してquote的reblogする,webから人のテキストの断片をreblogする.urlの粒度でwebからpostする.チャットをリブログする.みんな同じなんだ.これが大事だ.粒度を近づけたんだ.そりゃそうか.すごい.すごい!  
I AM GATHERING YOU http://toukubo.com/post/51198746794

Artie and Andrew and Brad and Haley and Jesse and Joshua and Lauren and Norm and Rachael and Spencer 



no reblog, no like.


retletを含めた複数のtumblrヘビーユーザのreblogを生で見たことが何度かあるが,キーボードショートカットを駆使し,次々に新着投稿を表示させ,1秒に満たない時間でreblogする.写真だけではなく,長文に対しても彼らは秒速でreblogする.自宅にいるときは寝る直前まで,そして外出中も常にreblogし続ける.現実世界で気に入った風景があればその場で写真を取りreblogする 
彼らのスタイルにおけるreblogはフィルタである. 

波の谷はどれも,何か特別な能力(特別の情報)をもち,それらの能力が対話的に処理されることによって新しい情報が生まれる,というのでなければならない.そんな波の谷が未来の家なのだ.柵は,情報をフィルターにかけるための道具であり,その後ろに家が建てられる.未来の都市建設者は,集塵機になるであろう.未来の家を建てる者は,集塵機のなかにフィルターを取りつけるであろう.これを,「建築術と都市らしさ」の定義としてていしょうしたい.(p.85)
サブジェクトからプロジェクトへ,ヴィレム・フルッサー  

幸村真佐男

幸村真佐男展/LIFE LOGー行雲流水ー
幸村がこれまでに日常的に撮り溜めてきた300万枚に及ぶ写真.その全ての写真を秒30コマのフレームに落とし込み,約27時間30分間の映像化を目指す.http://n-mark.com/projects_kohmura.html 

《LIFE LOG》はタイトルの文字通り「これは幸村先生が生きている時間なんだな」ということでしょうか.膨大な画像が「永遠とも思える宇宙的スケール」[→インターネットが当たり前になりこの宇宙的スケールがカジュアルなものになった]と結びつきつつ,最終的には幸村先生そのものがコンピュータとともにあるヒトの現時点でのひとつの極限(もうひとつがyoupyさん?[と以前書きましたが,幸村先生も含めてインターネットとともにあるヒトのほとんどはボタンを押し続けてプログラム可能な存在をつくりつづける「情報のフィルター」として機能していくのではというのが今回の結論])として現れているといえます.
「幸村真佐男展/LIFE LOGー行雲流水ー」を見たを修正

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